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loving step




気付かない内に成長していくこの想いは、心の中で暴れては、

わたしの胸を急かしていく。













すぅと大きく息を吸い込んで、手にした剣をぎゅっと握り締める。

目の前には斧を軽く振っている対戦相手─ボーレの姿。手合わせをするのは初めてではないけれど、滅多にない機会であることには違いなくて。

どくんと重く鳴る鼓動が耳に響いて、神経が昂ぶっていくのが分かった。

「こうやってやるのは久しぶりだよな、ワユ」

「そうだね。いつもは大将とばっかりやってるから」

小さく笑ってそう返すと、すっと剣を構えてボーレを見据える。
そんなあたしに応えるように、ボーレの顔も真剣なものへと変わっていった。

「…じゃ、始めるか」

「うん。用意…始めっ!」

言うと同時に地面を強く蹴って駆け出す。そのままの勢いで剣を横に凪ぐが、あっさりと受けとめられ、カンと乾いた金属音が響いた。

「まだまだっ!」

掛け声とともにもう一度剣を振り下ろすが、またもや弾かれ金属音が耳に響く。

もう一度と、剣を軽く握り直したところで、防戦していたボーレが素早く斧を振り下ろしてきて。

咄嗟に後ろに飛んで、その一撃を避ける。

「はっ、やるな!」

「ボーレこそ!」

振り下ろした先の地面に深い跡が残っているのが見えて、背筋を冷たい汗が流れていく。
まともに受けとめていたら、手にした剣ごと弾かれていたに違いない。

大将との訓練にはない重い重い一撃に、胸が高鳴って。

自然と笑みが零れるのが分かった。







──最初から見ていた訳じゃない。
だから、どんな話をしてたかとか知ってる訳じゃない……けど。

「……楽しそう」

思わず零れていた言葉に、嫌気がさして溜息が零れた。
もやもやした気持ちは溜息を零しても消せはしなくて、瞳を伏せた。

──明日は訓練をするんだって楽しそうにボーレが話していたから。気になって来てみれば、確かに昨日聞いた通り、実戦じみた訓練をしていた。


…ただ、それだけ。

それだけのはずなのに。


伏せていた瞳を開き、もう一度二人の様子を伺う。
少し離れた場所にいるわたしの事には気付く様子もなく、ボーレは酷く楽しげに刃を交えていた。

「…ボーレ…」

お兄ちゃんとの訓練の時よりも楽しそうに見えるのは気のせい?

ワユとの方が楽しいの?

──それとも……ワユ「だから」そんなに楽しそうなの?


胸の中に次々と浮かんでくる疑問が、暗い気持ちが嫌で。

その感情から逃れるように、その場を後にした。






「ミストちゃん?」

ふらふらと行くあてもなく歩いていたわたしに酷く遠慮がちに声が掛けられる。

ぱっと俯いていた顔を上げれば、心配そうにわたしを見つめる穏やかな橙色の瞳にぶつかった。

「…キルロイさん」

「どうしたの?何だか元気ないみたいだけど…」

何かあったの、と優しく問い掛けられて。
押し込めようとしていた暗く重い感情が込み上げてくるのが分かった。

「あの、ね─…」

遠慮がちに、込み上げてくる想いを言葉に乗せれば。後は止まることはなくあふれ出ていった。






込み上げてきた感情をひたすら吐き出すように言葉を紡いで。

それを否定する訳でもなく、ただ受けとめてくれるキルロイさんの優しい声が嬉しかった。

一通り話し終えて、改めて自分の抱いた感情に溜息を零したくなる。
そんな想いで、黙って俯いてしまったわたしの頭をそっと優しい手が撫でていく。そのあたたかさに促されて顔を上げると、ふわりと優しく微笑むキルロイさんと目があった。

