勿忘草―…分かってる。 この戦いが終わったら、きっと道は違えてしまうこと。 だって私は、彼から「自由」を教えてもらって。 …彼は、自分の「自由」を知っている人だから。 ――だから。きっと、交わらない。 それでも、私は……そして彼も。 互いの道を歩んでいく。 ―それは予感じゃなくて、確信。 …だから、せめて。 どうか…今だけは…。 頭が、ぼんやりする。 虚ろに開いた目で辺りを確認する。小奇麗な天井が見えて、ここがどこなのかを何となく把握する。 ―そうか。クリミア城でしたね。 気だるさの残る身体を起こして、記憶を辿る。狂王アシュナードを倒し、クリミアに凱旋したということで、軍は歓喜に満ちていた。 この後、たくさんの問題が残されているのは間違いなかったけれど、それでもこの日ばかりはといった様子で大規模な宴が開かれたのだった。そして、その席で迂闊にも…。 ふっと息を吐くと僅かにお酒の匂いがした。思わずその匂いに眉を顰める。 「お酒…飲みすぎてしまいましたね…」 はぁ、と後悔とともに吐息を吐き出して、勧められるまま杯を重ねていたことを思い出す。 まだ酒気が抜けきらない所為か、ぼんやりと靄がかかったような頭で、ふと思考を巡らせる。 そういえば自分は、どうやって部屋まで戻ってきたんだろう? 「………あ」 ふっと記憶の片隅で広間にいる間、ずっと傍に付き添ってくれていた少年のことを思い出す。確かお酒を飲んでから、傍でずっと相手してくれていた筈だ。 戦場で背中を預け、ずっと共に戦ってきた、誰よりも愛しい人―。 思わず羞恥で顔を赤らめていると、ガチャリと部屋のドアが開く音がした。 「だ、誰ですか…?」 「…あぁ、起きたのか」 暗闇から聞こえてきた良く知ったその声に安堵すると同時に、更に顔が熱くなるのが分かる。 必死にそれを隠そうと、どくどくと五月蝿い心臓に落ち着けと言い聞かせる。 「気分はどうだ?」 「へっ?あ、はい、大丈夫ですっ」 声が裏返りそうな勢いで言葉を紡いだ私を不思議そうに見やって、私の愛しい人―サザさんはベッドの近くの椅子に腰掛けた。 「…まだ少し赤いな」 切れ長の綺麗な緑の目がじっと私の顔を見つめる。それが恥ずかしくて目を伏せていると、ふわりと私の頬を少し冷たい指先が優しく撫ぜた。 「…っ」 「これで、少しは涼しいか?」 「えっ…?」 驚いて顔を上げると、ほんの少し頬を染めて気恥ずかしそうにこちらを見ているサザさんと目が合う。 途端に言い表せない位の愛しさが込み上げてきて、そっと頬に添えられた手に自分の手を重ねた。 少し冷たい彼の指先に自分の熱が溶かされていくみたいで、それが酷く心地よくて。 そっと瞳を閉じて、重ねた手に少しだけ力を込めた。 「…気持ち良いです。ありがとう、サザさ―」 名前を呼んでいる途中で不意に抱き締められる。 呼吸を忘れて茫然としている私に、抱き締めてくれている彼の呼吸が耳を掠めていく。 「…ステラ」 私の名前を呼ぶ擦れた彼の声に体が熱を帯びていく。その熱に浮かされて、行き場を失ったままの手をそっと彼の背中に回した。 「サザ、さん…」 名前を呼べば、愛しさが込み上げてきて、知らず知らず涙が零れた。 あと何回、彼の名前を呼べるだろう。 …こんな風に抱き締められるだろう。 その問いに対する答えなんてなくて。 ―ただ、今だけは。 今この瞬間だけは忘れたくないから。 回した腕に、ぎゅっと力を込めた。 end. ホントは裏に行く予定をムリヤリ軌道修正してみました(笑) ステラさん、お酒飲んでますけど私の中では、16、17歳くらいかなと思ってます。 |