恋文貴方へ綴る、私の気持ち。 嘘も偽りもない──身分も何も関係ない私自身の、素直な気持ちを。 どうか、あの人へ届けて。 真っ白な紙面を見つめて、ふっと小さく溜め息を吐く。幼い頃から使っている羽ペンをインクに浸したり、引き上げたりを繰り返しながら、雲一つない青空を見つめた。 どこまでも続いていくような青はただただ大きく広くて。僅かに開けていた窓から時折吹き込んでくる風が、心地よくてそっと瞳を閉じた。 閉じた瞼に浮かんできたのは、今はもうその姿を見ることさえ出来ない──誰よりも大事で、愛おしいあの人の姿で。 笑った顔、怒った顔、真っすぐな瞳、力強い腕。 ─…そして、あの人から貰ったたくさんの言葉たち。 たくさんの──本当にたくさんの思い出が鮮やかに甦ってきて、不意に泣きそうになったけれど。 ぐっとそれを飲み込むと、使い慣れたペンを手に取った。 不意に名前を呼ばれた気がして、空を見上げる。そこにはただ広く、青い空が広がっているだけで、普段と変わりはなかった。 「空は、どこに行っても変わらないんだな…」 ふと漏らした言葉に、小さく笑う声が聞こえて。 その声のした方に顔を向けると、案内人でもあり同行者でもあるニケが可笑しそうにこちらを見つめていた。 「何だ?緑色の空でも期待していたのか?」 「別に、そういう訳じゃない」 そう言ってふいと視線を空から外すと、今度はニケの隣で身体を休めていたラフィエルが小さく息を飲むのが聞こえた。 「どうかしたのか、ラフィエル?」 「あの小鳥は…」 そう短く呟くと、聞き慣れない言葉を空に向かって放った。 普段よりも大きな、何か呼ぶような声に反応するように空からふわりと白い羽が舞い降りてきて。 その羽に誘われるように空を見上げると、一羽の真白な小鳥がちょうど滑空してくるのが見えた。 「いい子ですね」 優しくいたわるような声に応えるように、小鳥はそっとラフィエルの指に止まると、ピィと小さく鳴いた。 「これは……お前が飼っていたのではなかったか?」 「えぇ…。旅立つ前にリアーネに贈ったのですが…」 「何か足に付いているな」 小鳥の足にそっと結ばれていた紙にふと気付いて。 ぎこちない手付きで、小鳥の足を傷つけないように、そっと小さな紙片を解いていく。 何故だろうか──何かその紙に呼ばれている気がして、解いたその紙を静かに開いた。 「…!」 そこに書かれていた文字は、見慣れた──本当によく見慣れた文字で。 流れるように綺麗で、でもどこかあたたかさを感じさせるその文字は、彼女そのもののようだと思った。 懐かしさを覚えながら、紙片に書かれた文字を一字一字目で追っていく。 小さな紙片には、自分の名と彼女──エリンシアの名前、そしてたった一文だけ添えられていた。 「お前宛てか?」 ずっと無言で文字を追っていた俺に、静かなニケの声が響く。 その声に小さく頷くと、もう一度紙片に書かれた一文を目で追った。 たった一言。 そこに書かれていた言葉に息がつまりそうになる。 別れ際に淋しそうに─…けれど心配させまいと笑ったエリンシアの笑顔を思い出して、ぎゅっと唇を噛み締めた。 「…この子に返事を届けてもらいますか?」 ラフィエルの気遣うような声に顔を上げると、心配そうにこちらを見つめる穏やかな瞳にぶつかった。 その言葉に頷きかねていた俺の目の前に、すっとニケの手が差し出される。 その手の中には光を受けて煌めく蒼い石の付いた指輪が転がっていた。 その指輪をぼんやりと眺めていると、不意にその指輪がころんとニケの手から転がり落ちて。反射的にそれを掴み取ると、ニケがにっと口角を上げてみせた。 「護衛の対価を払ってなかったからな。代わりにそれをやる」 「…護衛も何も…。俺はあんたに案内してもらってる身だ。対価は受け取れない」 手の中にある指輪を返そうとした俺に、ニケは首を横に振ると、酷く穏やかに微笑んだ。 「良いから好意は素直に受け取れ。…その指輪には祝福が授けられている。きっと持ち主を護ってくれるはずだ」 そう告げられた言葉は優しく耳に響いて。その声にありがとう、と短く返すとマントの端を破り、その中に指輪を包むと、小鳥の足にそれをしっかりとくくりつけた。 「…頼む」 「分かりました」 優しく穏やかな笑みを浮かべると、ラフィエルはそっと小鳥を空へと放った。 そのまま青い空に融けていくように消えた白を見送って、手の中に残った紙片をぎゅっと握り締めた。 たった一言の言葉がこんなにも胸を締め付けるのは、エリンシアがどんな想いでこれを書いたのかが痛い程に伝わってくるから。 だから、俺は言葉ではなくあの指輪に想いを込めて。 そして、願おう。 『愛しています』と言ってくれたお前が、どうか幸せであるようにと。 end. 恋文の日、の次の日に書き上げたブツ(笑) ラブレターよりも恋文っていう言い方の方が好き♪雰囲気あっていいですよね! |