小説 | ナノ

▼ 告白


「好き」

口をついて出た言葉は自分の言葉か疑う位他人事のようで唐突に音として外界に出ていた。

何の迷いもなく暑いから暑いというみたいに好きだから好きと言っていた。
一瞬自分で何を言ったのか疑ったけれど、後の反応が怖くたって、言ってから後悔なんて全くなかった。
それは正直過ぎる言葉だったし、更に開き直って言うなら好かれるこいつが悪い。

驚いた顔でおれを見たサスケとまるで睨み合うように視線がかちあった。

全く脈絡ない言葉だったので「何が」と普通に疑問に思う所だったかもしれないけど、おれの好きは何か食べ物が好きな訳でもない、相手に対する神妙な意味を充分に含んでいたらしく、サスケはそれを正確に読み取ってくれた。

「‥何が」

それでも一応当然の問いをしたサスケに予想しただろう答えで追い打ちをかける。

「サスケが」

返事に予測なんて全くつかなかった。




任務先の家の縁側でやっと貰えた休憩を満悦していた。

和風の家の縁側には紫陽花がこれでもかと言う程色とりどりに咲いていて、そこに静かな雨がサァサァ音を立てて降り注いでいた。

「んー!」

お守りの任務に疲れ果てて大きく伸びをすると、庭が一番綺麗に見える特等席に座ってそれを眺める。

後ろを振り向くとサクラちゃんは子供に人気で一緒に戯れていて、カカシ先生は主人とお茶を飲んでいた。

最近雨が多い。
苔のつく岩に似た色の蛙がゲコゲコ鳴きながら張り付いていた。


暫くそうしているとサスケがやって来て程々、というより少し遠すぎる位の距離を取って同じ縁側にストンと座った。
サスケを見るとこちらを見もせず庭を見つめている。
何人か間に座れそうな距離。もう少し近くてもいいと思う。
仮にも同じ班のメンバーで同い年の男同士なのに何でいつもこんな距離があるんだろうと思うけれど、でもいつもの事なので気にせずに座っていた。



「スリーマンセルで子守をする事の意味が分かんねぇな」

急に聞こえたサスケの声に振り向くとサスケがこっちを見ていた。
え、おれに言ってんのか?と驚いて辺りを見渡しても明らかに相手は自分しかいないので、「え、うん」と端切れの悪い返事をするとサスケの口角が僅かに上がった。

サスケの言った事がどうでもいい事なのが一番嬉しかった。
必要な事なら仕方なしかもしれないけれど、おれに話しかけたくて話してんだって思える。
最近時々家に行くようになって少し距離が縮まった気もしたけれど、それでも無駄な事はあまり話さないし、任務中だってそんな仲がいい訳じゃなかったから。


「あー何か忍術使って効率良くする方法あればいいんだけどな。サスケ考えればいいじゃんか」

シシと笑ってそう言うとサスケが言った。

「お前が3人分位影分身を作ったら効率いいんじゃないか?」
「あっそれすげーいいってばよ。‥って、それおれが皆の分まで働かされてるだけじゃねーか!」
「ウスラトンカチ」

そういって馬鹿にしたように笑ったサスケに、拗ねた顔で照れ顔を隠す。
それから何だかサスケが角が取れて無駄な事を話すのを心地よく聞いていた。

少し前に気付いた気持ちが溢れてくる。
サスケの声も態度も表情も、生意気な所も全部含めて、気付いてしまった。

サスケが好き。

認める気がなかっただけで前からずっとそうだったのかもしれないけれど。
後ろに手をついて話す黒髪の横顔を見て思う。

「オレは子守なんて全然できないけど‥」

好き。

「ナルトは、案外子供扱いが上手いんだな。あんな優しくしてるお前は初めて見た」

好きだってば。

「‥ナルト?」

サスケが‥。

「好き」


反応のなさに振り向くと真剣な顔でそう言われたせいか、つられるようにサスケも真剣な顔で見てきた。

「‥何が」
「サスケが」

脈絡はなかった。
ただ言いたかった。



ぽちゃんと軒下の石に水の打つ音がする。

サスケの顔が強張る。
時間が止まったように固まったサスケが次に反応を起こすのをただ待った。

「な、何のことだ」

サスケの後ろ手にもたれていた体が起きて、自由になったアームフォーマー付きの手が頼りなく動いた。
ぎこちない動きにあ、珍しく焦ってると思った。
目を離さないまま身構えたサスケは一瞬泳ぐように視線を逸らしてから言った。

「ふざけてんのか?」
「ふざけてねーよ」
「何のことだ」
「それさっきも言ったってばよ」

分かっていた筈なのに明らかにいい反応じゃないのを見て急に少し怖くなった。
心臓が勝手に速く動いて、床と接触する手にじわりと汗を感じる。
計画性は皆無だったし、考えたら酷い賭けだった。
今まで女の子の純情を平気で壊すサスケを見てきて、そんな女の子達から自分は一番遠くに居たいと、必死で意地を張って喧嘩を売っていた相手だ。
何で今自分がこんな事になってんだ。サスケの魔力って怖い。
でも同じようにフラれたり、ましてや笑われたりしたら多分色々な物が終わる。これからやっていけるかも分からない。
どこかで開き直っている反面、サスケに全てがかかっている気がした。

「おれが好きなのか?」
「うん」
「お前が?」
「‥‥」
「何の冗談だ」
「‥冗談じゃないってばよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃねぇって」

でも、仕方ないじゃんか。
好きになったんだ。
好きだって思って、凄く思ったから、言いたかったんだってばよ。
フラれる女の子達みたいになったって。
うん、多分もう、覚悟なんてできてる。

「・・女にもよく言われた。お前も同じなのか?」
「んー分かんねぇけど、ただ、好きだと思ったんだってばよ。迷惑だった? 」

にこっと笑ってそう言うと、サスケは困っているのか驚いているのかよく分からない複雑な顔をした。
でも考えればすぐ断らずに動揺してくれた時点でちょっと特別なのかな。
何かおれってやたら謙虚になったってばよ。

「ははっ別に信じたくなきゃそれでもいいけどさ。でも、おれは好きだと思ったからそう言っただけだってばよ」

そう言ってサスケを見ると何故か顔だけ向こうを向いていて、そのままポツリと何か呟いた。

「・・・・ぃ」
「え?」

聞き取りにくかったので近づいて顔を覗き込もうとした時、気付いた。
耳が真っ赤だ。

「サスケ?」
「寄るなウスラトンカチ!」
「はぁ!?」

そう言うとサスケがいきなりその場でスタッと立った。

「馬鹿じゃねぇのか?」
「何がだよ!」

理不尽な事だけ言って屋敷に引き返そうとするので言い返すと、数歩歩いたサスケがピタリと止まった。

「・・別に、迷惑じゃない」

小さい声だったけれど、今度はちゃんと聞き取れた。
赤みの残った顔で少し振り向いて、目は合わさないけれど聞こえるように言う。

「お前に好かれるのは迷惑じゃねぇよ」

それだけ言い残すとサスケはスタスタと屋敷の中に入っていった。
つられるように顔が赤くなっていくのが分かる。

「サスケェ!」
「何だ」
「何て言ったんだってば!聞こえなかったからもう一回!」
「聞こえてんじゃねぇか。鬱陶しいから離れろ!」

騒ぐ二人に子供達が寄ってきてサクラちゃんの笑顔もそこに加わる。

雨降る屋敷の中笑い声が増えて、庭で鹿威しがカタンと鳴った。












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