サンザシ | ナノ







最初にモデルになって欲しいと言われた時は驚いた。
俺を描きたい理由によっては断るつもりだった。

だけど、挨拶に来たのは大きな目をキラキラさせた小さな女の子で、この子は本当に高校生かと思ったら気が抜けた。

それから、グランドの俺を見て絵を描きたいと思ったと言われ正直言えば悪い気はしなかった。
この子の目に自分がどう写ったのか知りたい気もした。
だから練習の邪魔をしないならと承諾した。

ありがとうございます!とお礼を言う姿を見て犬みたいだな、なんて思ったのは黙っておいた。

苗字はそれから毎日放課後一番に俺に挨拶に来るようになった。
どんな時でも、スケッチブックを手放さずに笑顔で走り寄ってくる後輩が段々と日常に溶け込んで来ていた。

挨拶は大声だし、学校内で会えば走るなと言ってもパタパタ走って寄ってきては「クリス先輩、クリス先輩」とニコニコする苗字になんだかほだされてきている気もした。
かと思えば突然、クリス先輩はキラキラしてる!とか誰が聞いても赤面しそうなことを言ってくるので驚くこともある。
しかも多分その言葉には裏なんてなくてただ、素直に思ったことを口に出しているようだから、少しだけタチが悪い。

そんな苗字だが、絶対に部活の邪魔はしなかった。あまり目立たないベンチ裏フェンス越し、練習をしていても俺がそちらを見なければ視界に入らないような位置でひっそり息を潜めるようにひたすら手を動かして、普段の少し子犬のようなイメージとは違いスケッチブックに向ける視線は真剣で綺麗だなと思っていた。

その真剣な視線が時々俺をじっと見つめているは感じるのだが、基本的に苗字は俺と目が合いそうになると視線をスケッチブックに移すため、とにかく本当に俺の練習に影響を与えないように気を配っているのが最初の数日でわかった。

そうなると自分でもどんな風に描かれているのか気になってくるものだが、苗字は「出来上がったら」と少しも見せてはくれなかった。







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