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Azalea




何気ない瞬間に気付かされることがある。

どれだけ大事に想っていて、それを失うのがどれだけ怖いことかって。








すっと息を整えて、杖の先の水晶に意識を集中させる。柔らかな光に包まれ、傷口が治ったのを確認して、ほっと息を吐く。

「はい、これで大丈夫だよ。無茶しないでね」

目の前で静かに治療を受けていた家族みたいな幼なじみ─ヨファに笑いかける。
私の言葉に苦笑して頷くと、ヨファはぱっと立ち上がった。

「それじゃ、行ってくるよ」

「気を付けてね!」

離れていく後ろ姿に手を振って見送る。
ここからは少し離れた前線では、未だ金属のぶつかり合う音が僅かに聞こえてきて。
みんな無事だろうかという不安が大きくなっていく。
少し様子を見に行こうかと早足で歩き始めた私の瞳に、見知った顔が飛び込んできた。

「ボーレ!」

「悪い、ミスト…。ちょっとミスった…」

ふらりと覚束ない足で近づいてくるボーレに思わず駆け寄る。
肩当てが壊され、深々と肩に傷痕が残されていて。
その他にも至るところで血が滲んでいた。
あまりにも痛々しいその姿に一瞬泣きそうになる。
それをぐっとこらえると、そっと杖を掲げた。

「…酷いケガ…。すぐ治すから、じっとしてて」

「おう。…悪ぃ」

先程のヨファの時と同じように、すっと瞳を閉じて意識を集中させる。
早く治さなきゃと焦る気持ちが拭えなくて、うまく水晶に魔力が集まっていかないのを感じて、きゅっと唇を噛み締める。

集中しなきゃ、ともう一度息を吸い込んだところで、不意に背後からガサリと草を掻き分ける音が聞こえてきた。

「何──」

「ミストッ!」

振り返ろうとした私よりも先にボーレに思いきり腕を引かれる。
バランスを崩した私の体を庇うようにぎゅっと強く抱き締められる。それと同時に、目の前を鮮血が舞った。

「──っ!」

「クソっ……たれっ!」

ぐっと短く呻く声が聞こえると同時に私を守るように抱き締めてくれていた片腕が離れ、敵を薙ぎ倒す。
その様子をただ息を呑んで見つめていた私に、ボーレはそっと頭を撫でた。

「ミスト…ケガねぇか?」

「へ、いき…それよりボーレが……」

やさしく頭を撫でる熱に呆然としていた頭が次第にはっきりしていく。
目の前にだらりと下ろされたボーレの腕には、新たに斬り付けられた傷痕から鮮血が流れ出ていて。
それは自分を庇って出来たものであることは明白で。ぎゅっと瞳を閉じて、杖を近付ける。
ふわりと杖の先の水晶から柔らかな光が零れ、傷口を包み込んでゆく。
次第に治っていく傷口を確認して、精一杯の魔力を更に込めた。

「おー、治った治った!助かった。ありがとな」

何でもない風にそう笑ったボーレにカッと怒りが込み上げてくる。怒っちゃダメと自分に言い聞かせるよりも先に感情に任せて叫んでいた。

「ありがとうじゃないわよ!ケガしてるのに、私を庇うなんて!もし、治らなかったら、どうするつもりだったのよっ!」

「な、なに怒ってんだよ?」

「知らないわよ、ボーレのばかっ!」

感情のままそう叫んで背を向けた私の声が響くのと、戦いが終わったことを告げる勝鬨に戦場が包まれたのはほぼ同時だった。






静かな部屋の中、きゅっと膝を抱いて、ベッドの隅に座り込む。
広間からは勝利を喜ぶ宴の声が響いていたけれど、とても参加する気にはなれなくて。
自室に戻るとティアマトさんに告げ、部屋に戻ってきたのはついさっきのことだった。
ふっと吐息を吐き出して、今日の戦いのことを思い出す。

「…ボーレ…」

ふらふらの状態で後衛に戻ってきたのに、私を庇ってまたケガをした。
そんな体力の余裕なんてほとんどなかったに違いないのに…。

「…ボーレの、ばか…」

「…何だよ、まだ怒ってんのか?」

いきなり聞こえてきた声にぱっと顔を上げれば、困ったように頭を掻くボーレの姿があった。

「なぁ、何をそんなに怒ってんだよ?」

「知らないっ。自分で考えれば?」

ぷいっと顔を背け、そう拗ねたように言った私に、困ったようにため息を吐くのが聞えて。そのまま部屋を出ていくだろうと思っていた私の予想を裏切って、ぎゅっとやさしく抱き締められる。

