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Bridal Veil




それが「裏切り」となることは重々承知していた。

きっとアイツが怒るだろうことなんて、容易く想像できたし、怒った顔を想像してため息を吐きたい気分に駆られたのも事実だ。


けれど、それでも譲れないものがある。

──国を守る王として、やらなければならないことがある。



……たとえ、何を犠牲にしても。







空を飛翔しながら、ちらりと後ろを見やる。
僅かに遅れながらではあるが、しっかりと着いてきている幼馴染を視界に捉えて安堵する。


──あのニンゲンとの取引を引き受けてから数日。

ようやくリュシオンを連れ出す機会に恵まれた。この機会を逃せば、次の機会などそう訪れないことは容易に想像できた。
ようやく出来た機会だ。それをみすみす逃すことはしたくない。


「おい、ネサラ。私をどこに連れて行く気だ?」

不意に後ろから掛けられた声に、スピードを落としてリュシオンの隣へと移動する。
無遠慮に向けられた不信感たっぷりの視線に苦笑して、肩をすくめてみせた。

「別に変なところに連れて行く訳じゃないさ。…見せたいものがあるんだ」

嘘と半分の真実が入り混じった自分の言葉に、心の中で苦笑する。

見せたいもの──リュシオンに今のセリノスの森を見せてやりたいというのは事実。
森の主を失ったあの森は見るに耐えないし、ニンゲンどもの愚かさに反吐が出そうになるのも事実だ。

だが、それとは別に、そのニンゲンどもと取引をしようとしているのもまた事実。
あのニンゲンの屋敷へリュシオンを誘い込み、引き渡せば膨大な金が手に入る。
その金があれば、国はもっと豊かになるだろう。

「…い、おい。ネサラ!」

思索にふけっていた耳に再び聞こえてきた苛立った声に、ぱっと顔を上げる。
隣を見やれば、先程よりも不快そうな表情をありありと浮かべた意思の強い真っ直ぐな瞳にぶつかった。

「まだ、その場所は遠いのか?」

「いや、もうすぐだが……少し休まないか?」

視界に移った適当な岩場を指差せば、リュシオンは少し考えこむように黙り込み。
やがて、静かに頷いた。

「お前と出掛けるのも久しぶりだな、リュシオン」

「…あぁ、そうだな。もっとも、お前がニンゲンどもと取引をやめるなら、いつでも昔のようになっても構わないが」

真っ直ぐ射抜くような瞳でそういわれ、ふっとため息を吐く。
昔と何も変わらない真っ直ぐな瞳と言葉が、嫌に胸に刺さった。

…もうあと少しで、目的のセリノスの森へと着くだろう。

手はずはもう整っている。あとは、リュシオンをそこへ連れて行くだけ。…それだけだ。


「いい風だな」

不意に呟かれた言葉にリュシオンを見れば、吹く風を感じるように静かに空を仰いでいて。
風に吹かれ、靡く金色の髪は陽の光を受けて煌めき、翠の瞳は穏やかに空の蒼を映していた。その姿はただ凛とした美しさがあって。思わず、瞳を奪われていた。

「ネサラ?」

俺の視線に気づいたのか、不思議そうな顔でリュシオンが僅かに首を傾げる。
空を見つめていた時と同じ、曇りのない真っ直ぐな瞳に見つめられて、酷く心がかき乱される。


──これから為そうとしていることをしてしまっても、コイツは─…リュシオンは許してくれるだろうか。


そんな言葉がふと浮かんできて、頭を振る。
許されようと思う方が可笑しい。曲がったことがどれだけコイツが嫌いかなんて、自分がよく知っている。

例え、国のため、民のためと口にしたところで、納得もしないし、許しもしないだろう。


それでも──やると決めたのは自分だ。
今更、後戻りをする気はない。



だが──…。



「…そろそろ行くか」

「あぁ」

出発を促した俺の言葉に合わせて飛び立とうとしていたリュシオンの頬に、掠めるように口付ける。
そのまま何事もなかったように飛び立ち、気づかれないようにリュシオンの様子を見れば、驚いたように目をしばたかせ。
そして、大きくため息を吐いて、困ったように微笑んだ。


その微笑みはあまりにも穏やかで。それにつられるように笑みが零れていた。



…なぁ、リュシオン。

これから為そうとしていることは、お前を怒らせることだと重々分かっているし、許してもらえないことだろうと何度も自分に言い聞かせた──…だが、それでも。

お前は今みたいに許してくれそうな──そんな気がするんだ。


─そんな頭に不意に浮かんできた甘い考えに、ふっと吐息を零した。





end.


【Bridal Veil】
花言葉:願いつづける