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kiss the Bible




─女性としてではなく、騎士として扱われることに不服などなかった。



シグルーン隊長のように女性らしくもないし、そうありたいと望んだこともない。



──騎士として。
神使様を守る刄となり、盾となる。



それが、私の全てで、私の誇り。
─…そうだった筈なのに。










─…何故こんなことをしているんだろう?

包丁を持ち、目の前の野菜と格闘しながら、そんなことを考えた。

「タニス殿?どうかされましたか?」

隣から穏やかな、気遣うような声が聞こえてきて、びくりと身体が強ばる。

「い、いや…。別に何でもない」

そう、何でもないんだ。
自分にそう言い聞かせ、ふっと息を吐き出す。


─隣には、グレイル傭兵団の騎士であるオスカーが、鍋をかき回しながら、にこやかにこちらを見ていて。

私は、といえば。
隣の騎士に教えられながら、包丁を握っている。


─…まるで、これでは花嫁修行のようだ。


そんな考えが浮かんで、かっと顔が熱くなる。
思わず、包丁を握る力が強くなり、思い切り野菜を叩き切っていた。

「…つぅっ」

ピリと指先に痛みが走って、じわりと鮮血が滲んでくる。

勢い余って、指を切ったのだと気付くのに、少々時間がかかった。

「大丈夫ですか?タニス殿」

慌てたような声にこくりと頷く。

─情けない。
自分は何をしているんだろう。

女であることよりも、騎士であることを望み、それを誇りとした筈なのに。


今、自分がしていることといえば、普通の街娘のように料理を習っているなんて。


─…何て似合わない。
だから、これはその罰だ。
分不相応な行いを望んだから。


そんなことを思っていた私に、そっと温かな温もりが触れていく。
驚いて、顔を上げると血の滲んだ手をそっとオスカーが握っていた。

「オスカー…?」

どうかしたかと問う前に、血の滲んだ指を口に含まれる。

「なっ…!」

何をしていると言いたいのに、言葉は出てこなくて。
振り払おうと思うのに、身体が凍り付いたように動かず、振り払うことすら出来なくて。

されるがまま、ちゅっと音を立てて、唇が離れていくのをただ顔を赤くしながら、見つめていた。

「一応、応急処置だけですが。後からちゃんと消毒しましょう」

「そ、そんなことせずとも良い!騎士ならば、これくらいの傷など…」

「…そうですね。貴女は優秀な騎士だから、これくらいの傷なんて傷の内に入らないんでしょうが…」

そう呟くように言うと、ぐいと握られた手を引き寄せられる。思わずバランスを崩し掛け、揺らいだ身体をオスカーが空いた手で抱き止めた。

「…私にとっては、貴女は騎士である前に大事な人なんです。だから、どんな小さな傷でも付いて欲しくはない」

そっと耳元でそう囁かれ、カッと羞恥で身体が熱くなる。
何を恥ずかしいことをと言おうとした私に、オスカーがそっと私の手に、唇を落とす。

それは、まるで小さい頃に見た絵本の中に出てくる、姫に忠誠を誓う騎士のようで。

─何だか、オスカーにとって、私は姫であると言われているようで、何も言えなくなる。

ただ、羞恥で顔を染め、黙り込んでしまった私に、オスカーは穏やかに微笑んだ。

「…さ。料理の続きをしてしまいましょう」

冷めてしまいますから、とふんわりと笑って付け加えたオスカーに、曖昧に頷き返す。



─…オスカーにとって、私はどう映っているんだろうか。



そんな事を考えたら、幼い頃に見た絵本の─美しい姫と、その姫に忠誠を誓う騎士の光景が浮かんできて。



その騎士の姿とオスカーの姿が重なって見えて。



先程、誓うように口付けられた右手が酷く熱かった。



end.





お姫様にあこがれる気持ちってタニスさんの中にもあったら可愛いなと思います。
美人なお姉さんが乙女って可愛いですよね♪