*萩尾望都「ポーの一族」の設定を拝借しました。
吸血鬼パロです。




或る薔薇の花に囲まれた屋敷に、一人の少女が迷いこんだ。
少女は薔薇の花の美しさに魅了され、奥へと奥へと足を進める。
ひとりの青年が、栗毛色の艶やかな髪を風に靡かせながら薔薇の花に口付けを落としていた。
伏せられた瞼を縁取る睫毛は長く、白磁の肌はまるで人形のようは美しさがあった。

(綺麗……!天使みたいだわ!)

少女は目を瞬かせる。ふいに青年が目を開け、少女に視線を寄越した。

「……迷子?」

ぽつりと出た声は、穏やかでいて妙に冷たい色をしていた。しかし、幼い少女は気付かない。

「勝手に入ってごめんなさい!薔薇の花が綺麗だったから……!」
「……いいよ。薔薇は好きかい?」
「うん!母様がね、色んな薔薇を花瓶に飾ってくれるの!」

ふーん、と青年は薔薇色に染まった唇を緩めて笑った。その美しい笑みは幼い少女の胸を高鳴らせる。

「お兄ちゃんは、なにをしていたの?」

「嗚呼……薔薇のエッセンスを取っていたんだ」
「えっせんす?それって、美味しいの?」
「嗚呼。甘くて、美味しいよ」

甘いものが好きな少女は目を輝かせ、私も食べたい、と青年にすがり付く。
青年は、少し考え「此方においで」と少女の手を取った。

青年に連れられた先は、屋敷の中であった。舶来品の家具が並び、まるで外国の貴族のようだと少女は思った。

「おうちのひと、誰もいないの?」
「みんな、出掛けていてね。今は俺ひとりさ」

青年は、薔薇の花が描かれたティーカップに赤い液体を注ぎ、少女に差し出す。少女はわぁ!と歓喜の声をあげ、液体を口に含んだ。

「に、苦い!」
「ふふ。ローズヒップは、ハーブの一種だからねぃ。砂糖を入れてごらん」

青年に言われ、砂糖をふたつみっつほど入れて再び口にする。
すると、今度は甘い味が口一杯に広がった。

「美味しい!!」

少女は、ぱっと目を輝かせる。
それから、青年と少女はたわいのない話をして、薔薇のエッセンスを飲み、クッキーを食べた。
少女にとって、美しい青年と過ごす時間は、まるで夢のようで楽しかった。

楽しい時間は過ぎるのが早い。
気付けば、窓から夕日が差し込んでいた。その時である。青年が急に焦ったような表情を浮かべた。

「もう、お帰り」
「ええ!?嫌だよ、もうちょっと遊んでいたい!」
「ダメだ。暗くなると危ない。家の人も心配する」

腕を掴まれ、屋敷の外へと連れ出される。
少女は不安な表情を浮かべていた。
実は玄関先にある鏡に青年の姿が映っていないのを見てしまったのだ。
もしかしたら、噂に聞く吸血鬼(バンパネラ)ではないのかと疑問を抱く。
でも、不思議と恐怖心はなかった。

「ねぇ、お兄ちゃんにまた会える?」
「……わからない。でも、君が大きくなったら、また会える。いいか、俺と会ったことは秘密だ。誰かに喋ってしまえば、会えなくなる」
「うん、わかった。誰にも喋らない!お兄ちゃん、名前は?」
「総悟」
「そーご。私、千草っていうの。そーご、またね!」

千草は手を降り薔薇の向こうへと消えていった。

いつかまた、会う日まで。すっかり年頃の娘へ成長した彼女は、歳を取らぬ青年に何を思うだろうか。

千草を見送って暫くすると、銀髪の青年が欠伸を掻きながら姿を見せた。

「旦那、おはようごぜぇやす」
「おはよ。沖田くん、誰か来てたの?」
「いいえ。誰も来ちゃいませんよ」
「ふぅん。人間の匂いがするような気がしたけど……ま、いっか。昨夜は、夢魔のねぇちゃんとヤりまくったお陰で、腹減ったし、食事に(血を吸いに)でも行くとするか
「あまり、派手に目立つと土方さんに怒られやすぜ」
「わーてる。鬼の居ぬまに何とかってね。バレねぇようにするさ」

銀色の青年は、怪しく笑って夕闇に消えていった。

これは、人間の世界にひっそりと紛れ、永遠を生きるバンパネラ一族のお話……。




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