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easy Q, easy A




ふと気付けば、分からないことばかりが増えていた。

年月が重なるほど。
─奴を深く知っていくほどに、自分の中で知らない感情が増えていく。







その日、いつものように朝の鍛練をこなしていると、兵舎から楽しげな声が聞こえてきて。

何気なく目をやると、マーシャ殿とオスカーが仲睦まじ気に話していた。
─それは、同僚というより、恋人のように見えて。

そう思った瞬間、胸が酷く苦しくて。しっかりと握っていた筈の斧が、ぽろりと手から零れ落ち。

そのまま勢い良く頭に突き刺さった。
ぽたぽたと紅い雫が零れるのをどこか他人事のように見つめていると、絶叫に近い声が耳に響いてきた。

「きゃあああ!!ケビンさんーっ!!」

マーシャ殿が慌てたように駆け寄ってくるのを見つけて。そして、視界の端でオスカーが救護班の方向に走っていくのを確認し。
二人が離れたことに何だか安堵すると、ようやく感じ始めた痛みに意識を手放した。




─楽しげに笑っている。
オスカーとステラ殿が。

そういえば、お互い弓を扱うからといって、良く話すのだとオスカーから聞いたのを思い出しながら、目の前の光景を見つめた。

楽しげに会話しながら笑いあう二人。
オスカーは、オレと話している時よりもずっと楽しげに見えて。


─そう思った瞬間、酷く胸が苦しくて。
ぐるぐると分からないモノが胸の中で暴れているようで、堪らなくなる。


目の前の光景を、声を聞きたくなくて、ぎゅっと目を閉じて耳を塞いだ。

それなのに、笑い声は絶えなくて。笑いあう光景が目蓋を通って見えてきて。

──嫌な、酷く嫌な気持ちになる。
そんなオレに気付かないみたいに、オスカーは笑ってる。酷く楽しそうに。

オレのことなんて、まるでいないみたいに。



「…だ。嫌だ嫌だ嫌だ!!」

子どもみたいにそう叫んで、閉じていた瞳を開けると見慣れた自室の天井が飛び込んできて。

そして、聞き慣れた気遣うような声が隣から掛けられた。

「大丈夫かい?ケビン」

その声に応えるように隣を見ると、そこには、心配そうにこちらを見るオスカーが椅子に座っているだけで。
隣には、マーシャ殿もステラ殿もいなくて。
…それに酷く安堵した。

「…随分うなされてたね。何か嫌な夢でも見たかい?」

「え……?」

問われて、思わずぽかんとしてしまう。どうだっただろうかと考えると、先程の光景が思い出される。

─ステラ殿とオスカーが楽しげに笑っている。ただ、それだけ。


…それだけだった筈なのに。自分は、何て叫んでた?

「…分からない」

「覚えてないのかい?」

頭を怪我したから、しょうがないとは思うけどと苦笑するオスカーに強く首を横に振った。

「分からないんだ!何が嫌な夢だったのか…」

あの時。自分は何が嫌で叫んだんだろう。
何を拒絶したかったんだろう。

─…それを、コイツは。
オスカーは分かるのだろうか?

「…オスカー。貴様、物はよく知っている方だったな?」

「?あぁ、まぁ…。それなりにだとは思うけど…」

「なら問う。…最近、分からないんだ」

楽しげにマーシャ殿と話しているのを見て、鍛練に身が入らなかったこと。

先程夢で、仲良くステラ殿と話しているのを見て、酷く嫌な気分になったこと。

全部をぶちまけるようにまくしたてる俺を、じっとオスカーは聞いてくれた。

そんなオスカーに、俺はずっとずっと聞きたかった問いを投げ掛けた。

「貴様が…っ!誰かと話している姿を見ると、胸が苦しくなるんだ。これが何なのかお前は分かるのか?」

「あぁ…」

ふっと柔らかく微笑んで、オスカーが静かに頷く。
それは何だと聞こうと口を開きかけた俺に、オスカーの顔が近づいてきて。


─そして。
そっと触れるだけのキスを与えられる。
途端、かぁっと熱くなった身体に、追い討ちをかけるように、そっと耳元で囁かれる。

「それは、恋だよ。ケビン」

「こ、恋……?」

─…これが?
こんなに胸が苦しくて。
口付けられただけで、身体が熱くて堪らないのは、オレが恋をしているから?

「…嬉しいよ。私と同じ気持ちでいてくれたなんて」

「同じ…?」

オスカーも、オレと同じだったのか?
お前も胸が苦しくなったりしていたと?

「私も君が誰かと話すのを見るのは嫌だし、誰かのことを楽しげに話すのも嫌だ。…迷惑かい?」

優しげに、けれど何処か寂しげに笑うオスカーに強く首を横に振る。

──同じだ、オレと。
感じていた気持ちが一緒だと分かって、自然と口元が緩んでいた。

「嬉しい…と思う。迷惑じゃない」

「なら良かった」

ふわりと酷く綺麗に微笑むオスカーに心臓がどくりと跳ねる。
途端、訳も分からず恥ずかしくて堪らなくなって俯くと、そっと頭を撫でられた。

「もう少し、休んでた方が良い。頭を怪我したんだしね」

優しく囁かれたその言葉に、こくりと頷くと、ベッドに横になり、目深に布団を被った。

「おやすみ、ケビン」

良い夢をと囁いて、額にそっとあたたかな感触が落ちてゆく。

それが酷く落ち着かくて、けれど酷く心地よくて。
パタンと静かに閉められたドアをじっと見つめて、呟いた。

「次に見るのは、良い夢に決まっている」

─…そう。
きっと良い夢に違いない。だって──。

今、こんなにも穏やかで。
こんなにも嬉しい。

だから、きっと幸せな夢を見れる。


そう確信して、まだ熱に浮かされたふわふわとした心地の中、それを噛み締めるように、静かに瞳を閉じた。



end.



恥ずかしくて大幅改変しようかとも思ったんですが、何とか思い留まりました。
何だろう、この中学生日記みたいな恥ずかしさ…!!