Sieboldiiあなたの手が、声がそこに在るから。 あたしは、どこまでだって行けるんだ。 パチパチと火の爆ぜる音に、虚ろになり始めていた意識が目覚める。 開いた目に、随分と小さい火になってしまっていた焚き火が見えて。慌てて近くにまとめておいた小枝を焚き火に放りこんだ。 パチと大きく爆ぜ、少し大きくなった焚き火をじっと見つめる。 闇夜を照らす炎は優しくあたたかで、オレンジ色の光はあの人みたいだ。 「…元気かな…」 そう呟いて瞳を閉じれば、目蓋の裏に最後に見たあの人の優しい笑顔が浮かんで。その優しい笑顔とともに、自然とあの日の事を思い出していた。 ──旅立ちの日。 愛用の剣と少しの路銀だけで、旅立とうとしていたあたしに、無理をしないようにという言葉とともに、傷薬や旅に必要な道具などをたくさん持たせてくれて。 あんまり心配そうに、そうやって色々してくれるから。何だか悪くて少しでも安心させたくて、あたしは笑ってみせた。 「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」 あたしは簡単にケガしたりしないよって続けようとしたあたしの言葉を遮るように、ぎゅっと強く抱き締められる。 大将たちと比べたら細い腕は、微かに震えてて。 頼りない風に見えて──本当はあったかくて力強い腕は、痛いくらいあたしを抱き締めてくれていた。 「無理は、しないでね」 「…うん」 震える声が耳に響いて。 回された腕に応えるように、背中に置いた手に力を込める。 ぎゅっと抱き締めあってから、お互いにゆっくりと離れていく。 遠ざかるぬくもりが恋しかったけれど、旅に出るんだって気持ちが身体を離させた。 「それじゃ……」 さよなら、と別れを告げる言葉を言おうとしていたあたしを遮るように。キルロイさんは、あたしの大好きな笑顔で笑った。 「いってらっしゃい」 思いもがけないその言葉に一瞬息が止まる。 「さよなら」じゃない。 ここが──あなたの隣が、あたしの帰る場所なんだって、そう言ってくれた気がして。 めいっぱいの笑顔で、あたしは手を振ってみせた。 「いってきます!」 ──あなたの声が、腕がそこにあるから。 帰るべき場所を、あなたが守ってくれてるから。 あたしはどこまでだって行ける。 まっすぐに前を向いて歩いていけるんだ。 end. 【Sieboldii】 花言葉:たいせつなあなた |