小さなスプーン



今日は古城の中の黒板のある部屋に集まった。
昔ここは座学をやる部屋の1つだったのかもしれない。
ハンジさんも今日は一緒にいる。

「お前を半殺しに留める方法を思いついた」
リヴァイさんはそう言った。
「はい…」
エレンの声は弱々しい。
「巨人化したお前を止めるには殺すしかないと言ったな。このやり方なら重症で済む。とは言え、個々の技量頼みだがな…」
リヴァイさんはそう言いながら黒板に図を書き出した。
「要はうなじの肉ごとお前を斬り取ってしまえばいい。その際手足の先っちょを斬り取ってしまうがどうせまたトカゲみてぇに生えてくんだろ?…気持ち悪ぃ…」
リヴァイさんは真っ直ぐエレンを見ている。
「…待って下さい。どうやったら生えてくるとか分からないんですが…何か他に方法は?」
生えてくるとか言われても確実って保証はない。エレンはそれが不安なんだろう。

「……何の危険も犯さず、何の犠牲も払いたくないと…」
「い、いえ…」
「なら、腹をくくれ。俺達も同じだ。お前に殺される危険がある。だから安心しろ」
エレンは私達を見た。
「はい…分かりました」

「じゃ…実験してもいいよね?」
机の上に座ってたハンジさんが少しニヤついて聞いた。
「リスクは大きい。…かといってこいつを検証しない訳にもいかないからな」
リヴァイさんが答えた。
「計画は私がやっていいよね?エレン…分からないことがあったら分かればいい。自分らの命をかける価値は十分ある」
ハンジさんは静かにそう言った。


話し合いが終われば早速エレンの実験が始まった。
枯れ井戸の中にエレンに入って貰い、そこで巨人化をする。巨人になったとしても井戸の中で自我があっても拘束できるはずとハンジさんは熱く語っていた。

枯れ井戸の傍にはリヴァイさんとハンジさん。
私達は少し離れた場所で待機していた。
もちろん腰には立体機動と愛馬に乗って。

そして始まりの合図の緑の煙弾が上がった。


どれくらい時間が経ったのだろう。
数分のような、かなり時間が経った気がする。
「おい、今どれくらい経った?」
オルオさんはイライラしている様子だ。
「…オルオうるさい」
ペトラさんは真っ直ぐ井戸の方向を見ている。

リヴァイさんは井戸の方へ近付いて行くのが見えた。
その後ろからハンジさんも付いて行っている。
「おい!エレン!一旦中止だ!」
リヴァイさんの声がここまで聞こえた。
私の周りにいたみんなは安堵の表情をしていた。

それから少し経ってエレンは井戸の中から出てきた。
私は愛馬を走らせてエレンの元に向かった。
「エレン、大丈夫?…っ」
そこには両手が血塗れのエレンがいた。
「なまえ、手当てをしてやれ」
リヴァイさんは言われて私は頷いて急いで救急箱を取りに愛馬を走らせた。

食堂の一角に救急箱は置いてある。
私はそれを持って再び愛馬に乗ってエレンが待っている場所まで行った。
「なまえ、ごめんな」
エレンは申し訳なさそうに言った。
きっと巨人になれなかったこともショックだったらしい。
「大丈夫、気にしないで!手出して?」
私は救急箱から消毒と包帯を取り出して言った。

「なんで俺、巨人になれなかったんだろ…」
エレンが呟いた。
「…何かきっかけがあるとかなのかな?私にも分からないけどね」
私はそう言いながら包帯を巻き終えた。
「はい!出来上がり!」
.「ありがとな」

みんながいる場所へ行けば紅茶が用意してあった。
私とエレンは椅子に座った。
「自分で噛んだ手の傷も塞がらないのか…」
リヴァイさんは紅茶を持ったままエレンを見る。
「はい…」
エレンは手を触りながら言った。
「お前が巨人になれないとなると、ウォール・マリアを塞ぐっていう大義もクソもなくなる…。…命令だ。何とかしろ!」
リヴァイさんはそう言えばそのままその場を去った。
「はい…」
エレンはリヴァイさんの背中を見ながら呟いた。

ペトラさんもその場を立ち上がり、リヴァイさんに話があるのかリヴァイさんの元へと行ってしまった。
私は視線を2人へ向けていた。
何を話しているのだろうか。
……って何を気にしてるんだろ。
私は目線を外して紅茶をスプーンでかき回した。

「そう気を落とすな、エレン」
エレンを励まそうと声を掛けたのはエルドさん。
「しかし…」
「まぁ思ったよりお前は人間だったってことだ」
オルオさんが呟いた。
「えっ?」

