テミさまのご趣味

 今日は何だか生徒会室の人数が少ない。会長は不在(理由不明)、マゼンダも科学部の実験で忙しいらしく不在。僕は弓道部なのだが、生徒会室に来ないと会長が弓道場に殺人的な笑顔で乗り込んでくるのでやむを得ず出勤している。会長のいない今日ぐらいは部活に出ても良いんじゃないかと思うが、あの人はどこからともなく現れそうで怖いのだ。
 というわけで、現在生徒会室に居るのは、蜜柑箱の前にあぐらをかいて教科書とにらめっこしている僕と、艶やかな木製のデスクの上に鎮座したパソコンに何やらカタカタと入力しているテミさんだけなのだった。
 ちらりと目線を上げると、液晶画面の陰にふわふわの金髪が見える。絶え間なく続く入力音を考えると、キーボードの上ではテミさんの細い指が踊るように跳ね回っているのだろう。何してるのかな……生徒会室にいるんだから、仕事してるんだろうけど。執行員たる僕は、上の役職から指示を貰わない限り動けない(むしろ動いたら会長に殺される)ので、何もしていないのだが。ああも勤勉に働いている女の子を前にして何もしないって、それ、男として……いやそもそも人間としてどうなんだろう……。ていうかぶっちゃけ、あわよくばテミさんとお話したい。会長に殺されたくないという思いと、罪悪感および下心の間で心が揺れる。しかし悲しいかな、僕は一介の男子学生、思春期真っ盛りの男児なのである。
「あの、テミさん?」
 極力自然体を装って声をかけると、デスクトップの向こうから、テミさんがひょい、と顔を出した。
「はい、何でしょう」
 鈴を転がすような声。ちょっとキョトンとした感じの顔も可愛いし。ってそうじゃない、落ち着け僕、ここでニヤけたら一巻の終わりだ。
「僕、お茶淹れますんで、休憩にしません?」
 そして僕と是非お話を!! しかし、ありがとうございますブルースさんってお優しいんですね、と顔を綻ばせてくれるはずだったテミさんは、ちょっと困ったような顔をしてごめんなさい、と言った。そんなあ……。
「文芸部の締め切りが近くて、ちょっと手が離せないんです」
「あ、そうなんですか。すみません邪魔しちゃって」
「いえ、そんな、声をかけていただいて嬉しいです」
 しかしはにかむテミさんも可愛かったのでよしとする。
 金髪をふわっと揺らして再度パソコンに向かった彼女の指が、また凄い勢いで動き出す。中々切羽詰まっているようだ。文芸部って楽そうな部活だと思ってたんだけど、彼女の様子を見ると結構ハードみたいだな。それにしてもテミさんって、どんなもの書いてるんだろう。文芸部って言ったら、詩とか小説とか……? テミさんは詩のイメージがあるなあ、女の子らしい、可愛いのを書いていそうだ。

