※二年後坂田のお話。
コミックス派の方にはネタバレになるので注意。


凪いだ風は桜の花弁を運び、お猪口のなかに落ちる。

「おっ。桜酒じゃねぇか。乙なこって」

隣にいた彼はラッキィなんて、間延びした声をあげた。
月華を浴びた銀髪は宝石のように煌々と輝いている。

「ふふ。私のにも、桜のお花が入りましたよ」
「家の縁側で夜桜を見ながら酒が飲めるたぁ、贅沢だな」

そう言って、お猪口を形のよい唇にあてがい、傾ける。上下する喉仏に男らしさを感じた。
精悍な体躯を包んでいるのは、珍妙な模様が入った着流しひとつ。
はだけた襟から覗く厚い胸板。
先程の蜜事を思い出して、私はついと目を反らした。
生娘じゃあ、あるまいし。
初な反応をしてしまう自分が可笑しかった。

来年の春も、こうやって桜を眺めたい。

そんな気持ちが芽吹いたのは彼と数回肌を重ねた日の夜だった。

名も知らない、行きずりの男に恋愛感情を抱くなど、尋常ではないと批難されるであろうに。
でも、私は彼に恋をしてしまった。
自分は決して名を明かさない癖に、蕩けるような声で私の名を呼ぶ。
私を抱く太い腕に何度、心を溶かされたか。
私の身体を撫でる武骨な手は優しくて。
私の足を割る太い腰は男らしく。
私のナカに埋まる熱い欲望は、私を快楽へと誘ってくれる。

「なぁ」

不意に伸びてきた大きな手。私の頬を掠め、髪を撫でる。

「桜の花が、頭についてたぜ」

指先に花弁を付けながら、ゆるりと唇を緩める彼。面白がるような赤い瞳が私を捉える。此ほどまでに、月と桜が似合う男を私は知らない。
爆ぜてしまいそうなほど、煩く鳴る心臓が憎い。
どうせ、叶わぬ恋なのに。
どうしてこんなにも彼に魅入られるのか。
お酒の水面をたゆたう桃色のように、彼もまた流れるように去っていくのだろう。
この恋はもう直ぐ、終わる。




二年後坂田はきっと女の処を転々としながら放浪していたに違いありません。
ずるいひとですね!


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