・同名の映画のパロディ。
「ダレン・シャン」や「ポーの一族」の設定も拝借しています。 



とある町の、とある館に三人の吸血鬼が住んでいました。
ゴリラのような男と、切れ長の目に舞台役者のような顔立ちをした男、そしてハニーフェイスを纏った少年が、今流行りのシェアハウスをしていました。
この三人、もとは人間。吸血鬼になった経緯は、少し割愛させて頂きましょう。
さて、彼等は人間世界に溶け込む為に様々な工夫を凝らして生活をしていました。日光に弱いので活動するのはもっぱら夜中心なのです。

「おい、総悟!何時まで寝てんだ!とっとと起きやがれ!」

切れ長の目をした男、土方がSと刻まれた棺桶を足で蹴り上げると、中からこれまた大層な美少年、沖田が欠伸をしながら出てきました。

「煩ぇなぁ。たった一時間寝過ごしただけですぜぃ。日光浴びて死ね土方コノヤロー」
「よーし、表ぇでろ」
「まぁまぁ、二人とも!落ち着けって!」

ゴリラのような風貌をした男、近藤が胸倉を掴んで睨み合う二人を制しました。近藤の顔には青胆が出来ており、それをみた沖田はニヤリと笑いました。

「近藤さん、また姐さんにやられたんですかい」
「お妙さんは素直じゃないからなぁ!」

お妙というのは近藤がストーカー、ではなく思いを寄せる悪魔の娘です。

「ところでお二人とも、隊服に着替えて……今日は、何かありやしたっけ?」

沖田の問いかけに、土方は大きな溜め息を零しました。

「とっつぁんから、今日は町の見回りを命じられていただろ」

彼ら吸血鬼は協会を作っています。その幹部であるバンパイア将軍に松平片栗虎、そして最高幹部、バンパイアの王となるバンパイア元帥に徳川茂々がいて世界中に散らばる吸血鬼を束ねているのです。


「今日は、十月三十一日だ。仮装を楽しむ人間に紛れて、バンパニーズが人を襲うかもしんねぇほら、早く着替えろ」

土方は未だにぼんやりと佇む沖田の背を押し急かしました。
現在のバンパイアの世界では人を殺してはならないという掟が定められています。
勿論、生きていく為には血が必要なので、小動物や人間の死体から、はたまた生きた人間の血を少量分けて貰っているのです。
それに反するようにバンパニーズという闇の世界に属する吸血鬼もいます。人間が命尽きるまで血を飲み干し、欲を満たしているのです。
規律を見出す吸血鬼やバンパニーズを捕まえ取り締まることが彼らの役目でした。黒い隊服を身に纏い、腰には日本刀を下げた彼らは真選組と呼ばれています。

さて、彼らは早速町へと繰り出しました。街は、仮装をした人間で溢れかえって大変な賑わいをみせていました。
普段、人間世界へ行く時は至って普通の格好ですが、今日は特別です。
十月三十一日のハロウィンなので、凡そ仮装にしか見えないでしょう。本物の吸血鬼が混じっているなんて誰も夢には思いません。
が、しかし、彼らはいい意味で目立っていました。頗る顔立ちのよい男達が歩いているのです。道行く女性達は、頬を赤らめて見詰めるのですが、彼等はとんと無視して見回りを続けていました。

どこもかしこも、人間、人間、人間!こんな一夜にして人間が集まるのは初めてだ、と近藤が呟きました。このままでは、拉致があかない、と土方の提案により三人は別々の場所を見回ることになったのです。

「総悟、サボんじゃねぇぞ!」
「へーへー」

土方の忠告を軽く受け流し(とりあえず、適当終わらそう。とっとと帰ってゲームの続きがしたい)と、ポケットに手を突っ込んで適当にぶらぶらと歩きました。人気のない、公園に入りベンチで一休みをしようと思った時です。

「なにすんの、離してよ!」

鋭い悲鳴が聞こえて来ました。声の高さからして娘でしょうか。
みると、メイド服を着た娘が二人の男に絡まれていました。

(あいつら……)

一目で、吸血鬼だと分かりました。
どうやら、吸血鬼が人間の娘を襲っている所に出くわしたのです。
面倒くさいと思いつつも、流石に見過ごす訳には行きません。

「よぅ、お楽しみ中の所邪魔するぜぃ」
「し、真選組!?」
「ひるむなよ!相手はひとりじゃねぇか!しかもガキだ。ここで女を逃したら、俺らまた餌にありつけねぇ!」
「てめぇらバンパニーズか。ふん、まぁいい。暇してたところでぃ。遊び相手になってやらぁ」

沖田は腰を低く落とし、刀の鯉口を切りました。能力ひとつで勝てる自信はありますが、刀を使って始末するのが真選組の流儀なのです。

「今時、刀なんざ古いぜ、坊主!」
「真選組も落ちぶれたもんだ!」

二人のバンパニーズは、拳銃を取り出して嘲笑いました。いくら不死身の吸血鬼とて、鉛玉を心臓に喰らえば致命的です。
しかし、沖田は一切、怯みません。冷たい瞳を張り付けたまま、口元だけを緩めてくつりと笑いました。

「なまくらかぁどうかは、てめぇら自身で確かめなぁ」

ひゅう、と空を切る音と共に一筋の閃光が走りました。本当に、一瞬でした。相手はきっと斬られたことも解らずに、一瞬にして灰になってしまったのです。

(対したことなかったな。つまんねぇや)