『優しい春の風、あの人の髪を引っ張って。
 前だけを真っ直ぐ見ている彼を振り向かせて。
 一度でいいの、好きって言いたいだけだから……』

 とかなんとか書いてたりして。その相手って誰なんだろ、……僕だったらいいのにな。
「ブルースさん?」
「え?! わ! はい何でしょうか?!」
 慌てて前を見るとテミさんがいた。ちょっと首を傾げて、地面に近いところにいる僕のために屈んでくれているその愛らしさは超弩級だ。それにしても、妄想の世界に沈み込んでて応対が遅れるとは……どうしようもないな僕は。しかしテミさんはそんな僕をからかうでもなく、ふわっと笑って口を開いた。
「丁度書き上がったので、お茶にしようかと思ったんですけど、構いませんか?」
 ああ、天使か何かじゃないのかこの人は。他の二人とは大違いだ。何でこんな可愛くて良い人が生徒会にいるんだろう。控えめな申し出に二つ返事で返して、僕は生徒会室の隣に据えてある給湯室へと走った。
 会長用の玉露には触れないように、ワンランク下の茶葉の缶を掴む。ポットから急須にお湯を注いで、既に用意してあるテミさん用の湯飲みと紙コップと一緒にお盆に載せて戻った。(僕の湯飲みは当然のようにない。寂しすぎるので近々買おうと思う。)
 静かな部屋の中では、僕のみかん箱の正面(つまりテミさんの机の隣)に据えてある雑務用のテーブルに、テミさんが茶菓子を用意して待っていた。急須からそれぞれの容器にお茶を注いで、僕も席につく。
「これ、そんなに良いものでもないんですけど、良かったら」
「あっ、はい、ありがとうございます」
 テミさんが差し出すお菓子を受け取って……って、あれ、何かめちゃくちゃドキドキする。いつもの二人がいないだけでこんなに違うんだな。二人でお茶をすするけれど、会話が全く続かない。うわ、どうしよう、緊張してるって思われたら格好悪いな。え、えっと。
「さっきは何を書いてたんですか?」
「え、ああ、部活動のですか?」
「あ、嫌だったら何にも聞かないんで、」
「そんなことないですよ。さっきのは小説なんです、拙いものですけれど……」
「へえ、すごいですね、僕全然そういう才能なくって」
「そんな、ただの趣味ですし、それに私、下手な方ですから」
「いやいや、書けるだけでもすごいと思いますよ。あ、出来れば読んでみたいなー、なんて」
「やだ、ブルースさん、私無理ですそんな、恥ずかしくて……」
 うわあああああ、これ、何かすごい上手く会話できてるんじゃないか?! それとちょっと赤くなるテミさん超可愛いし! 深い青の瞳が潤んでる様子なんて今この瞬間が人生の終わりくらいでも良いくらいだ!
 とまあ、そんな下心は抜きにしても、テミさんの書いたものは読んでみたい。いかにも文学少女っていうていだし、謙遜してるだけで、きっと上手だと思うんだよな。無理です無理ですと恥らうテミさんをなだめつつ、どんなジャンルで書くんですかと質問してみる。
「本当に、あの、らしくないなって思うんですけど……ラブストーリー、とか……」
「そんなことないですよ、テミさんらしくて、何だかますます読んでみたいです」
 あまりに予想通りすぎて声が裏返りかけた。褒められ慣れていないのか、リンゴのように赤い頬を両手で挟みながら、テミさんはもじもじとしている。ああもう、何の遜色もなく可愛いぞこの人!
 ラブストーリーかあ。小説だけじゃなく、文学作品って少なからず作者の心を投影してるっていうし、読んだらテミさんの心が分かっちゃいそうだなあ。はっ、だから恥ずかしいのか? 僕に知られてはいけないような内容の、そんなドキドキ甘ーいラブストーリーなのか?!
 そう僕が意気込んだ瞬間、コンコンというノックの音が響いた。びくう、と飛び上がった僕を意に介すことなく、テミさんが応対に立ち上がる。扉を開けたのは教師だった。何やら用事のようだ。くそう、いいところだったのに……と考えても仕方がない。愛しのテミさんと、彼女と言葉を交わす教師をぼーっと見ていると、予期せぬタイミングでテミさんが振り返った。慌てて顔を引き締めると、申し訳なさそうな表情と声が降ってくる。
「ごめんなさいブルースさん、ちょっと用事ができてしまって……あの、お留守番、お願いしますね」
「あ、はい、任せてください!」
 そんな可愛い顔で言われて断れる訳がない。僕の返事にほっとしたような顔でお礼を言い、テミさんはふわりと金髪を揺らして廊下へと消えていった。
 ああ、テミさん、かわいいなあ。悪魔みたいなマゼンダとはえらい違いだ。それにしてもあいつは何であんなに辛く当たってくるんだ。僕は何もしてないはずなんだけどな。
 ときめきと悶々を繰り返しつつ、静かな部屋で一人お茶を片付ける。そして給湯室から戻ってきた僕は気がついた。――テミさんのパソコン、つけっぱなしだ。
 そろり、意味もなく足音を忍ばせて、テミさんの机に近付く。彼女の白いパソコンは唸るような動作音を上げて、まだ電源が落ちていないことを主張してくる。今なら誰も見ていない。バレない、はず。いやでも、勝手に見るなんてそんなことは。いやしかし。良心と好奇心が交互に出てきて僕を責め苛む。が、しかし、やはりというか何というか、僕は男子学生なのである。
 マウスを操作すると、暗かった画面がぱっと明るくなった。デスクトップの画像は、草原で真っ白な子犬がじゃれあっている写真。不覚にも和んだ。テミさんらしい、素敵な女の子っぽい仕様に、頬が緩む。いや、ぼやぼやしているとテミさんが帰ってきてしまうかもしれない、急がなくては。申し訳ない思いでいっぱいになりながら画面に目を走らせると、タスクバーに気になるタイトルのウィンドウが。

