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オンリーロンリー




それは、貴女だけが使える

何よりも素敵な魔法。







いつも通りアイクとの訓練が終わって、あちこちから血を流した状態でこちらに駆け寄ってくるワユさんに、くらりと意識が遠退きそうになるのを必死にこらえながら、ぎこちなく笑って迎える。
今日は特に両腕の傷が深くて。だらだらとあふれ出てくる赤い雫に常備していた布をあてがうと、見る見る内に布は真っ赤に染まってしまった。

「…今日はずいぶん派手にやったんだね」

なるべく傷から目を背けつつ、ぎこちなく話しかけた僕にワユさんは上機嫌に笑った。

「そう!今日はすっごく惜しかったんだよー」

もうちょっとで大将から一本取れそうだったのに、と悔しそうな──けれど、どこか楽しそうなワユさんの姿に苦笑を漏らす。
強く、強くと前を向いて進んでいく姿は見ていて羨ましくなるけれど。


……もう少しだけで良いから、身体も大事にしてくれると良いんだけど。
そう心の中で呟いて、新しい布で流れ出る血を拭き取り、杖の先の水晶に意識を集中させる。

「…少し、じっとしててね」

そう短く呟くと、尚一層意識を集中させていく。
あたたかな光が水晶からこぼれ落ちるのを感じながら、ぐっと魔力を込める。

「っと、もう大丈夫だよ、キルロイさん」

そんな台詞が聞こえて、精神集中の為に閉じていた瞳を開けると、深々と負っていた傷は癒え、すっかり元通りとなっていた。
それを確認して、ほっとため息を零すと、ワユさんがにっこりと笑った。

「ありがとね、キルロイさん!」

これでまた特訓出来ると上機嫌に言った彼女に思わずため息を吐きそうになる。
また血塗れで担ぎ込まれてくるんだろうかなんて考えて。ズキンと胸を痛めた僕を知ってか知らずか、ワユさんはにっこりと笑った。

「さ、それじゃ訓練しよう、キルロイさん!」

「……え?」





陣営からは少し離れた小高い丘の上、優しい日差しと心地よい風が吹く中で、ワユさんは大真面目に杖をぎゅっと握っていた。

「えっと…その…本気、なの?」

念の為、といった感じで尋ねた僕に、ワユさんは力強く頷いてみせた。

「もちろんだよ!やっぱり回復も出来たら役に立つと思うし」

「それは……そうだけど…」

確かに前線で戦う彼女が回復も出来るようになれば、戦況は随分楽になるだろう。それは、軍に取っても良いことだし、彼女にとっても良いことなのかもしれないが、教えることが容易ではないことは火を見るよりも明らかだ。
そんなことを考えて、押し黙っていた僕の手を握って、ワユさんの真剣な眼差しが僕の瞳を捕えた。

「お願いっ!キルロイさんだけが頼りなんだよ」

─…その真っ直ぐな言葉と視線に、ノーと言えることなんて出来なくて。

「…分かったよ。それじゃ、とりあえずやってみよう」

…なんて。そんなことを言うのが精一杯だった。





──数時間後。

青く澄み渡っていた空は赤く色づき、世界があたたかな橙色に包まれる中、ワユさんのもう何度目になるのか分からない挑戦が続いていた。

「…杖をかざして、神様への感謝の言葉を言って、魔力を込める…」

ワユさんは独り言のようにそう呟いて、ぎゅっと目を瞑って。そして、杖の先の水晶に意識を集中させるものの何も反応する様子はなく。
ただぎゅっと握り締めた杖がギシリと鈍い音を立てただけだった。

「…あの、ワユさん?これ以上はもう…」

身体に障るから、とやんわりと言った僕に、ワユさんは一瞬哀しげな目をして。そして、何でもないようににこっと笑った。

「あはは、やっぱダメだね。あたしに杖は向いてないや」

空元気のように笑うその姿がどこか諦めきれていないように見えて。
そう思った瞬間、口が自然と動いていた。

「…どうして、杖を使いたいって思ったの?」

「……キルロイさんさ、いつもあたしの傷、治してくれるよね」

不意に掛けられた言葉に曖昧に頷くと、ワユさんは少しだけ視線を落として。
そっと呟くように言葉を続けた。

「…だからね。あたしもキルロイさんの傷を治してあげられたらなって…」

結局それは出来なかったけど、と笑ったワユさんは淋しそうで。
出来ない自分を責めるようなその表情に、強く首を横に振った。

「確かに、杖は使えないかもしれないけど、ワユさんには魔法が使えるよ」

「へっ?」

剣じゃなくて、と雄弁に問い掛けてくる瞳にふわりと笑ってみせた。


─…ワユさんにしか使えない、とっておきの魔法。
それは──…。

「笑顔だよ」

「え、がお…?」

きょとんとした顔で僕の台詞を繰り返したワユさんににっこりと笑ってみせた。

「ワユさんの笑顔を見ると、嬉しくなるし、すごく元気になれるんだ。…それにね、すごく幸せにもなれる」

「…!」

真っすぐに翠の瞳を見つめると、見る見る内にワユさんの顔は真っ赤に染まって。困ったように視線を彷徨わせて、ぱっと下を向いてしまった。
困らせたかな、なんて思って、謝ろうと口を開きかけた瞬間に、ワユさんの震えた小さな声が鼓膜を静かに震わせた。

「あ…り、がと…」

そんなこと言われたことないから、とぼそぼそと言葉を続ける彼女の耳は真っ赤に染まっていて。その可愛らしい様子に愛しさが溢れてきて、そっと額に口付けた。
その感触に気付いたのか、ぱっと顔を上げたワユさんの頬はやっぱり桜色に染まっていて。
そして、恥ずかしそうに─…けれど、酷く嬉しそうに。

ふわりと花のように笑った。



──あぁ、ほら。
その笑顔で、僕はこんなにも幸せになれるんだよ。


それは、ワユさんにしか使えない──何よりも素敵な魔法。



end.




10000hit踏んで下さった方からリクエスト頂きました、キルロイさんとワユさんでした。…というか、勝手にキルワユにしちゃいましたが、よろしかったでしょうか…?;;
ご不満ありましたら、もう遠慮なく言って下さって構いませんので!

本文の方は、珍しくキルロイさん視点で。
キルロイさんはクサイ台詞言ってても素っぽそうなのが良いですよね!天然な感じ??
ワユさんが可愛い感じに書けてたら良いなぁと願いつつ…(ぇえ)
リクエスト、本当にありがとうございました!