さて、と沖田は呟きました。まだ、一仕事残っているからです。恐怖からか座り込んでいた娘に近寄りました。

「大丈夫ですかぃ?」

沖田は、人の良さげな笑みを浮かべ手を差し伸べました。
見た目はかなりの美少年。しかも危ない所を助けられたのです。恐怖に震えていた娘の頬が僅かに紅くなりました。

「あ、あの……足に……力が入らなくって……」

どうやら娘は腰が抜けたようでした。
くすり、と小さく笑って沖田は腰を屈めました。
丸い赤い瞳で娘の瞳を捉え
「あんたはチンピラに襲われそうになったのを、警察がきて助かった……ただそれだけでさぁ」
娘の頬を優しくなでながら、そっと囁きました。これは、催眠を掛けているのです。
吸血鬼というのは幾つかの特殊能力を持っていて、催眠はそのひとつでした。

が、しかし。
娘は、訝しむ表情で沖田を見上げていました。

(あ、あり?)

「はぁ?何を言ってるいるんですか。ていうか、今のは何だったんですか!?あいつら、急に消えちゃったし……というか、あなたは一体……そんな可笑しなコスプレして、刀持って……変質者!?」

人間というのは催眠に掛かりやすいタイプと掛かりにくいタイプがいます。娘は後者のようでした。
娘は沖田に詰め寄りながらも、映画の撮影!?だとか、ドッキリ?だとか叫んでいました。
ふと、娘の首筋から一筋の血が流れているのが目に付きました。先程のバンパニーズに傷付けられたのでしょうか。鼻を擽る甘い匂いに思わず生唾を飲み込みました。

(そういえば、起きてから何も腹に入れていなかった)

しまった、と沖田は舌を打ちました。
何故、こんなにも魅力されるのか。娘の血がバラの花に似た匂いだからでしょうか(吸血鬼はバラの花が好きでエキスをも食用にしています)
気が付けば娘の腕を引き寄せ、抱き締めていました。
驚いた娘が、小さな悲鳴を上げて抵抗するのを強い力で防ぎました。
首筋に顔をうずめ、流れる血を舌で舐める、ただそれだけのことでしたが沖田の身体は電流にも似た痺れが走りました。

こんなに、甘くて美味しい血は初めてだ!!

もっと、もっと欲しいと本能が悲鳴を上げ、理性を保つ事は困難でした。
舌先で血管を探り、その柔肌につぷりと牙を立てると、後は本能に従って血を吸うだけでした。
血を啜り続けて、どれぐらいの時が経ったのでしょうか。実際には、ほんの数秒程度でしたが、沖田にはもう何十分も、それこそ娘の全ての血を吸いきってしまった様に感じました。
それほどまでに、喉が潤ったのです。
血を吸われた恐怖と、貧血により娘は真っ白い顔をして気を失ってしまいました。

「あー、やっちまった」

沖田にしては珍しく我を忘れた事態です。人を殺してはいませんが、相手の同意なく血を吸って仕舞った。
これが土方にバレると「腹切れ!」と怒鳴られるに違いありません。

兎にも角にも、気を失った娘をこのままにはしておけないと、鞄から娘の身分が分かる物を探しだし、そして保険証から住所を割り出しました。

娘を抱え地面を軽く蹴ると、そのまま宙に浮かび上がりました。
ヒュルヒュルと空を飛び、ものの数分もしないうちに娘の家へ辿り着きました。
しかし、問題はまたひとつ。吸血鬼は招かれない限り家へと入れないのです。幸いにも、娘は家族と住んでいました。

「今、起こったことは全部夢でさぁ。あんたは、怖い夢を見ていたんだ」

弱った人間には催眠が掛かりやすいので、きっと掛かるはずであると信じ娘の耳元でそっと囁いきました。
呼び鈴を押し、出迎えた母親らしき人物にも『貧血で倒れてしまった』と説明した後、己の存在を消す為の催眠を掛けました。


空はいつの間にか、霧雨を降らせていました。

あの女の血、死んだ姉上が入れてくれたい甘いバラのエッセンス入りの紅茶に似ている。なんだか、変だ。どうしちまったんだよ。

蝙蝠に変身して空を飛ぶ沖田の頭には、甘い血の味を持った娘の顔と、保険証で目にした『千草』という名前が何時までも何時までも焼き付いて離れませんでした。


暗転。


「ぎゃあああ!!これ、いい映画出来ますよぉ!人間と吸血鬼の恋!トワイライト顔負けですよ!!」

妖怪放送局の編集室で、雪女の花野アナは興奮したように叫んだ。吸血鬼の生活に密着し、ドキュメンタリー映画を作成しているのだが、そのナレーション担当が花野アナなのだ。因みに、撮影スタッフは吸血鬼も恐れおののく容姿の持ち主、鬼のペドロである。

「でしょ、でしょ〜。もぉ、最高に胸キュンよねぇ!!」

ナレーションの脚本を担当したアズ美が、身体をくねらせながら言った。

(アズ美は、心を読める能力を持った妖怪であるので、脚本に任命されたのだ)

「でもねぇ、沖田くんがあんな感じになっちゃって撮影は一時ストップって言われたのよぉ。もしかしたら、この企画、おじゃんになるかもねぇ」
「ええ!勿体ない!」
「まぁ、人の恋路を覗こうなんて不粋よねぇ。そっとして置いたほうがいいかも」
「ですよねぇ。あーでも、気になるぅ!」

果たして、撮影は継続出来るのか…。
でも、実際は彼ら吸血鬼の催眠によって、この企画に携わった物の記憶は書き換えられてしまったのである。

おわり


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