カラフル

 

 私は宇宙から来た極秘捜査官だ。
 お忍びで地球に侵入し、この世界のありとあらゆる者を調査しようと都内の高等学校という施設に入り込んだ。
 そして今日も一年間変わることのないこの席で、極秘ノートにペンを走らせている。

 黒板というモノの上に白い粉で出来たチョークという道具を使い、やる気のなさそうな声を出して授業を進めている教師という男の声を聞きながら、教卓の上に放り出されているその黒い名簿帳の中身だって私は知っているのだぞ。と目を光らせた。
 チラリと教室を盗み見し名簿に線を引いている姿に、ああまた一人この教室から消えた。とほくそ笑む。
 体を机に沈めている大多数の人間は、教師という男の中ではこの世界に存在しないという定義になっているらしい。
 だがそれを咎めるでもなく、ただただ斜線を引いていくその残酷とも呼べる行為を彼らが知るのは単位を知らされる時のみ。
 それなので私は何がなんでもこの時間だけは目をかっぴらいており、陽気な日差しから逃れるよう目の前の真っ白な広い背中を食い入るように見つめた。


 前の席に座る、少し猫背気味のひょろりと背の高い彼。
 彼こそが近頃私が最も注目している人物である。


 そんな彼は休み時間になってもいつも大抵椅子にじっと座り教科書を読み更けったり、さらさらとノートに何かを書いているだけで、その姿は何とも味気無く始めのうちは調査対象外だったのだが、ここ数ヵ月、この時間だけ彼は実に面白い行動を取るようになったということを、私だけが知っている。

 その始まりは、確か夏が過ぎた頃。
 私は一度彼が部活動というものをしているのを見たことがあり、普段教室の隅で丸まり大人しくしている姿は擬態で、彼は実は私と同類の、物の怪という類いではないかと疑ってしまうほどの気迫さがあって、その姿を未だに鮮明に覚えている。
 だからこそこの目の前の調査対象外であった彼を認知するに至り、大々的に部活動が盛んになる夏のあいだ彼が何をしていたのか私は詳しくは知らぬが、何時のまにか丸刈りになった彼が何時ものように背を丸め静かに授業を受けていた時、ぴくりと身を揺らし窓の外を見たのだ。
 それは見逃してしまいそうな動作だったが、確かに彼は何かに反応し、見えた横顔を苦々しげに歪ませたのを覚えている。

 その小さな違和感は段々とあからさまになり、丸刈りだった頭が何時の間にか伸び始めている今となっては、彼はこの時間だけは真面目に授業を受ける事なく一心不乱に外を見つめている。
 そしてその先の人物を、何とも言えぬ瞳で捉えているという事も、私は勿論知っている。

 それは時に琥珀色した蜂蜜のようであったり、凪いだ風に揺らぐ青葉のように光輝いていたり、稀に燃えるような情熱的な赤であったりと、実に多種多様な色彩をその瞳は宿していて、教室に居る彼からは想像もできないその色に私は今とても興味を持っているのだ。


 彼の爬虫類めく黒々とした瞳は今もたった一人に向けられていて、視線の先の人物がグラウンドで寒そうにしながらも呑気に活発に、いかにも高校生らしく過ごしているさまを、私もじっと見つめた。

 私達とは違う体育着の色に、視線の先の人物は来年の春、卒業を迎えるのであろう事が窺える。
 仲間に親しげに名を呼ばれ、肩を抱かれ、笑い合っている姿はなんとも青春美しい。
 どこにでも居る、いや、男前に分類されるだろうそのキラキラとした顔を見つめ、視線の先の人物もまた、多種多様な色彩を持っているなと思うのだ。

 だがしかし虚しくも、この星では同性同士が結ばれるのは酷く確率の低い事らしい。
 いかにも進んでいない、遅れた星の文化だと思うのだが、きっと目の前の彼の想いは視線の先の人物に伝わることもなければ、伝わってしまえば悲惨な結果になるのだろうという事も、私はもう分かっている。

 こんなにも雄弁に語る瞳を知っているのは、きっと私だけ。

 その事が悲しくもあるが、彼の唇は常に一文字に結ばれており、微かに漏れる事さえ許そうとはしない。
 そのさまは宇宙から来た私にしてみればなんとも滑稽で馬鹿馬鹿しく、酷く虚しくも見えるのだが、それが人間という生き物の持つ儚さと美しさだとも、思う。
 だから私は目の前の彼の生態系をノートに記し、そっと閉じた。

 私だけがこの秘密を大事に抱えて、いつか星に帰ろう。

 そう思っていたその時、窓の下からふいに聞こえた彼の名を呼ぶ声に、目の前の彼と同じく私も目を見開きながら勢い良く下を見た。
 その先には彼が見つめ続けていた人物が実に嬉しそうに彼を見上げている。
 その瞬間、私の目の前に、色の洪水が広がった。

 赤青黄色に緑。紫や橙。それから、桃色。

 溢れんばかりのその光の粒子達を纏い笑う人物に、目の前の彼もまた虹のようなそれが見えてしまったのだろう。 小さく呻き声を上げて、勢いよく机に突っ伏してしまった。


 それきり顔を上げない彼に、今度は落胆と後悔の滲む色で下に居た人物が少しだけ寂しそうにグラウンドへと戻ってゆく。
 それを一部始終見ていた私は、目の前の彼の一方的な感情だとばかり思っていたがこの二人は知り合いだったのか! と知り得て、なぜか自分の心臓さえも高鳴って苦しいと思ってしまったが、 だがこうしてはいられない。と今この瞬間、目の前で起こった事を急いで記録する為に、ノートを開いた。

 この星では、同性同士が結ばれるのは酷く確率の低い事らしい。
 だが、その奇跡が今、私の目の前で起きようとしているのだ!

 そう未だにバクバクと鳴り続ける心臓をなんとか整えノートから顔を上げれば、目の前の彼の真っ赤な耳や首の向こうで、じとりと彼を見やった教師が今まさに彼を教室から消そうと斜線を引いている姿が見えて、私は目を見開いてしまった。




【ああ!なんという無情なのだろう!彼は寝てなどいないのに!】






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