「ちょ、ボーレ!」

「…なぁ、教えてくれよ。俺、何かしたか?」

いつもの乱暴な言い方じゃない、やさしい─…怒ってるのも忘れるくらいやさしい声にきゅっと唇を噛み締める。
ズルい、と呟くように零して、私を抱き締める腕にそっと両手を重ねた。

「……どうして私を庇ったの?あんなにボロボロだったのに…」

「どうしてって…。お前にケガさせる訳にはいかねぇだろ」

「でもっ…!それで、死んじゃったらどうするつもりだったのよっ!」

──そう。
それが酷く怖くて。
庇われて、鮮血が目の前を舞った瞬間、頭が真っ白になった。

「そこまでして庇ってくれなくたって、私だって戦えるんだから!」

「しょうがねぇだろ!体が勝手に動いたんだからよ」

「私は…っ!」

ぽろりと頬を涙が零れ落ちるのを感じながら、じっとボーレの瞳を見つめる。

「わたし、は……ボーレに無茶してまで庇って欲しくなんかない。ボーレだけ傷だらけになるなんてやだよ…!」

何も出来ずに、守られたままでいるのはもうたくさんだった。
あの日──初めて戦場に出た日に誓ったの。
もう、守られてるだけは嫌だって。みんなの─大事な人の傍にいるんだって。

「だから…私のこと、庇ったりなんてしないで」

「ミスト…」

止めることの出来ない涙が次から次へと溢れてきて。ぽろぽろと零れる涙を不器用そうな指がそっと掬っていく。
ぎこちないその指に促されるようにボーレの瞳をじっと見つめると、何かを決意したような強い視線にぶつかった。

「…お前の気持ちはわかった。けど俺は、どんな傷だらけでもお前を守る。…例えそれで死んじまったとしてもな」

「そんな…。私は─!」

「分かってる!それが嫌なんだってことくらい。…けど、これだけは俺も譲れねぇ」

まっすぐ私を見つめる瞳は譲らないって強い意志を秘めていて。
その決意が嬉しくて、苦しくて。そっと視線を落とした。

また今日みたいなことが──ううん、今日よりももっと悪いことになるかもしれないと思うだけで、胸が押し潰されそうで。
また溢れだした涙が私を抱き締めたボーレの腕を濡らしていく。

「でも、その、な…」

俯いたままの私の耳に、戸惑うような声が落ちてきて。ふっと顔を上げると、僅かに頬を染めたボーレが瞳に映った。

「一番嫌なのは、お前がそうやって泣くことなんだよ!だから、お前を泣かす真似はしねぇ!」

言われた言葉の意味を分かりかねて、きょとんと首を傾げた私に、顔を真っ赤にしたボーレは耳元で低く低く囁いた。

「…絶対お前を置いてったりはしねぇ。だから、安心しろよ」

そう鼓膜を震わせた言葉は、酷くやさしくて。
涙の代わりに自然と笑みが溢れていた。

「…ん。約束、だよ」

「…おう」

照れたようなぶっきらぼうな言い方も愛しくて。
そっと頬に口付けた。



end.




7500hitでシマザキ様よりリクエスト頂きましたボレミです。
イラストでも小説でも、ということでしたので、小説にて書かせて頂きました。
久しぶりのリクエストだった&何度かサイトに遊びに行かせて頂いてた大好きなサイトの管理人様ということもあり、めちゃめちゃ緊張しながら書いてました(笑)
文の固さがにじみ出る感じで非常に申し訳ない感じな仕上がりになったような…;;
ちょっとでもボレミへの愛が伝われば良いなと思いつつ。
シマザキ様のみお持ち帰り自由です。煮るなり焼くなり切り刻むなり好きにしちゃって下さい。あ、勿論書き直しも受け付けてますんで、遠慮なく言って下さいませ←真剣

それでは!読んで下さった方、リクエスト下さったシマザキ様、有難うございました!



【Azalea】
花言葉:あなたに愛されてしあわせ