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Geranium




不安も恐怖も。

嬉しさも安心も。


こんなにもたくさんの想いを抱くのは、きっとすごくすごく大事な人だから。







ヒュと風を切る音と共に、張り詰めた弓から的に向かって真っすぐに矢が飛んでゆく。
矢は風を切り、目標の的へと突き刺さる。…ただし、的の中心からは離れた端の方に。

「しばらく見ない内にそんな腕になったのか?」

はぁと思わず吐いたため息をかき消すように後ろから掛けられた声に、慌てて振り返る。
聞き慣れた大好きな──けど、今は聞きたくなかった声の主は、じっと僕を見ていた。

「シノン、さん…」

「それとも、俺が見てるのに気付いて、わざと外してみせたか?」

皮肉まじりのその言葉に、瞳を反らし、ただ俯く。

─…そうだったら、良かった。でも、シノンさんの気配に気付いたのは、ついさっき。声を掛けられてからだ。

「怪我でもしたか?」

「……ううん」

首を横に振ってそう応えて、再び黙り込む。顔を上げようとしない僕に呆れたのか、大きなため息が落ちてきた。

「なら、何で外した?」

「それ、は……」

さっきから、弓を引くたびに頭を過る光景を言おうとして、口をつぐむ。
そんなことある訳ないって言われることが目に見えていたから。

「……だんまりか。ま、良いけどな。…とりあえず、その腕じゃ前線には出させない」

「えっ…?」

「そんな腕前じゃ戦場にいても足手まといだ」

見限るような冷たい声音のその言葉に、心臓がドクリと重く鼓動する。
嫌だと言いたいのにうまく声に出来なくて。

ただ子供みたいに首を横に振った。

「……なら、戦場に出れる腕前だってとこ、見せてみろ」

「見せるってどうやって…」

「あの中心を射抜け。…お前なら難しいことじゃねぇだろ?」

シノンさんはそう言って先ほどまで訓練をしていた的に視線を寄越す。
その視線に促されるように的をじっと見つめる。自分で作った的には、中心からは随分と的外れな場所に矢がいくつも刺さっていて。

それを見ないフリをして、真っすぐに弓を引く。
キリキリと張り詰めていく弦を指先に感じながら、的へと狙いを定める。

──大丈夫。あれはただの的。いつも通りにやればいいだけ。

「……っ」

…そう言い聞かせてはみたけれど、先程まで頭を過っていた光景は簡単に消える訳がなくて。

的に大事な、大事な人──シノンさんの面影が重なって見えて。
張り詰めていた弓から力が抜けていくのが分かった。

「…ヨファ?」

「…で、きない…」

絞りだすように口からこぼれ落ちた言葉は震えていて。ひどく情けない気持ちになる。

そんな情けない姿を見られたくなくて、ぎゅっと目を閉じて視線を地面に落としたけれど。

瞼に浮かんだ光景はずっと消えなかった。

「…お前、あの騎士さんの事、気にしてんのか?」

「──っ!」

核心をついたその言葉にぱっと顔を上げて、シノンさんを見つめる。
驚いた表情の僕の瞳に、やっぱりって顔をしたシノンさんの赤い瞳が映った。

「気にする事はねぇだろ。結局上手く助けだしたんだしな」

「…でも、それはシノンさんが代わりにやってくれたから…。それに─…」

「…『それに』何だよ?」

「……もし、捕まってたのがルキノさんじゃなくて、シノンさんだったらどうしようって……」


──…ずっと、ずっと考えてた。

あの戦い──処刑台に立たされていたルキノさんを助けてから。


もし、あれがシノンさんだったらって。


僕はちゃんと助けられるか。シノンさんみたいに迷わず自分の腕を信じて、射抜けるか。


「…そんな事かよ」

「そんな事って、僕─」

尚も言葉を続けようとしてた僕を遮るように、シノンさんは大きくため息をついて。

そして、くしゃくしゃと頭を撫でてくれた。

「そんなヘマ俺がするかよ」

「……うん…」

─…ホントは分かってる。
そんなミスをシノンさんがする事なんて、きっとないんだってくらい。

でも、浮かんだ不安は消えなくて。
弓を引く度にそんな思いに駆られて、指が震えた。

「……でも、もしシノンさんが捕まったら……」

「そん時は迷わず射て」

きっぱりと言われたその言葉にじっとシノンさんを見れば、ふわりと笑っていて。
その穏やかな笑顔に、どくんと胸が鼓動を刻む。

「で、でも…。もし、外したら─…」

「そんな状況で外しちまうようなヤワな弟子に育てたつもりはねぇ。…この前俺のやり方をしっかり見てただろ?次は出来るさ」


掛けられた言葉は一つ一つが重くて、あたたかくて。
嬉しさで胸がいっぱいになって、大きく大きく頷いた。

「…じゃ、もう一回やってみろ。次は真ん中射抜いてみせろよ」

「うんっ!」

元気良く頷いて、すっと弓を構える。
さっきまで、あんなに怖かったのに。
震えは全くなくなっていた。

「よーく狙えよ!」

後ろから掛けられた声に軽く頷いて、的の中心へと狙いを定める。
その瞬間、シノンさんの面影が重なって見えたけど。
…怖いという気持ちはなくなっていた。


──大丈夫。
例え、シノンさんが捕まっている状況になったとしても。

シノンさんが、僕を信じてくれてるから。

それだけで、怖いのも緊張もなくなる。

──…僕も、真っすぐにこの矢を信じられる。


「やった!」

「やれば出来るじゃねぇか!」


─…この矢は、絶対にシノンさんを傷つけない。

絶対に助けられるんだって。



end



【Geranium】
花言葉:尊敬と信頼