ジンジャーエールの初恋


「ナポリタンとジンジャーエール」

その人は、いつも決まってジンジャーエールを頼む。

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

私はテーブルの隅に伝票を置き、おじさんとおばさんにメニューを伝えてジンジャーエールを用意する。

ここは、私のおじさんとおばさんが二人で営む小さな喫茶店だ。大学で親元を離れた私は、二人の家でお世話になる代わりにお店の手伝いをさせてもらっている。

グラスに氷を入れながら、私はあの人のことを考えた。
彼はお昼時にやってきて、カウンターに近い窓際の席に座る。私は授業が無い時と休日にしか店にいないが、休日には来ないし、スーツを着ているから会社の昼休みに来ているのだと思う。

彼の存在を気にかけるようになったのは三ヶ月前。私はその少し前から店の手伝いをするようになっていたが、ジンジャーエールを頼んだお客さんは初めてだった。

私は、ジンジャーエールというものを飲んだことがなかった。
飲んでいる人を見たこともなかった。
だから少しびっくりしたのだが、さらに驚くことに、彼は次に来たときもジンジャーエールを頼んだ。そして次も、その次も、この三ヶ月間ずっと。

「お待たせしました」

私はできあがったナポリタンとジンジャーエールを持って行き、テーブルの上にのせる。彼は読んでいた本をテーブルの脇に置き、ありがとうとお礼を言ってくれる。

ふわふわした薄茶の髪。
大人っぽい優しげな顔。
柔らかな声。

ジンジャーエールとは、そんなに美味しいものなのだろうか。
私は未だに飲んだことがない。
一体どんな味がするんだろう。

ちょうど一週間後、彼はいつも通りお昼に来て、窓際の席に座った。
私もいつも通りメニューとお冷とおしぼりを持って行き、しばらく他のお客さんの応対をしてから注文を聞きに戻った。

「オムライスとコーヒー」

「えっ」

思わず声を上げてしまって、はっとして口元を押さえる。彼が目を瞬かせたので、私はすみません、と慌てて謝った。

「いつもジンジャーエールを頼まれていたので」

私の言葉に、ああ、と彼が笑みを零す。

「君がいつも不思議そうな顔をしていたから」

「え?」

意外な言葉に私はきょとんとする。

「その顔。いつもジンジャーエール頼んだとき、そんな顔するから。なんでこれ?って」

「私、そんな顔してました?」

まさか顔に出ていたとは。
彼がおかしそうに笑うので、私は恥ずかしくなって受け取ったメニューで顔を隠す。

「それに、ジンジャーエールってあんまり頼む人いないだろうから、印象に残るかなぁと思って」

「へ?」

私が頬の火照りをどう冷まそうかと困っていると、彼がそう続けたので首を傾げる。

「だからいつも頼んでたんだけど、あんまり手ごたえなさそうだったから、たまには別のものにしてみようかと思って」

ぽかんとする私を見て彼は笑い、頬杖をついて悪戯っぽい顔で私を見上げた。

「でも、覚えててくれたみたいだね」

その言葉の意味を悟って、私はさらに顔を赤くする。ジンジャーエールがグラスの中でしゅわしゅわと弾けるように、心が沸騰して音を立てる。

やっぱりコーヒーじゃなくてジンジャーエール、と彼が楽しそうな口調で言った。
私は慌てて伝票に注文を書き込む。

どうやらこれからも、私は彼のためにジンジャーエールを用意することになりそうだ。


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