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ゆきあかり




 何処からか吹きこんできた風の音とその冷たさに、眠っていた意識が目覚める。未だ覚醒しきらない頭で、突如感じた寒さの原因を探ろうと身体を起こすと、天幕の入り口が僅かに開いているのが見えた。
デインに到着してからというもの、日に日に寒さが厳しくなっている。体調を崩さないためにも、身体を冷やさないように、寝る前にきちんと閉めていたはずだが、記憶違いだっただろうか。
そんな事を思いながら、開いた入り口を閉めようと、床から起き上がる。そして、入り口近くまで来た所で、ふと開いた隙間から天幕の中へと流れ込んでくる光が明るいことに気付く。
昼間のよう、とまではいかないが、夜にしては随分と明るい。それに、月明かりとも違う明るさだ。これは何の明るさなのだろうかと入り口から僅かに顔をのぞかせて、外の様子を探る。木々の隙間から見上げた空は薄く雲に覆われているようで、月の姿は朧げだ。けれど、その朧月の光を受けて、辺り一面に積もった雪は淡く輝いている。ほのかに真白に光る世界は美しい。思わずその光景に吸い寄せられるように、床の近くに置いていたマントを身につけると、そのまま外へと足を進めた。







 天幕の外に出て見渡した世界は寝る前とは随分違っていた。寝る前は、雪がちらついているだけで、一面銀世界というには遠かったというのに。
寝ている間の僅かな時間で、世界はすっかり一面の銀世界へと変化を遂げていた。故郷であるクリミアではあまり見ないその光景に、思わず瞳が奪われる。
ゆっくりと深く息を吸い込むと、冬を告げる氷のように冷たい空気が肺に刺さる。その痛みにも似た冷たさに、神経が研ぎ澄まされていくような気がした。


「アイク様…?」


 不意に背後から掛けられた声に振り向けば、不思議そうにこちらを見つめるエリンシアと視線が合う。厚手のストールを肩に羽織り、ゆったりとしたローブに身を包んだエリンシアは、見るからに寝所から出てきたといった様子で、何か外に用事があるというようには見えなかった。


「どうした?水でも飲みに来たのか?」


 そう尋ねた俺に、エリンシアはふるふると首を横に振った。エリンシアのその仕草に合わせて、下ろしている柔らかそうな髪の先が、ゆるやかに揺れる。


「雪明かりが綺麗だったものですから」


 そう言ってエリンシアはゆっくりと辺りを見回す。蛍の光にも似た淡い光に包まれた世界の中、穏やかに笑みを浮かべるエリンシアに思わず呼吸を忘れる。そんな俺の様子に気付くことなく、エリンシアは軽く首を傾げた。


「アイク様は、どうされたのですか?」


エリンシアの問いかけに、「俺も同じだ」と言葉を返そうとした瞬間、辺りに強い風が吹き込んでくる。全身に吹きつける冷たさに、思わず眉を顰める。俺の目の前に立つエリンシアはその風から己の身を守るように、ぎゅっとストールの端を掴む。そうして自身の身体を抱くようにしていたが、それでも随分寒そうだ。そんなエリンシアの姿を見た瞬間、考えるよりも先にエリンシアの腕を掴み、自分の胸元へと引き寄せていた。


「え…っ?」


 抱きよせる瞬間、驚いた様子のエリンシアの顔が見えたような気がするが、胸元に引き寄せてしまったために、どんな表情をしているのか窺いしることは出来ない。
エリンシアがどう思ったのか気にはなったが、それよりも今は、この風を防ぐ方が先決だ。そう考え、未だ強く吹き付けてくる風からエリンシアを守るように、ぎゅっと抱き寄せた腕に力を込める。
 抱き合って触れあったエリンシアの身体は驚くほど柔らかい。自分とは違う、華奢な身体。決して強くはないこの身体で、エリンシアはずっとこの過酷な戦いを歩んできたのだ。
そう思うと、腕の中のぬくもりが酷く大事な宝物のように思えた。


「…アイク様」


 ぽつり、と名前を呼ばれた気がして、目線を僅かに下におろせば、エリンシアの大きな瞳とぶつかる。僅かに潤んだエリンシアの瞳に自分が映るのが分かり、目が離せなくなる。何かを訴えかけるような、その瞳の奥にある言葉を探ろうと自然と顔を近づけた所で、再び強い風が吹きつけてくる。


「っ」


 小さく息を飲むと同時に、吹き付けてくる寒さにぎゅっと身体を強張らせる。反射的に腕の中にいるエリンシアを思いきり抱きしめてしまいそうになったが、寸での所で止める。そんな俺に反して、なすがままになっていたエリンシアの腕が俺の腰にまわり、逆にぎゅっと抱きしめられた。


「エリンシア…」


思わず声が漏れると同時に、吹きつけていた風は緩やかなものへと変わる。その風が止むと共に静寂が訪れた。
先ほどまであれほど強く吹き付けていた風はもう、ない。こうして触れあう理由も、もうない。
それは分かっているのに、先ほどよりも強く触れあった身体から伝わるあたたかさとやわらかさに、その思考は霧散する。


 もう少しだけ、このままで。


 そう願って少しだけ腕に力を込めると、俺の腰に回されたままのエリンシアの腕にもまた、僅かに力がこもる。それはまるで、エリンシアも自分と同じ気持ちでいるのだと伝えているようで、胸の中に言いようのない愛しさが溢れた。


 これから先、デインとの戦いはより苛烈なものへと変わっていくだろう。その中で、命を落とすこともあるかもしれない。けれど、この腕の中にある宝物のようなぬくもりだけは、必ず守ってみせよう。


 そう決意した気持ちを閉じ込めるように、固く瞳を閉じた。




end.



キスしたりしててもときめくのですが、アイエリは抱き合ってるのが一番きゅんとします。
(2013/01/07)