『文芸部提出用〜秘密恋愛』

 ……これか。これだな。わかりやすいテミさん可愛い。若干ニヤニヤしながらそれをクリックする。一気にウィンドウが開いて、長い文章の塊が姿を現す。どれどれ……。


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 文芸部提出用〜秘密恋愛
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「放せ、青野……っ」
「嫌です」
 金井の手首を掴む力は、青野のその細身には似合わず、存外に強かった。自分より弱いはずだった相手から逃れることも出来ず、金井は唇を噛む。背中に当たる壁が冷たい。俯いた金井を見て、青野は、男子にしては大きな目でゆっくりと数回瞬きした。
意を決した彼を止めるものは何もない。
「金井さんが好きです」
 搾り出された声に、金井の肩が思わずびくりと震えた。長い金髪に隠れた碧眼が揺れる。くしゃりと歪んだ顔は今にも泣き出しそうで。青野はますます強く金井の手首を掴んだ。
「……お前も、俺も、男じゃねえか」
「知ってます」
 でも、好きなんです。どうしようもないくらい好きなんです。青野が早口でまくし立てる。まだ子どもらしさを残した青野の顔もやはり、金井と同じように泣きそうだった。二人の間に沈黙が落ちた。夕日に照らされ、二人の影が長く、冷たい教室の床に伸びる。重なりあった体だけが熱かった。青野がまた、好きです、と言った。
「……馬鹿だ、お前は」
 金井の声は震えていた。ようやく、二人の視線が絡み合う。どちらの瞳も涙に濡れていた。
「金井さ、……」
 青野の声は金井の唇の中に飲み込まれた。青野の柔らかい、透き通った青色の髪に金井の手が添えられていた。やがて青野の手も、金井の首や腰を抱くように回された。この美しい人を守りたい。ただそれだけだった。んっ、ん、と漏れた声はどちらのものなのだろう。どちらでも良かった。一つになってしまいたかった。
「金井、さん」
 やっと唇を離した青野が、掠れた声で金井を呼ぶ。答えた声は、切なくて、悲痛で。
「……俺も、好きなんだ」
 これは許されない恋だ。誰にも知られてはいけない、秘密の恋。それでも二人は、愛し合ってしまった。――もう、止まれない。

追伸:先輩へ
ついに青野と金井がくっつきました(きゃーって感じの顔文字) 前に言われた所に注意して書いのですがどうでしょうか? それから、先日生徒会に入って下さった人なのですが、何だか期待していたようなタイプではないみたいです。会長を襲うのは無理だと思います……。でも見ているうちに、ヘタレ攻めもいいなって思えてきました!それと会長は今日もとってもカッコ可愛くて素敵でした(はーと) それでは!

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 僕は無言でウィンドウを最小化した。一応ハンカチでマウスやテーブルを拭いてから、ゆっくりとみかん箱に戻る。薄暗くなってきた生徒会室で僕は思った。なかったことにしよう、と。

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