※大正時代のパロディ
沖田のドSが封印されているのでキャラ崩壊。
猫被り沖田。
沖田の片想いです。


 その日、帝国ホテルの一室ではクリスマスパーティーが開催されていた。煌びやかなシャンデリアや円舞曲の調べとは不釣り合いな程、不機嫌な顔を浮かべた西洋人形のような青年がひとりバルコニィで物思いに耽っていた。

「まぁ、沖田様は何だかご機嫌が優れないみたいだわ」
「せっかく、お近付きになりたかったのに。わたくし、この日の為にドレスを新調してみましたのよ」

高級なドレスを身にまとった娘達は、沖田の様子を窺いながらひそひそと話す。

沖田総悟。華族の出ではあるが、両親は既に他界し唯一の肉親だった姉も数年前に他界。身寄りのない彼は、莫大な財産を引き継いだのだが、それの殆どを孤児院に寄付し、今は幼少からの付き合いである近藤に世話になりながら士官学校に通っている。そんな彼を人は変わり者だと揶揄する。恐慌の御時世に大枚を寄付するなど頭がいかれている、と男達ははやし立てた。
しかし、娘達は違った。白磁の肌に、大きな瞳。凡そ、日本人離れした美しい顔立ちの青年に皆、心を奪われるのだ。そして何よりも、将来有望な士官学生ときたら娘たちは放っておくわけがない。

「総悟!」

帝国陸軍の軍服を身にまとい、腰に下げたサーベルを鳴らしながらやってきた男に更に色めき立つ娘達。

「きゃあ、土方様がいらしたわ!」
「お二人が並ぶと本当に素敵だわ!まるで活動写真から抜け出してきたみたい!」

切れ長の目に、すらりとした身の丈。帝国陸軍中佐の肩書きを持つ土方十四郎。彼もまた、華族の娘達に人気のある男性であった。

「こんなとこれで何してやがる。ふてくされた顔しやがって」
「せっかく休暇で帰ってきたというのに、なんでこんな堅苦しいとこにいなきゃなんねぇんで」
「うめぇものが食えるってほいほい着いて来たのはてめぇだろう。今日はな、時期、内閣総理大臣も出席されているんだ。近藤さんの名を売っとくにはいい機会だぜ」
「はぁ、俺は出世なんて興味のないしがない学生でさぁ」
「いいから、つべこべ言わずにこっちへ来い。近藤さんが、探しているんだ」

土方に引きずられるようにして、向かうはホテルの一室。その部屋の中で、近藤があんパンを食していた。

「なんであんパン?」

思わず土方がツッコむ。

「いゃあ。お偉いさん方を相手にしていると碌に食事も出来ねぇからな。山崎に買ってきて貰ったんだ。木村屋のあんパン、やっぱり旨いなぁ。時に総悟。折角の休暇にすまんなぁ。疲れたろう。今夜は、どうにも帰れそうにない。だから、部屋を一つお借りしてね。俺達は、まだお会いする人達が居るのだが、お前はもう休んでいていいぞ」
「それだったら、俺ちょいと行きたいとこがあるんですが……抜けても宜しいですかぃ?」

沖田の言葉に、近藤は直ぐに察したのだろう。ぱっと表情を和らげ、豪快に笑った。

「ああ!あの孤児院にか。総悟は、本当にあそこのお嬢さんと仲がいいなぁ!」
「おい、あれは高杉家の」
「まぁまぁ!友達が女性だっていいじゃないか。トシ、堅苦しい時代錯誤ばかり言ってとモテねぇぞ!」

そんな意味ではない、と土方は反論しようと口を開くが、近藤はまるで聞く耳を持たず。子供達へのお土産にチョコレィトでも持っていけと、沖田に立派な装飾の箱を渡したのであった。


雪が舞い散るなか、外套を身に纏った沖田は、ホテルの前に止まっていたフォード車の窓を叩いた。

「あれ?沖田さん。もういいんで?」
「あんなとこ長くいたら息が詰まらぁ。ザキ、一寸××孤児院まで走らせてくれ」
「あいよ!少しばかり遅めのサンタクロォスのお出ましですね。子供達喜びますよ」

からかうように笑う山崎に妙な苛立ちを覚え、沖田は運転席の背もたれを蹴った。

 郊外から少し離れた場所にある孤児院は、沖田が寄付をした施設の一つである。


「あー!!沖田だぁ!」
「そーご、遊んで!」
「呼び捨てしちゃ失礼よ!沖田様でしょう!」
「ごきげんよう、おきたさま!」
「千草せんせぇー!そーごがきたよぉ!!」

孤児院の玄関を潜ると、忽ち子供達に囲まれた。
子供達より少し遅れてやってきた娘に、沖田はどきりと胸を高鳴らせる。

「あれ、そーちゃ……沖田さん。どうかなされたんですか?」
「今晩は、千草さん」
「ごきげんよう、そう…沖田さん。帰っていらしたのね」
「ええ。つい数日前に、正月の休暇を頂きました。今宵は、子どもらにクリスマスプレゼントをと思いやしてね。これぁ、近藤さんから頂いたものでさぁ」

沖田が箱を差し出すと子供達は目を輝かせ歓喜の声をあげた。

「うわああ!チョコレィトだぁ!」
「これがチョコレィト?初めてみたぁ!」
「わぁ、こんな高価な物を!ありがとうございます!でも、みんな歯磨きしてしまったの。これは、明日にお預けね」
「えええ!いま食べたいよぉ」
「また、歯磨きするからぁ。食べたいよぉ」
「駄目です。寝る前に甘いもの食べたら虫歯になります。これは、お預け!」

