ムーンストーンの告白


彼は大学の先生をしている。

「暑いですねぇ」

「そうだな」

私が言うと、思っているのかいないのか、どこか遠くを見て頷く。
ぼさぼさの真っ黒な髪。日に当たっていないような白い肌。
いつも難しい理系の本を読んでいて、いかにも研究者という風貌。
部屋着代わりの甚平を着て、カラカラと下駄を鳴らして歩く。

「明日は大学ですか?」

「ああ、朝からな」

「そうですか。明日も晴れそうで良かったですねぇ」

祖母の家からの帰り道、腹ごなしに散歩をしながら、私は夜空にぽかんと浮かぶ月を見上げる。
つられるように、彼も空を仰いだ。

彼は、祖母の家の隣に暮らしている。
お祖母ちゃんが一人暮らしの彼の世話を焼いていて、私もいつのまにか知り合いになった。
十年以上前のことだ。
私は子供で、彼は大人だったけど、今もこの人は変わらない。
おかしな人だ。
何を考えているか、わからない人。

「月が奇麗ですね」

突然、彼がぽつりと呟いた。
急に口調が変わったので、不思議に思って彼に目を向ける。

「月が奇麗ですね」

彼がもう一度言ったので、私はきょとんと目を瞬かせる。
普段そんなこと言う人じゃないのに。
戸惑いながら、私は頷く。

「……奇麗ですね」

答えて、再び月に目を戻すと、今度は彼がこちらに視線を向ける。
なんだか不満そうな顔。
私が首を傾げると、彼は苦々しい顔でまた同じ言葉を発した。

「月が、奇麗ですね」

何が言いたいんだ。
ほんの少し眉を顰めた私の頭に、ふっと大学の講義で聞いたある話が思い浮かんだ。

明治の文豪、夏目漱石。漱石が英語の教師をしているとき、彼が訳した「I love you」は……。

ふいに左手を取られて、はっと我に返る。
するりと薬指に通された、小さな石をつけた細い銀の輪。
顔を上げると、前髪に隠れた瞳と視線が合った。

「これくらいわかるだろ、文学部」

照れくさそうな、ぶっきらぼうな口調で彼が言う。
まさか、この人がこんなことを知っているなんて。
思わず笑みを零した私の頬も、負けないくらい真っ赤なまま。私は、彼に取られたままの手をきゅっと握り返した。

「……月が、奇麗ですね」

返事の代わりに、彼と同じ言葉を返す。
その言葉に一瞬目を見開き、彼はふっと笑みを吐いた。

彼の笑顔の後ろには、青を孕んだ白い月。私の薬指には、月と同じ色の石が静かに輝いていた。

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