「…ミストちゃんが思ったことは悪いことなんかじゃないよ」

「でも……わたし…」

「それだけボーレの事を大事に想ってるってことだよ。…ボーレのこと、特別でしょ?」

優しい言葉はわたしの中に真っ直ぐ落ちてきて。
普段なら気恥ずかしさで肯定なんて出来ないのに。
気付けば、酷く素直に頷いていた。

「特別だから、そんな気持ちになったりするんだよ。だから、ミストちゃんの感じた気持ちは普通のことだよ」

「…キルロイさんもそう思う時、ある?」

不意に湧いた疑問を口に出すと、明らかに動揺したようにキルロイさんは口籠もって。
そして、少しだけ顔を赤くして呟くように言った。

「…そう、だね。時々…だけど」

「そっか。…ワユ、可愛いもんね」

「へっ?いや、そのっ!」

何気なく言った言葉に、キルロイさんは顔を真っ赤にして口籠もって。それが可笑しくて、笑みが零れる。

「と、とにかく!…ちゃんとボーレと話してきたら?」

「…うん、そうだね」

こくんと素直に頷いて、すっと息を吸い込む。
いつまでもこんなもやもやした気持ちを抱いてるのは嫌だし、わたしらしくない。

頑張ってと優しく微笑んでくれてるキルロイさんに微笑み返して。

強く、強く一歩を踏み出した。






行ってきます、と去っていったミストちゃんの後ろ姿を見送って、そっと手を組む。

きっとあの二人なら大丈夫。上手くいくはずだから、どうか加護がありますようにと、女神に小さく祈りを捧げた。

「あ、いたいた!キルロイさーん!」

上機嫌な聞き慣れた声に振り向けば、身体に無数の傷を負ったワユさんの姿が見えて、思わず固まってしまう。

くらりとする頭を押さえながら、傷の様子を確認する。血は滲んでいるものの浅いものが多く、深い傷はないようだ。

「訓練、もう終わったの?」

「うんっ!いやー、ボーレって一撃一撃が重くてさ、避けきれないのも結構あったんだよね」

嬉々として語る姿はまるで子どもみたいで、微笑ましく思うと同時に、訓練がどれだけ楽しいかを見せ付けられたみたいで、ぎゅっと胸が苦しくなる。

…自分では、訓練相手になんてなれないのは分かっているけれど、悔しさが心にじわりと広がった。

「…傷、治すね」

沸き上がる暗い気持ちを振り払うように、杖の先へと意識を集中させる。

──ミストちゃんにはああ言ったくせに。
同じ気持ちを抱いた自分を肯定する事は出来なくて。

自分の未熟さを身に染みて感じて、小さく溜息を零した。

それきり、二人の間にしんと静かな空気が流れて。何か喋った方が良いだろうかと俯いていた顔を上げたところで、翡翠色の嬉しさを湛えた瞳にぶつかった。

「…ワユさん?」

どうかした、と首を傾げるとふわりと微笑まれ、どきりと胸が高鳴る。

「あたし、幸せだなって思ってさ」

「訓練が楽しかったから?」

「それもあるけど…。こうやってキルロイさんに話を聞いてもらえるのがうれしいんだ」

予想しなかった言葉にきょとんとした僕に、ワユさんは酷く幸せそうに笑った。

「キルロイさん、いつも笑って聞いてくれるでしょ?それがすごくうれしくって」

いつもありがとうって、無邪気に笑う顔に、暗い気持ちがふっと消えていくのが分かった。


ワユさんの訓練相手になれる力は僕にはないけれど。

訓練相手になれなくても、君をそんな風に笑顔に出来るなら。


それだけで、僕も幸せになれるんだ。


「…ありがとう、ワユさん」

「えっ?何か言った?」

「何でもないよ」


きょとんとしたワユさんにふわりと微笑んで。
見た目よりもずっと華奢なその身体をそっと抱き締めた。







キルロイさんに見送られて、次第に早足になっていくのを感じながら、元来た道を戻っていく。

早く話がしたいって逸る気持ちに急かされるままに足を進めて行くと、見慣れた後ろ姿を見つけて。考えるよりも先に名前を呼んでいた。

「ボーレ!」

呼び掛けると同時に駆け寄ったわたしに、ボーレは驚いたように振り返った。

「ミスト!お前こんなとこで何やってんだ?」

花でも摘みに来たのかって不思議そうに尋ねてくるボーレに黙って首を横に振る。
この気持ちを、ちゃんとボーレに伝えようって、すっと息を吸い込んだわたしの目に、無数の傷が飛び込んできて。

思わずまじまじとボーレの姿を見つめた。

「ボーレ…傷だらけ」

「ん?あぁ、ほら。ワユとの訓練でちょっとな」

カラカラと大したことなさそうに笑うボーレに呆れよりも怒りが込み上げてきて。
何かあった時の為に、と持ってきていた杖でぽかりと頭を叩いた。

「痛っ!お、おいミスト、杖はそういう使い方するんじゃ──」

「ボーレの馬鹿!どんな小さな傷でもちゃんと治さなきゃダメなんだから!」

少しの油断が大きなことにも繋がるんだって、お父さんがよく言っていたのを思い出して。

どんな小さな傷だって、最悪の結果を招くかもしれないんだって不安で、ぎゅっと胸が苦しくなる。

「…治すから、じっとしてて」

小さくそうとだけ告げるとボーレも素直に頷いて。
魔力を込めた杖の先から、柔らかな光が零れてくる。

「…あの、さ。ミスト」

「…何?」

わたし怒ってるんだからって雰囲気を前面に押し出して答えたわたしに、ボーレは少し口籠もって。

そして、真っ直ぐにわたしを見つめた。

「これからは、ちゃんと怪我したらお前に治してもらうからさ」

だから怒るなよって、困ったように笑うボーレに、少しだけ心が柔かくなっていく。
怒っていた雰囲気がなくなったのを感じたのか、ボーレはそっとわたしの頭を撫でた。

「お前には笑ってて欲しいからさ。…無茶はしねぇよ」

そう真っ直ぐな瞳で笑うボーレに、もやもやした気持ちは嘘みたいになくなって。
どきん、と胸が大きく鼓動を刻んだ。



──言いたいこと、たくさんあったはずなのに。

顔を見て、話していたら忘れてしまっていた。


これからも同じように、他の女の子と仲良くしてたら、もやもやした気持ちになるかもしれない。

──…でも。
ボーレの傷を治すのは、わたしだけの特権で。

あなたが、笑ってて欲しいって言ってくれるなら。

きっと、わたしはもやもやしたこの気持ちに押し潰されたりしないんだ。

「…ありがと、ボーレ」

「?何か言ったか?」

きょとんと首を傾げたボーレに、めいっぱい笑ってみせた。

「何でもないよ!」

あなたの「特別」でいたいから、わたしはずっと笑っていよう。

そうそっと心に誓って。
傷の癒えた頬に口付けて、ふわりと笑ってみせた。



end.



1ページにまとめたら、視点がころころ移動するんですごく分かりにくくなったかも知れないですね;;反省orz
力不足で上手くまとめきれてないですが、キルワユとボレミの可愛さが伝われば良いなぁと思います。