騒ぎ立てる子供達をぴしゃりと静止させた後「夜更かしをする悪い子にはお化けが来るぞ!」と低い声音で脅せば、子供達は悲鳴をあげて、蜘蛛の子を蹴散らすように散っていく。

「皆を寝かしつけてくるから、沖田さんは部屋で待っていらして」

年頃の男子が婦人の部屋に上がり込む。この時代としては、とても珍しいことであった。帝国軍人の、帝国婦人の恥を知りなさい、と咎められる行為であるが、沖田と千草の仲は施設職員も公認している。
男女の仲ではない、兄妹のような友達のような仲だと思っているからだ。


(夜這いなんて思われない時点で、俺は男として見られちゃいねぇのか)

沖田は慣れた足取りで千草の部屋に行くと、ランプに明かりを灯し、ベッドへと腰掛けた。

一高時代、孤児院へボランティア訪問をしたことがあった。子供たちと交流し、クリスマス会を楽しむという名目ではあったが、実際は華族の女学生との出会い目的で参加する者が多数。また、女学校の生徒達も同じ様な目的であった。
自由な恋愛が出来ない時代。命短し恋せよ乙女!というフレーズが流行った時代である。浪漫小説のような恋を夢みた彼女たちは将来有望な帝大生や一高生の殿方とお近づきになれる日として、捉えているのだ。
そんな中にも、変わり物の少女が一人。彼女の瞳は他の誰よりもやる気に満ち溢れていたのだ。恋愛など全く興味の無かった沖田であったので、なんとなく彼女と一緒になってクリスマス会の企画を立てた。それが千草との出会いである。

それなりの家柄である彼女が、女学校を卒業後に嫁入りもせず、孤児院で働いているのはまた珍しきこと。

『今の時代、女は家に入るというのは可笑しいわ。世に出て働いてこそ、新婦人というものだわ』

平塚雷鳥の如く、豪語する千草の姿が今でも忘れられない。凛とした白百合のような、純真さに知らずと惹かれていた。

当時の思い出を振り返っていると、千草がカルピスをお盆に乗せて戻ってきた。

「今ね、子供たちに大人気なの。カルピスをお湯で割ったら凄く美味しいんだよ」
「へぇ。新しい飲み方ですねぇ」

二人でベッドに腰掛け、カルピスを飲む。何と色気のないことか、と沖田は胸内で笑った。
ふと、千草が肩から羽織るショールに見たことのないブローチが刺さっているのに気がついた。

「そのブローチ、どうしたんで?」
「ああ、これはね。晋助さんから頂いたの。英国土産ですって」

高杉晋助、由緒正しき伯爵家の主であり、千草の許嫁である。
なるほど、と沖田はうなずいた。薔薇をあしらったブローチは彼女にとても似合っていた。凡そ、彼女の事を思いながら選んだのであろう。

(参ったなぁ。あんな顔されちゃあ渡しずれぇや)

数日前、きっと千草に似合うだろうと思って買ったのは同じ薔薇のブローチ。しかし、此は安物。舶来品の高価なブローチには美しさや輝きも到底、敵わない。

「そおいえば。明後日の日曜は暇ですかぃ、お嬢さん」
「院長先生に、貴女は働き過ぎよ!ってお暇を出されたの。でも、何もする事がないんだもの。困っちゃうわ」
「それなら、活動写真か浅草オペラでも観に行きやしょう」
「まぁ、いいわね!」
「その後に、ミルクホォルでアイスかパフェ、あんみつでもどうですかぃ?」
「わぁ、わぁ!素敵ね!せっかくだから、神楽ちゃんも誘っても宜しくて?」
「ええ、そうですねぃ。では、みんなで行きましょう。あの支那の娘さんもご一緒だと、きっと、楽しい休日になりやすねぇ」

自分の気持ちを押し殺し、沖田は笑った。本当は、二人のデートへの誘いであったが千草は気付いていない。
彼女は少なくとも、高杉を好いている。そして、高杉もまた彼女を好いている。破談もせず、千草が職業婦人となる事を許しているのが何よりの証拠である。

沖田は、やりきれない気持ちであったが、千草が楽しげに笑う姿を見て、これでいいのだと思った。
士官学生は、恋愛なんて御法度の身分。何よりも、軍人となれば、露亜や満州へと出兵し、いつ命を落とすかもわからない。
世界的に不況の御時世。
これから先、千草の幸せを考えるならば、 不況の煽りも受けずに利益を上げ続ける名家に嫁いだ方がいいのかもしれない。

懐中時計を取り出せば、時刻は既に午後十時を回っていた。

「それでは、そろそろお暇しやす。また日曜に。ドンが鳴る頃にお迎えにあがります。おやすみなさい、お嬢さん」
「ええ、おやすみなさい。神楽ちゃんには私が知らせておくわ」

ふわりと笑い手を振る千草に軽く頭を下げ、山崎が待つ自動車へと向かった。しんしんと降る雪の中、ゴンドラの唄を口ずさむ。

「いのち短し 恋せよ乙女 
 黒髪の色 褪せぬ間に 
 心のほのお 消えぬ間に
 今日はふたたび 来ぬものを」


結局、胸ポケットに忍ばせていたブローチは渡せずじまいであった。



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