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crazy moon




その指に、その頬に。
触れたいと不意に思ったのは月の所為だろうか?










「エリンシア姫」


眠れなくて、ふらふらと神殿内の中庭を歩いていたところで、見知った姿を見つけて呼び掛ける。

俺の声に振り向いた姫の瞳には驚きの色が浮かんでいた。


「アイク様…。どうかされたのですか?」


こんな夜更けに、と問い掛けられ嘆息する。


「それはこちらの台詞だ。明日も会合やらがあるんだろう?休まなくて良いのか?」


「えぇ…。そう思うんですけど、眠れなくて…。つい、月が綺麗だったものですから」


近くで見たくて、と苦笑して空を仰ぐ。それにつられるように、空を見上げると姫の言う通り、欠けることなく満ちた月が優しく夜を照らしていた。


「…確かに綺麗だな」


「えぇ…」


何気なく月から目を離し、隣を見やると、ゆったりと微笑んで月を見つめる姫がいて。
思わずその姿に目が釘付けになる。


「きゃっ」


姫の短い声と共に、瞬間、ぶわと風が吹き、辺りの草花を揺らしていく。
思いの外、強く冷たい風に身体を強ばらせると、隣に立つ姫が身体を抱くようにしているのが見えて、咄嗟に羽織っていたマントを姫の肩に掛けた。


「寒いだろう?このままでは風邪を引く」


「ですが…」


「それは明日返してくれれば良い」


「…ありがとうございます」


僅かに頬を染め、ぎゅっと肩のマントを握り締める姫に笑みを零すと、そっと部屋の中に戻るように促す。
それに対し、こくりと姫は頷くとゆっくりと歩き始めた。


「アイク様、わた──きゃっ」


「エリンシア!!」


何かに蹴躓き、ぐらりと揺らいだ姫の身体を慌てて抱き止める。
抱き止めた身体は小さく、華奢で。
強く抱き締めたら壊れそうに感じた。


「す、すみません、アイク様っ!!」


かぁと顔を朱に染め、必死に謝る姿をぼんやりと見つめる。
月に照らされたその姿は綺麗で、俺を見つめる大きな鳶色の瞳に月の光が宿る。


「…アイク様…?」


ずっと抱き止めたままだったのを忘れて、見入っていた俺の耳に、遠慮がちに問い掛ける姫の声が届く。


はっと我に返り、そっと身体を離す。
離れていくやわらかな温もりが酷く名残惜しくて。
その頬に、指に、触れてみたいと不意に強く思った。


「あの…参りましょうか?アイク様」


「あぁ…」


ふと、昔ミストが言っていた言葉が頭を過ってふっと息を吐き出す。


──知ってる?おにいちゃん。月は人を狂わせるんだって。


「…月の所為、か」


「えっ?」


「…何でもない」


こんなに姫に触れたいと願うのは、月に狂わされた所為だろうか?


─その答えを求めるように、月を仰ぎ見ると、月は変わらず優しく。
…そして妖しく、夜の闇を照らしていた。




end.








という訳で、久々にアイエリです。短めにーっと心がけた割に無駄に長くなったような…orz

月は人を狂わせるってよく聞く話ですんません。
アイクは鈍いから、自分の恋心も分かってないと良いよ←失礼