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ツキオト




どんなに手を汚しても。

あの声が、あの笑顔が戻るなら、それで良かった。



どれだけでも墜ちていける。──貴女の為なら。









「耀の音は綺麗ね」

診察を終え、医療器具を片付けていた俺に、姉さんがそう微笑みかけた。
姉さんの言葉の意味を図りかねて、首を傾げた俺に穏やかな微笑みを浮かべたまま姉さんが言葉を続けた。

「とっても澄んでいて、綺麗な音。真っすぐで強くて…。聞いていると安心するわ」

「そうかい?」

いつもの、虚ろな瞳じゃなく、月幽病に冒される前の優しく穏やかな瞳。
その瞳が懐かしく、そして愛しくて。思わず頬がゆるんだ。

─…正直、姉さんの言う音色のことは分からなかったけれど。
安心する、と言われて悪い気はしなかった。

「でも、姉さんの方が綺麗な音色なんじゃないかな」

そう返して、微笑んでみせると姉さんがきょとんとした顔をして、俺の顔をじっと見つめた。

「わたし、が…?」

「そう。きっと、透明で澄んだ音色だと思うよ」

─…俺には姉さんのような霊的な力なんて何もないし、人が持つ音色なんて分からないけれど。

そっと姉さんの手を取ると、自分の手を重ねた。
温かく伝わってくる熱は酷く心地よくて。離したくないという想いが込み上げてくる。

「だって、姉さんといるとすごく安心するし、落ち着くから」

「本当?」

不安げな瞳とぶつかって、安心させるように頷いて。握った手に少しだけ力を込める。

「本当だよ。姉さんといると、すごく落ち着く」

──幸せな時間を感じられる。穏やかな時を知れる。
貴女は俺に沢山のものを与えてくれた人だから。

「……耀」

「何だい、姉さん?」

「私が私の音を忘れてしまっても、貴方は忘れないでいて。貴方が感じた私の音を覚えていて」

縋るような、今にも消えてしまいそうな儚げな瞳にぶつかって。
ぎゅっと手を握り締められる。

─…次々と消えてしまう記憶。
自分のことすら忘れてしまうという恐怖。


どれだけの想いを抱えているのだろうと思うと、堪らなくなった。

「大丈夫。…絶対、絶対に忘れたりしないから」

そう呟いて、ぎゅっとか細い体を抱き締める。
腕の中のぬくもりは、ただただあたたかくて。

そう言うしか出来ない自分が悔しかった。



──月幽病さえ治れば。
姉さんは自分が消える想いをしなくて済む。



苦しい想いをせずに済む。だから─…。



「姉さん。必ず、月幽病を治してみせるよ。必ず…」



─…救いたい。
このぬくもりを。
穏やかな時をくれるこの人を。



その為なら、どんな犠牲も苦労も辛くない。耐えられるから。



「…もう少しだけ、待っていて」



今進めている四方月氏との研究が完成すれば、必ず助けられるはず。



─…必ず、助けてみせる。
そう決意を込めて、抱き締めた腕に力を込めた。



end.




耀さんのお姉ちゃんのためなら、どんな犠牲も厭わないっていう歪んだ愛情っぷりがたまりません。何だこの姉弟美味しすぎると思って書きました(最低)