深淵ノ夢ひらり、ひらり。 舞うように落ちていく。 深い、深い闇の中へ。 しゃんしゃんと耳をつんざくような宮司の錫杖の音が、空間すべてを包み込む。 目の前には、おねえちゃんが寝転んでいて。 私の指は、細く、今にも折れてしまいそうなお姉ちゃんの首を、ゆるり、ゆるりと締め上げていく。 くっと苦しそうにうめくお姉ちゃんの声が、錫杖の音に混じって耳に届く。 ―止めようと思うのに、体は言うことを聞かなくて。 ぐっと力を込めて、どくどくと脈打つ細く白い首筋を締め上げていく。 一層の苦痛に、酸素を求めて開かれたお姉ちゃんの口が微かに動いて、言葉を紡いでゆく。 『みお』 私の、名前。 声にならない呟きが、その先の言葉を紡いでいく。 『ころして』 その言葉と共に、お姉ちゃんの口元が笑みの形に歪んで。 それに応えるように一層の力を加えると、どくどくと脈打っていた鼓動も静かになり。 あれだけ五月蝿かった錫杖の音も、いつの間にか止んでいて。 ――世界は恐ろしいほど、静寂に、満ちた。 「――っ!!」 ぱっと瞳を開けると、見たことのある座敷牢の天井が目に飛び込んでくる。 …お姉ちゃんを置き去りにした、あの場所。 溜息を吐き出すと同時に、全身を引き裂くような強い痛みが体中を蝕んでいく。 「っつぅ…!」 ぎゅっと目を閉じてその痛みに耐えていると、ひらり、ひらりと赤い光が視界の端を舞った。 反射的に顔を上げると、血のように紅く輝く蝶が、何処かへ誘うように私の周りをひらひらと飛んでいた。 「おねえ、ちゃん…?」 呼びかけて、触れようと手を伸ばすと、ひらりと私の手をかわして、座敷牢の外へと行ってしまった。 慌てて、それを追いかけようと体を起こして、座敷牢の扉に手を掛ける。 『追いかけては、駄目。』 体の奥で、そんな言葉が聞こえた気がして、扉を開けようと力を込めた指がわずかに躊躇う。 ―分かってる。追いかけては駄目だということ。 これ以上は危ないと。戻ってこれないと、体が警告を放ってる。 でも……。 ひらりと視界の端で紅い蝶が舞い、その蝶に囲まれるように、じっと佇むお姉ちゃんの姿が見えた。 「お姉ちゃん!!」 反射的に呼びかけて、戸惑っていた指に力を込め、扉を開け放つ。 近づいてきた私に背を向けて、お姉ちゃんの姿が扉の奥へと消えていく。 あの扉を開けたら、何処へ繋がっているのか。 そんなの、分からない。 もう、戻れないのかもしれない。…でも、それでも良い。 「おねえちゃん…っ!」 あなたに会えるなら。 …もう一度、会えるなら。 ―どこまでだって行くから。待っていて。 強く地面を蹴って、深い深い闇へと踏み出した私の後ろで。 一匹の紅い蝶が、悲しげに揺れた気がした。 END 零3の一番の切ない所はこの姉妹のすれ違いっぷりでした。あー、気付いて澪!!ってめちゃめちゃ思った記憶があります。切ない、切ないんだけど良い話なんです、零。←結論 |