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強がりの誓い




今度こそ生きて戻れないのかもしれない。
そう、実感した瞬間に手が震えた。皆も緊張した面持ちでいる中、普段と変わらない君が酷く頼もしくて。
…私は自分の弱さを恥じたんだ。







ぱちり、と火の爆ぜる音が断続的に耳に響く。明日は女神アスタルテのいる導きの塔へと突入する。遂にここまで来た、という実感と共に胸に浮かんできたのは言いようのない不安だった。負ける訳にはいかない戦いだ。生きて帰れる保証も勿論ない。
だが、ここまで来てそんな風に不安がるなんて情けない、と自嘲気味に笑みを零すと、火の爆ぜる音に紛れて聞き慣れた靴音がした。

「兄さん…?」

「ヨファ?」

振り返った先の視界に映る末弟の姿に驚く。もうとっくに寝ていると思っていたが、ヨファの手にはしっかりと弓が握られており、今まで寝ていたという様子ではなかった。
何か敵襲でもあったのかと身構えかけた所で、ヨファは静かに私の方へと歩み寄ると隣をそっと指さした。

「ね、兄さん。隣座っても良い?」

気遣うようにそっと問い掛けられた言葉に笑顔で頷き、座りやすいように場所を空けてやると、ヨファは小さくありがとうと言って、私の隣に腰を下ろした。その手にはしっかりと弓が握られていて、それは大事な戦いの時にいつも持っている弓で、それは確かシノンから貰ったという弓だ。その弓の端にしっかりと黒いリボンが巻かれているのに気付いて、炎をじっと見つめたままのヨファに静かに話し掛けた。

「弓に付いてるのは、お守りかい?」

「うん。お守り。シノンさんから貰ったんだ」

にこりと笑ったヨファの表情は明るい。大事そうに弓をぎゅっと握り締めるヨファに笑顔を返すと、ヨファは微笑んだままで静かに話し始めた。

「…あの、ね。今までシノンさんに会ってたんだ」

「シノンに?」

「うん。弓の調子、見てもらおうと思って」

明日は大事な戦いだから、と言うヨファの瞳は戦い始めた頃よりもずっと傭兵らしい。これもシノンのお陰だろうかとぼんやりと考えていると、ヨファは独り言のようにぽつりぽつりと言葉を漏らした。

「…不思議だね」

「何がだい?」

「明日の事考えるとすごく怖くて不安だったのに、シノンさんと話してたら絶対大丈夫だって思えたんだ。…明日は勝って、皆で砦に帰るんだって…そう思えた」

話しただけなのに、と笑いながら言うヨファの表情はどこか晴れやかだ。シノンと話をした事で気持ちが落ち着いたのだろう。不安を持て余している自分より余程ヨファの方が落ち着いている。それが嬉しくもあり、情けなくもあって苦笑を漏らすと、ヨファは浮かべていた笑みを消して、真っ直ぐに私を見つめた。

「兄さんは、ケビンさんに会いに行かないの?」

「!」

ヨファの口から発せられた名前にびくりと身体が強張る。まさか聞かれるとは思ってもいなかった問い掛けにどう答えて良いものか考えていると、ヨファは真っ直ぐに私を見つめたままで言葉を続けた。

「少し話するだけでも、元気出るよ。…それにね、ケビンさんも兄さんに会いたいと思う」

「…そうかな」

ヨファの真っ直ぐな視線に曖昧に笑って返すと、ヨファは相変わらず真っ直ぐな瞳を私に向けたままで、こくりと首を縦に振った。

「絶対会いたいに決まってるよ。兄さんだって、会いたいでしょ?」

向けられた真っ直ぐな問いに少し迷いつつも小さく頷く。普段と変わらずにいたケビンと比べて、不安がっている自分が酷く情けなく思えて逃げるように天幕を後にしてしまったが、話をしておきたかった気持ちは事実だ。

…もし、明日が最期になるかもしれないなら、尚更話をしておきたかった。

自分の胸にある感情に従うようにすっと立ち上がると、座ったままのヨファの頭を軽く撫でた。

「…ありがとう。行ってくるよ」

「いってらっしゃい!」

笑顔のヨファに見送られて、ケビンのいる天幕へと歩いて行く。天幕を出た時よりも足取りは軽かった。




天幕の中のランプは消えてしまっているようで、辺りは暗い。もう遅い時間だ。ケビンも寝てしまっただろうかと火の側に戻ろうとした所で、暗闇から声が響いた。

「オスカー…?」

「ケビン」

暗闇の向こうから見慣れた顔がこちらへと歩み寄ってくる。月夜に照らされて淡く浮かんだ姿は普段の彼とは違い、落ち着いた印象があった。

「貴様。天幕を出て何処に行っていたのだ。休息を充分に取るのも重要な事だぞ」

きっぱりとした口調で告げられたその言葉にくすりと笑みが零れる。どこまでも普段と変わらないケビンに、心が少しづつ落ち着いていくようだった。

「寝付けなくて、少し歩いていたんだ。悪いね」

素直に謝ってみせた私にケビンは少し意外そうな顔をしたが、すぐに納得したように重々しく頷いてみせた。

「…そうか。明日は重要な戦いだからな」

落ち着かないのも仕方ないと付け足して、ケビンは私をじっと見つめた。その真っ直ぐな視線を受け止めると、ケビンの顔が急に近くなる。突然の事に驚いている私を他所に、ケビンはしっかりと私を抱き締めると耳元で小さく呟いた。

「…俺は騎士だ。俺には民を守る使命がある。お前も、お前の家族も守るべき民だ。…だから、絶対に守ってみせる」

力強い言葉とは裏腹に背中に回された手が僅かに震えている事に気付く。普段と変わらないと思っていたけれど、ケビンはケビンなりに騎士としての使命を課す事で、強くあろうとしたんだろう。
そんなケビンの本心に触れた気がして、不安なのは自分もだと言うようにそっとケビンの背に手を回す。そして、そのまま背中をぽんと軽く叩いて、同じようにケビンの耳元でそっと囁いた。

「…ありがとう。私は君のように、全てを守る事は出来ない。だから、私は私の大事なものを守る。私の家族と…そして君を」

「!」

私の言葉にびくりとケビンの身体が強張るのが分かる。咄嗟に身体を離そうとしたケビンを追いかけるように強く抱き締めると、密着した身体から早鐘を打つケビンの鼓動が伝わってきた。

「…君は死なせない。絶対に、ね」

自分に言い聞かせるように呟くと、次第に心が落ち着いていくのが分かった。そんな私の言葉に応えるように、ケビンは殊更明るい声を出した。

「お前を死なせはせん。まだ決着がついていないからな」

いつものようなやり取りにお互いに小さく笑い合う。不安だった心はすっかり晴れやかになっていた。

「…絶対に生きて帰るぞ」

「…あぁ」

そう言って、力強く笑ったケビンに微笑み返してしっかりと頷いた。

絶対だなんて確証はないけれど、君と交わす約束なら、その「絶対」を信じられるんだ。

…だから、誓おう。
絶対に生き残る、と。

……絶対に、君を守ってみせると。



end.




リクエスト頂いたオスケビでした。
めちゃくちゃお待たせしてしまってすいません…!
この二人でプロポーズなら、お互いが「お前を守ってやる」だったら良いなぁといういつもの妄想でした。甘々なお題を頂けたのに、何だかビターですいませ…!リクエスト&お付き合い、ありがとうございました!



2011.6.28