Bouvardiaどうして。…どうして。 失ってからしか、たいせつなものに気が付けないんだろう? 頬を打つ雨音が痛いくらい冷たい。 そのことに気づいたのは、雨に打たれて随分経ってからだった。 すっかり濡れてしまった服は随分と重く。 もうすでに防寒の役割を果たすどころか、雨避けにさえなっていない状態だった。 「寒い…」 吐き出した言葉は白い吐息とともに宙に消える。 いつもなら……いつもだったら。 ずっと隣にいてくれて、時にはケンカして、でも肝心な時は傍で励ましてくれた─…そうやって、ずっとずっと一緒にいてくれたあの人が、きっと『中に入れ』って声をかけてくれるのに。 「……どこ、行っちゃったの…?」 ぽつりと呟いた言葉は頬を流れ落ちる雨と一緒に地面を打つ。 どこにも、いない。 わたしの手を引いてくれるあの人は、今はもうどこにもいないのだ。 「ボーレ…」 名前を、呼んでみたらひどく悲しくて。 辛くて、辛くて。息が止まりそうだった。 「ボーレぇ…!」 耐え切れなくて。名前を呼んで、曇天に手を伸ばす。 涙は次から次へと溢れてきて。 雨か、涙か分からない雫がわたしの頬を濡らしていく。 どうして…。どうして? たいせつな人だった。 ケンカばっかりしてたけど、本当は大好きだった。 もっとたくさん話したかった。 もっとたくさん料理を作ってあげたかった。 もっと、たくさん……。 「…足りないよ…。ぜんぜん、足りないよ…っ!」 好きって伝えてない。 あなたの顔も、声も。 全然足りないよ。もっともっと、たくさん聞きたかった。 もっともっとたくさん、ふれていたかったよ。 「ボーレ…っ!!」 でも、泣いても叫んでも。 会いたいと望んだあの人は、現れなくて。 冷たい、全てを凍らせるような雨だけが、わたしの傍から離れなかった。 「…い、おい!ミスト!」 「ん…?」 突如聞こえてきた声と揺さぶられた感覚で、目を開ける。 寝起きのせいか、ぼんやりと霞んだ視界には、ひどく慌てた顔の恋人の顔があった。 「ぼーれ……?」 ろれつの回らない舌で名前を呼ぶと、ほっとしたように息をつく。 頭上に思い切り疑問符を浮かべていたわたしに、安心したようにボーレは笑った。 「良かった…。お前、全然起きてこねぇし。様子見に来たら、泣いてるしよ」 「泣いてる…?」 誰が、と言いかけて頬に伝う冷たい雫に気づく。 慌てて頬を拭くと、涙が手のひら全体を濡らしていった。 「え…?あれ?」 「…ミスト」 ギシ、とベッドが軋む音と共に、体があたたかさに包まれる。 強いくらい抱きしめられた腕がちょっとだけ苦しかったけれど。 それ以上に、ひどくあたたかくて。 わたしはそっと、瞳を閉じた。 「…俺がついてるから。だから、何も怖いことなんてないからな」 耳元でそう囁く声は、いつもの乱暴な声じゃなくて。 やさしい、やさしい声だった。 その声に少しだけ頷いて、行き先を失っていた手のひらをそっと背中へと回す。 泣いていた理由は、全然思い出せなかったけれど。 でも、わたしを抱きしめてくれている腕がすごくあたたかくて。 そのあたたかさが、ひどく嬉しくて。 ─…幸せだって、不意にそう強く思った。 だから──… 「…ボーレ」 「ん?どうした?」 「だいすき」 ──…普段なら、そう簡単には言えない言葉が口をついて出たのは、きっとそのせい。 end 花言葉と全然違うやないけと言われそうな一品。 どちらかというと、「幸福な愛」の方をイメージしました。 幸福って言葉がボレミっぽいと思うのですが、私だけか?(笑) 【Bouvardia】 花言葉→幸福な愛、夢 |