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貴方に捧ぐ言葉




廊下の向こう側に見た光景に、一瞬息が止まる。そこにいたのは、自分にとって主君にあたるリンディス様と、そのリンディス様の想い人であるヘクトル様のお姿。そのお二人がこっそりと口付けを交わしていた。
それだけなら特に何とも思わなかっただろう。お互い口では憎まれ口を叩いているものの、本心は違うこと位見ていれば分かる。だから、二人が口付けを交わしているだけなら、驚きではない。けれど、瞳に映った世界にいたのは二人だけではなかった。それを呆然と見つめる、見慣れた背中。その背中は二人の姿に一瞬びくりと身体を強張らせると、すぐに背を返し、自室へと消えていった。その背中を見ただけでも分かる。きっとあいつは今、辛いのをこらえるように唇を噛み締めているんだろう。それを思うだけで、胸がぎゅっと締め付けられるように痛むのが分かった。その背中を見送ると手にした酒瓶をちらりと見、これを自室に置いておこうか迷ったけれど、そのまま見慣れた背中を追いかけて、止まっていた足を動かし始めた。






重そうな木の扉を前に、すっと小さく息を吸い込む。今、あいつはどんな顔をしているだろう。そう考えて、一瞬一人にさせてやろうかとも考えたけれど、辛いことほど口に出そうとしないあいつの事だ。辛いなら、尚更一人にしておくべきじゃないと自分に言い聞かせると、軽くノックをした。
コンコンと静かな廊下に転がる軽やかなノック音の後に、小さく部屋の中から声が返ってくる。その声にいつも通りに扉を開けると、殊更明るい声で部屋の主に挨拶を交わした。

「よっ、相棒。ちょっと邪魔するぜ」

「…!セイン」

驚いたように俺を見つめる相棒―ケントの表情はいつもより僅かに暗い。やっぱりな、と口に出さずに呟くと、気付いていないフリを決め込んで、部屋の隅に置かれた小さなテーブル席へと腰を下ろす。そのまま手にしていた酒瓶を置くと、勝手知ったる場所と言わんばかりに、お気に入りのグラスを棚から二つ取り出した。

「お前も飲むだろ?」

「いや…」

遠慮しておく、と言いたそうな雰囲気だったが気にせずに、グラスになみなみとワインを注いでケントの方へ目線を送る。こうでもしなければ自分から進んで呑もうとしないのは、多分俺が一番よく知っている。いつもなら、ケントは一杯だけ付き合うとしっかり釘を刺してから、俺の向かいの席に座るのだけれど、今日は何も言わずに俺の向かいの席に着くとぼんやりとグラスを眺めた。

「呑まないのか?」

そう問いかけながらグラスを傾けた俺を見つめながらケントは少しだけ視線を彷徨わせると、少しだけと消え入りそうな声で呟いてグラスに口を付けた。間近で見るケントの顔は、やはりいつもよりも精彩を欠いていて、見ていて痛々しい位だ。分かりやすいその様子に、自分の胸も痛むような錯覚を覚えて、苦笑を漏らす。

フラれたのは俺じゃないってのに。

そんな事を思いながら、目の前のケントをじっと見つめて、ぼんやりと思考を巡らせる。このまま何も知らないフリをして、ただ寄り添ってやれば、きっと良い仲間を持ったとケントは思ってくれるのだろう。…けれど、良い仲間で終わる気はない。だからこそ、今ここにいるのだ。そう思い直して、何気ないことを話すように口を開いた。

「…何で泣いてるんだ?」

「え?」

俺の言葉にびくりと身体を強張らせるケントを視界の端に捕らえながら、ケントの疑問に答えるように言葉を続ける。

「お前は自分を愛してくれない人を失っただけだ。泣きたいのは寧ろ向こうだろう。自分を確実に愛してくれる人を、一人失ったんだから」

「…?何を…」

「…ってさ。昔フラれて落ち込んでた時に、町の神父さんにそう諭されたんだよな」

へらりと笑ってそう言うと、ケントはきょとんとした顔から一転して、成程と納得したように小さく笑った。その笑顔ににっこりと笑い返すと、ケントの瞳をじっと見つめた。綺麗な赤の瞳はアルコールの所為か、僅かに潤んでいて、どきりと胸が痛む。

「だからさ、お前も落ち込むなよ。お前を想ってる奴は、他にいるんだからさ」

真剣な眼差しでそう告げた言葉に、ケントの表情が硬いものになる。どうして、何で、という言葉を紡ぎそうな唇をそっと自分のそれで塞ぐ。重ねられた唇から僅かにアルコールの香りがして、くらりと頭を揺らした。
ゆっくりと唇を離せば、ケントは目を丸くして俺を見ている。何が起こったのか分かりかねているのだろう。必死に言葉を探そうとする姿に、ふっと笑みを零した。

「なぁ、気付いてるだろう?お前を想ってる相手が目の前にいるって」

その言葉に、かっとケントの顔が朱に染まる。真っ赤に染まった頬をそっと撫でると、ケントはびくりと身体を強張らせた。そんなケントの腕を掴むと、テーブル越しに引き寄せる。大きな抵抗もなく、倒れこんでくる身体を抱き締めると、耳元でそっと囁いた。

「好きだ」


―…なぁ、だからさ。早く俺のものになってくれ。
お前を愛する自信があるから。お前の想いを俺にくれないか。


身体を僅かに離して、ケントの顔を見れば、真っ赤に顔を染めた潤んだ瞳とぶつかった。そのまま真剣な眼差しを向ければ、震える唇がゆっくりと言葉を紡ぐ。
紡ぎ終わって、殊更真っ赤に染まった頬を隠すように俯いたケントに、小さく笑みを零した。



end.







リクエスト頂いたセイケンでした。実は緑赤騎士にハマるきっかけになった二人なので、感慨深かったり。
何かシリアスになってしまってすいません…!作中の言葉はアインシュタインの言葉から。数学者すごい…!
リクエスト&お付き合いありがとうございました!



2011.4.13