White rose負けたくない。 そう、強く思うようになったのは、きっとあの日から。 涼しげな顔で、奴が俺に勝った──コイツが、俺の永遠の好敵手だと心に定めた日。 負けたくない。負けられない。 そう感じるのは、俺が奴の─オスカーの永遠の好敵手でもあるから。 馬の駆ける音と金属がぶつかる音。すぐ傍を誰かが駆けていく音。耳いっぱいに飛び込んでくる音を聞き分けながら、辺りをざっと見渡す。 至るところで、敵兵と味方の軍が戦っているのを見えたが、まだどちらが有利とも言えないようだ。だが、ここで競り負けてしまえば、自陣の奥へ敵の侵入を許してしまうことになる。 ─それだけは絶対にさせない。 そう強く自分に言い聞かせ、ぐっと愛用の斧を握り締める。そのまま乱戦状態の前線に参戦しようとしたところで、見慣れた緑の鎧を見つける。 敵の攻撃を躱しながら、次々と敵に攻撃をしかけていっているのが見えて。 自然と闘志が沸き上がってくるのを感じた。 「あいつには、負けてられんな!」 早く手柄を立てなければと馬を走らせようとしたその時に、不意にオスカーを狙う弓兵の姿を見つける。 真っ直ぐに狙いを定めているのに、オスカーは気付いていない様子で。そうしている間にも弓兵はじりじりと狙いを定めていく。 その光景を見た瞬間、考えるよりも先に、オスカーを狙う弓兵に向かって突撃していた。 「うおおっ!」 掛け声と共に斧を振り下ろす思いがけない攻撃に弓兵はバランスを崩し、地面に倒れこんだ。 ほっと安堵のため息を吐いたところで、背後から不意に聞き慣れた声が飛び込んできた。 「ケビンっ!」 慌てた様子の好敵手の声に何事かと振り向けば、すぐ目の前に、鋭く研ぎ澄まされた刃が迫っていて。 避けようにも、もう間に合わないと反射的に悟って、来るだろう衝撃に備えようと身を固くする。 「……?」 けれど、いつまで経っても来るはずの衝撃はなく。 疑問符を浮かべた俺の目の前から研ぎ澄まされた刃は、その持ち主ごと地面に倒れこんだ。 倒れた敵兵の背には、深々と刺さった槍があって。どうして倒れたのかをまざまざと自分に見せ付けているようだった。 「これは……」 「大丈夫かい?ケビン」 敵兵の背に刺さった槍をぼんやりと見つめていた俺の予想通り。 頭上から聞こえてきた槍の持ち主である好敵手の心配そうな声が、痛いほど耳に響いた。 ──不覚だ。 ぐっと思いきり力を込めて、振りかぶった斧を振り下ろす。 ビュッと風を切る鋭い音と共に手に斧の重みが伝わってくる。 「…不覚だっ!」 やり場のない悔しさを吐き出すように叫び、斧を無心に振る。先程から何度も繰り返しているものの、一向に気分は晴れなかった。 ──不覚だった。 オスカーを狙う弓兵に気を取られ、自分を狙っていた敵兵に気付かなかったばかりか、当の本人に逆に助けられるなんて。 「…くそっ」 毒づいて振り下ろした斧は、するりと手を離れて。 ドンという衝撃と共に、地面に突き刺さる。 手から零れ落ちた斧は、訓練に身が入っていないことを証明しているようで。 ふっとため息を零した。 「…頭を冷やすか…」 そう小さく呟いて、隊舎の方へ足を向ける。 水の一杯でも飲めば、少しは頭も冷えるだろう。 そんな事を考えていた俺の意識を遮るように、不意に聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。 「ケビン」 「…!」 開けようとしていた扉から不意に出てきた見知った顔に、一瞬呼吸が止まりそうになる。けれど、それを悟られるのが嫌で、何でもない顔をして、すっと大きく息を吸い込んだ。 「…何か用か?」 「いや…。お礼を言いたくてね」 「…礼だと?」 何のだと問い掛けるよりも先に、顔を思いきりしかめていた俺に向かって、ふわりと奴は笑った。 「私を狙っていた弓兵を倒してくれただろう?」 「……それを言うなら、貴様だって、俺を狙っていた敵兵を倒したではないか」 そう言葉にして、改めてひどく情けなくなって、ため息を吐きたくなる。 戦場において、そんな隙をつくるなんて騎士として失格だ。 しかも、それを好敵手であるオスカーに助けられるなんて。 情けないのもいいところだ。 そんな事を考えて、つい俯いてしまっていた俺のすぐ傍にオスカーの顔が寄せられる。 驚きと、僅かの羞恥でどくんと大きく跳ねた心臓を押さえていると、小さな呟きがそっと耳に響いてきた。 「…実を言うとね。君が倒してくれるまで、弓兵には全く気付かなかったんだ。…他の事に気を取られていたから」 「他の事…?」 「君を狙っていた敵兵の事だよ」 「…!」 思いがけない言葉に、ぱっと顔を上げる。思わぬ近さにあった奴の顔にどきりとしたが、それよりも言われた言葉の方が引っ掛かった。 ─俺がオスカーを狙う弓兵に気を取られていたように、オスカーも俺を狙う敵兵気を取られていたなんて。 自分と同じことをオスカーもしていたのだと知って。先ほどまで、あんなに情けないと思っていたのに。 自然と笑みが零れていた。 「ふっ…貴様もまだまだだな!自分の危機に気付かぬとは!」 「あぁ、だから今回は助かったよ」 「……とはいえ、俺も今回は貴様に助けられたからな。まだまだ修練が足りん」 そう重々しく頷いて、ぐっと手を握り締める。 まだまだ強くならなければ。助けるべき立場の騎士が、助けられるなんて、やはり失態だ。 「…なら、私も君に負けないように修練を積まないとね」 「む。俺だって貴様に負けるつもりはないぞ!」 むっとして、そう言い返した俺に、オスカーは微笑んでいたけれど。 負ける気なんてないという意志が感じられて。 にっと笑い返してみせた。 ……きっと、まだまだ強くなっていける。 こんなにも、負けたくないと互いに思える相手がいるから。 きっと、共に強くなっていける。 どこまでも。 …どこまでも。 end. 【白薔薇】 花言葉:私はあなたにふさわしい |