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槍と斧と約束と




君の瞳に映っているのは、きっと私だけじゃない。



私は、君の瞳に映るものの中の一つでしかない。


──…そんなこと、ずっと前から分かっていたことなのに。







「オスカー!!」

クリミアの兵舎中に聞こえそうな大きな声に苦笑を漏らす。

「そんなに大きな声で呼ばなくても聞こえているよ、ケビン」

「聞こえているよ、ではない!決闘前にその腑抜けた態度は何だ!!」

「…腑抜けているつもりはないんだけどね」

聞こえるか聞こえないかの呟きは当然、ケビンに届くことはなく。
びゅっと風を斬る音が聞こえ、切っ先を向けられる。

「良いか。これは、真剣勝負だ。お互い公平に全力で戦う為にだな…」

「分かっているよ」

延々と続きそうなケビンの言葉を遮って、向けられた切っ先に向かって、訓練用の剣を構えれば。

カツ、と木の当たる音が辺りに静かに響いて。


──普段はお互いの得物で勝負するのだが、今回はケビンの提案により、槍は斧に不利だから不公平だという理由で、互いに慣れない剣での勝負となったのだった。


「それより。私の出した条件、覚えているかい?」

「当たり前だ!負けた方が勝った方の言うことを何でも聞くんだろう?俺は絶対に負けんからな!」

覚悟しておけと啖呵を切って、合わせていた切っ先をカンと弾かれる。

相変わらずの血気盛んな様子にふっと苦笑すると、すっと剣を構え直した。

「…私だって、負ける気はないよ」

そう宣言して、すぅと息を吸い込み、神経を研ぎ澄ませる。

「では……行くぞっ!」

その声と共に重い剣撃が振り下ろされる。
それをすっと後ろに下がって避けると、無防備になった頭上に向かって剣を振り下ろす。

「甘いわっ!」

「──っ」

その一撃はケビンに受けとめられ、力一杯跳ね返される。
僅かにふらついた足元を見て、ケビンが真直ぐに突っ込んでくる。

「食らえっ!!」

再度振り下ろされた刄を咄嗟に剣の刀身に沿わせて軌道をずらし、そのまま流れるように空いた手に打ち込む。

「くっ…!」

カランと乾いた音を立て、地面に転がった剣を確認する。慌ててそれを拾おうと膝を突いたケビンの喉元に、つ…と切っ先を突き付けた。

「チェックメイト…だね」

「く…っ!」

悔しげに俯いたケビンから、すっと突き付けていた切っ先を下ろす。

勝負は終わりというように、突き付けていた切っ先の代わりに手を差し伸べる。

「私の勝ち、で良いのかな?」

「…今回はな」

差し伸べた手に掴まって立ち上がりながら、苦々しくケビンが呟く。
やけに強調された、「今回は」という言葉が、彼らしくて、ふっと笑みが零れた。

「良いか!今回は不運にも負けてしまったが、次は俺が勝つからな!」

「はいはい」

握っていた手をパンと弾き、びしっと私に向かって人差し指を突き付けながら、そう宣言する。ムキになっている彼は子どもみたいで、何だか可愛らしい。

「それより、約束。覚えてるよね?」

「む……約束だからな。何でも一つ言うことを聞いてやる」

さぁ、言え!と勢いよく言われ、苦笑する。あまりに彼らしい実直な物言いが好ましかった。

「そうだね…。じゃあ今日一日、私と一緒にいてくれ」

「は……?」

そんなことで良いのかと瞳が雄弁に語っている。
それにふっと笑みを返して、言葉を続けた。

「君は今日からしばらく非番だろう?私も今日からしばらく休みを頂いたから、傭兵団の方に帰ろうと思ってね」

「それに付いてこい、と?」

「そうだね。皆も顔を見たがってるし」

たまには気分転換に良いだろう?と言って、笑ってみせる。

いつも暇さえあれば、訓練に時間を全て使ってしまう彼だ。たまには、訓練をせずに、ゆっくりと休ませてあげたい。

─けれど。素直にそれを言っても聞いてもらえないだろうことは目に見えていたから。だからこそ、「約束」を交わした。


「…約束だからな。守らぬ訳にはいくまい」

男に二言はないとばかりに、重々しく頷いたケビンにふわりと微笑む。


──休ませてあげたい、というのも本心だけれど、たまにはゆっくりと共に過ごしたいというのも本心で。

子どもじみたその感情に思わず自嘲してしまうけれど、それでも共に過ごす時間を受け入れてくれた事が素直に嬉しく感じて。


意気揚々と出立の準備をするべく兵舎に歩いていくケビンの後ろ姿を見つめながら、これから過ごす時間を想像して、自然と笑みが零れた。



end.



二人の訓練シーンが書けて一人満足だった涼翅です。
剣道やってたのでその経験が活きてるといい、な!!(願望かよ