ココロ・キセキ小さな身体。 澄んだ瞳で真っすぐに僕を見つめる彼女は、小人というよりも昔絵本で見た妖精のようだと思った。 アリエッティがこの家を去って一日。 家はやけに静かに思えて、昨日の騒ぎが嘘のようだった。 別れ際、彼女がぽろぽろと流した涙の感覚がまだ指に残っているような気がして、じっと指先を見つめる。 彼女──アリエッティが流した涙は酷くあったかくて、綺麗で。あんなに綺麗に泣く人を他に僕は知らなかった。 元気で、と祈るように言った言葉を思い出して、そっと心臓に手を当てるとわずかにどくんどくんと脈を打っているのが分かる。 ─…明日は手術の日だ。 難しい手術で成功するかは五分五分だと聞いていた。 でも、きっと大丈夫。 僕は死なない。だって、この心臓にアリエッティが生きる希望を、勇気をくれたから。 そう心の中で呟いて、そっとアリエッティが残していった小さな洗濯バサミを握り締める。 ふわりと花の残り香のするそれは、どんなお守りよりも神聖で、僕を守ってくれるような気がした。 「アリエッティ…」 ぎゅっとそれを握り締めて、窓の外を見つめる。 もう引っ越し先に着いたところだろうか。そこで、ゆっくりと暮らせたら良いのだけれど。 そんなことをぼんやりと考えていた僕の耳に、コンコンと静かなノックの音が響く。 はい、と静かに返事を返すと、ゆっくりと気遣うように扉が開いて、そこにはふわりと優しく微笑む祖母が立っていた。 「ごめんなさいね、休んでいる所に」 申し訳なさそうにそう言った祖母に首を横に振ると、手に持ったままだったアリエッティの洗濯バサミをそっと枕の下に忍ばせる。 何の用かと聞こうとベッドから起き上がろうとした僕を遮るように祖母がベッドの傍まで歩み寄ってきて、やさしく─…そして慈しむように僕をじっと見つめた。 「…いよいよ明日ね」 「はい。…一週間、お世話になりました」 本当に色々なことがあったと振り返る。思えば彼女に会ったのもここに来てすぐのことだった。 草むらに潜む小さな人。 僕に─…こんな僕に、守ってくれてありがとうと、お礼をいってくれた人。 真っ直ぐな強い眼差しで、花のように笑う人。 ─…アリエッティ。 綺麗な響きを持つその名前を心の中で呟くと、どくんと心臓が強く高鳴った。 それはまるで彼女が僕を励ましてくれているようで、不安も絶望も全て消し去ってくれるようだ。 「…それでね。何か餞別にあげたいのだけれど、欲しいものはあるかしら?」 ぼんやりとここに来てからの事を思い返していた僕の耳にそんな言葉が聞こえてきて、ぱっと顔を上げる。 その視線の先にはあのドールハウスがあって、考えるよりも先に、言葉が唇から零れていた。 「じゃあ…あのドールハウスを貰っても良いですか?」 祖母は一瞬きょとんとした顔をして、けれどすぐにふんわりと笑ってくれた。 「えぇ。あれは貴方のものだから」 好きにして良いのよと微笑む祖母に、ありがとうございますとお礼を言うと、枕の下に忍ばせた洗濯バサミにそっと触れた。 ねぇ、アリエッティ。 きっと手術は成功して、僕は元気になってみせるから。 いつか、君とまた話したいんだ。 そして、出来るなら─…。 この家を──…お祖父さんが残した想いの詰まったこの家を君にあげたい。 それは夢のような話かもしれないけれど、きっと叶う。そう信じてるから。 何処にいるかは分からない─…けれど、大事な僕の心臓の一部の名前を小さく呟いて、青く晴れた空を見つめた。 end. アリエッティを見て、衝動で書いたもの。 アリエッティ可愛すぎる…!!私的にはポニテしてない方が好みです←← 2010.8.22 |