道標例え道が違えても。 過ごした時は残っていくはず。 …例え、君が忘れてしまったとしても。 私は絶対に忘れないから。 「ケビン」 自室に向かって歩いていた元同僚を呼び止めると、若干いつもよりも紅潮した顔が振り向いた。 少し酔っている様子を見て、どうしようかと迷ったが、次にそんなことが出来るのはいつかと考えたら、勝手に口が動いていた。 「一杯、やらないか?」 クリミアへ―祖国へ凱旋した記念に、と手にしていたワインを揺らすと、ケビンはこくりと頷いて、破顔した。 「それでは、凱旋を祝して愛すべき祖国に」 乾杯、とケビンと声を重ねグラスを重ねると、手にしたグラスを傾ける。 ケビンはと言うと、一気に空けてしまうと、次の一杯を注いでいた。 「しかし…、本当に凱旋出来たんだな」 しみじみとそう呟いたケビンの顔は赤く、酔いが回っているのが見て取れた。 感慨に浸るように杯を重ねていくのを見つめながら、ぼんやりと思い返す。 突如、平穏な日々に現れた遺児であるエリンシア姫。そして、目の前にいる元同僚。 あっという間に過ぎていった日々だったと思うのは、ただ槍を振るい続けたからだろうか。それとも…。 「オスカー」 思考の海に沈み掛けていた意識がケビンの声で、はっと元に戻る。 呼び掛けた本人を見れば、随分酒が回ってきたのか、顔は赤く、焦点はぼんやりしていた。 「ケビン、大丈―」 「お前とまた共に戦えたこと、誇りに思う」 私の声を遮ってそう言うと、真っ直ぐ私の目を見つめて微笑んだ。 それが酷く綺麗で、どくりと心臓が跳ねる。 ―一年間。 長いようで短かったのは、きっと君がいたから。 毎日が充実していて、何気ない会話が当たり前になっていくのが嬉しかった。 けれど、それも今日で終わり。 凱旋し、役目を終えた今、自分は傭兵として。 ケビンは騎士として、またそれぞれの道を歩いていく。 「…私も、誇りに思うよ」 ケビンの言葉にそう返して、様子を伺うと机に突っ伏していて。 大丈夫かと問い掛けようとした所で、寝息が聞こえてきて苦笑する。 「さすがに、疲れたか」 そっと髪を撫でて、苦笑する。すやすやと眠る姿はまるで子供のようだ。 「…私は、忘れないよ」 共に戦った日々も。 今日、こうして杯を重ねたことも。 囁くようにそう言うと、精一杯の愛しさを込めて、そっと頬に口付けを落とした。 end. クリミアへ凱旋した日イメージで。 二人は飲み仲間だったりしたら良いなぁという妄想から(痛) |