「焦って命を落とすよりはずっと良かった。これも無駄ではないさ」
「あぁ。慎重が過ぎるってことはないだろ」

私は静かに3人の会話を聞いていた。
スプーンを置いて紅茶を一口飲んだ。

「……っ」
エレンはスプーンを手に取ったが手が痛かったのかそのままスプーンは地面へと落ちた。
「大丈夫か?エレン…」
心配そうにエルドさんが言った。
「あっはい」
エレンはそう言い、落ちたスプーンを取ろうと手を伸ばした。

その時だ!
光と一緒に「どおぉぉぉぉん!」
という音がした。

「うわぁっ」
「きゃっ」
更にすごい突風のような風が吹いてエレンの周りにいたエルドさん、グンタさん、オルオさん、私は飛ばされた。

私は急いで体制を立て直し、エレンの方向を見ればエレンの手の部分だけ巨人化していた。
そしてエレンの周りに殺気を感じて急いでエレンの元に駆け寄った。
私の隣にリヴァイさんもいた。

「……っ、何で今頃!!」
エレンの叫び声が後ろで聞こえた。
「落ち着け…」
リヴァイさんが静かに言った。
「リヴァイ兵長!これは…はっ…」

「みんな落ち着いて下さい!!」
私とリヴァイさんの前には立体機動の剣を抜いたエルドさん、グンタさん、ペトラさん、オルオさんが立っていた。
すごい殺気でこちらを、エレンを睨んでいる。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
すると森の方から奇声が聞こえた。
きっとハンジさんがエレンの姿を見たからだろう。

「エレン!どういうことだ!」
エルドさんの焦る声がする。
「はい!?」
「なぜ今、許可もなくやった?答えろ!」
「エルド、待て!」
リヴァイさんの制止の声が飛ぶ。

「答えろよ、エレン!どういうつもりだ!」
オルオさんの声も相当焦っている。
「いや、それは後だ。俺達にいや人類に敵意がないことを証明してくれ!」
「えっ?」
エレンの方を振り返ればエレンも焦っている。
「証明してくれ、早く!お前にはその責任がある!」
「その腕をピクリとも動かしてみろ!その瞬間てめぇの首が飛ぶ。出来るぜ、俺は!本当に!」
「オルオ、落ち着けと言っている」

「兵長、なまえちゃん!エレンから離れて下さい!近すぎます!」
ペトラさんの焦った声も聞こえる。
「いや、離れるべきなのはお前らの方だ」
「何故です?」
「俺の勘だ」
「どうした、エレン!何か喋ろよ!」
「皆さん、落ち着いて下さい!」
私も声を張り上げて言った。
「妙な動きはするな!」
「早く証明しろ!」
「エレン、答えろ!」
「俺達にお前を殺せないと思うのか?」
「俺は本気だぞ?」
「早くしろ!」
「聞こえないのか?」
「いいか、やるぞ?」

「ちょっと…黙ってて下さいよーーーっ!」
エレンの叫びが響いた。
その声でエルドさん、グンタさん、ペトラさん、オルオさんの殺気が高まった。

「エレーーーーーンッ!!!」
その場とは場違いの声が聞こえてそちらへと振り返ればハンジさんがグンタさんを押しのけるようにやってきた。
「その腕、触っていいー!?」
ハンジさんの興奮したような声が響いた。
「ねぇ、いいよね?いいでしょ?触るだけだから?」
ハンジさんの顔は最高に興奮しているのか口からよだれまで出ている。
「ハ、ハンジさん!ちょっと待って!」
ハンジさんはエレンの制止も虚しく、触る。
「あっ…あ、熱い!」
ハンジさんはそう言いすごい喜び様で跳ねて、そのまま地面に膝をついた。
「皮膚ないとくっそ熱いぜぇ!これすげぇ、熱いぜ!」
「分隊長!生き急ぎです!」
ハンジさんと一緒に来たモブリットさんも焦っている。
そんなハンジさんの姿をみんな驚いたように見ていた。

「ねぇ、エレンは熱くないの?その右手の繋ぎ目どうなってるの?すごい見たい!」
ハンジさんはまだ興奮は収まっていない。
「こんなもんっ…」
エレンは巨人化した手を引っこ抜こうと必死で引っ張った。

「おいっ!エレン!妙なことするな!」
オルオさんが叫んだ。
エレンの手は巨人化した手から抜けてそのまま地面へと落ちて行った。
「ええぇっ!ちょっとエレン!早すぎるって!まだ調べたいことが!…あっ」
ハンジさんは頭を抱えてその場でジタバタしているかと思えば突然足を止めてジッと巨人の手先を見つめていた。

私はハンジさんから視線を移してエレンの元へと駆け寄った。
「エレン…」
私は呟いた。
「はぁはぁ…兵長、なまえ」
「気分はどうだ?」
兵長はエレンを見下ろして行った。
「はぁはぁ……………よくありません」

私は肩で息をするエレンの背中をジッと見ていた。




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