どれくらいたっただろうか。
完全に日が落ちて、周囲が闇に沈んだ頃、雨に紛れてかさりと音がした。
膝を抱えてじっと座っていたミレイユは、はっと目を開いて顔を上げる。

夜の山の中は暗い。
目をこらしても、ほとんど何も見えない。

ミレイユの体が緊張に強張る。
耳を凝らし、全身で音の正体を探る。
さぁさぁと雨の降る音の中、かさり、かさり、と落ち葉を踏むような音がした。
こちらに近づいてくる。

まずい、と思ったが、ミレイユは身動きが取れなかった。
鹿か熊か。栗鼠や兎のような小動物だろうか。
もしかして、この木のうろの主だろうか。
何か凶暴な獣だったら、うかつに動くと身の安全に関わる。

判断がつかずにいる間にも、足音はこちらに近づいてきていた。
ミレイユはできるだけ音を立てないように、腰を浮かせて膝をつく。
いくら逃げる体勢を取っていても、こんなドレスではろくに走れない。
恐怖で血の気が引いていくのがわかった。

どうしよう。
どうやって逃げよう。
怖い。怖い。誰か。助けて。

闇の向こうに、二つの光を見つけた。
かちりと目が合う。
ミレイユはひっ、と声を漏らし、穴の奥に身を引いた。

大きな獣。
肉食獣の眼。
その光がまっすぐにこちらを射抜いて近づいてくる。

「ミレイユ」

ぎゅっと目を閉じて身を縮ませていたミレイユの名を呼んだのは、確かにその獣だった。
穴の前で足を止め、じっとこちらを見下ろしている。

「怯えることはない」

驚いて開いた目が、再び獣を捉える。
獣の身のうちから滲み出ているようなぼんやりとした灯りに、金の毛並みがうつった。
こちらを見下ろしているのは金の瞳。
見慣れたその姿は、ずっと一緒に過ごしてきた、今日別れを告げたはずの、彼。

「ヴィム……?」

しかし、発された声に心当たりはない。
ミレイユの呼びかけに、獣は返事をしなかった。


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