*モブの遊女視点です。見方によっては遊女夢主にみえますが、銀さんには恋人の夢主がいる設定です。
銀さんが少しひどいひと。
郭言葉は適当です。





あんたぁ、あの吉原の救世主さんに惚れとるんでありんすかぇ。
新入りの娘じゃの?
やめとき。悪いことは言わんなまし。
あの救世主様が遊女に入れ込むことなどありんせんよ。

実は、あちきもなぁ、あのお侍様に惚れとった時期がありんしてぇなぁ。
其こそ、あん方が吉原に光を入れる前から知っとり申したわ。

ちょいとばかし、あちきの昔話に付き合ってくんなまし。

吉原にお陽さんが入るよりずっと前。
お侍様はたまぁに吉原にやってきんしてなぁ。
酒に酔っての、あちきらぁ遊女を買うんよ。
地上じゃちゃらんぽらんで有名らしいんじゃけども、あちきら遊女にとっちゃ、あんお方はぁ素敵な男じゃった。
爺どもばかりを相手にしていたあちきらには若い男の相手をするんはご褒美みたいなもんでねぇ。
そん中でも銀髪のお侍様はそりゃ大層な人気があってのぉ。
あの見てくれじゃ、無理もないでありんすけんど。
まさに美丈夫という言葉が似合うお方じゃった。あの逞しい腕に抱かれて、あの低い声で意地の悪い言葉を囁かれて。腰が砕けん女はいんせんよ。
お侍様は自称ドSらしいんじゃけやんども、あちきを優しく抱いてくれてのぉ。
あちきの頭撫でてくれたり、あちきの肌を綺麗だって誉めてくれたりしてねぇ。お侍様に抱かれると、まるで自分が地上で普通の生活を送っている女であるかのような夢見心地な気分になれるんじゃあ。
もしかしたら、お侍様はあちきに気があって、あちきの間男になってくれるんじゃあないかって、あちきを見受けして、吉原(ここ)から出してくんじゃあないかって思っていたんしよ。
けんどな、そりゃああちきの勘違いじゃって、気付く出来事がありんしてな。

お侍様、あちきを抱きながら、あちきじゃありんせん女の名前を口にしていたでありんす。

「好きだ、好きだ」

ってぇ何度も呟いてんしよ。

普段の飄々とした態度から考えられんほど、愛しげに、切なげに呼ぶもんでありんすからね。お侍様には大層好いとる女がいるんじゃって、気付きんしたわ。
好いた女を想いながら遊女を抱くんは、別に珍しいことじゃありんせんけど。
正直、ショックじゃった。
お侍様があちきを優しく抱いてくれていたのは、好いた女を想ってのことだってぇ……、事実を突き付けられると……、胸が張り裂けそうなほどに悲しくなりんして……。
同時に、あちきはお侍様に恋をしていたことに気付きんしてな。身売りした時から、恋なんて出来んと覚悟しちょったんじゃけんども。
まさか、地上の男、しかもまるでダメなおっさんと称される男に恋をするなんてぇ、思わなかったでありんすえ。
しかも、恋に気付いた瞬間に、失恋じゃ。
やっぱり、遊女が恋をすることなぞ許されんかって身に染みて思いましてなぁ。

今は違っても、そんな時代もありんした。

吉原に光が入って少して、日輪様から地上でのお使いを頼まれもうしてな。
日輪様はお優しいお方じゃ。もうすぐ、年季が開けるあちきに、少しでも地上の空気を知って貰いたいと思ってのことじゃったんじゃろう。

あちきはね、江戸の町を見て回りんした。あちきがいた田舎とは違って、江戸は華やかでなぁ。
お洒落な甘味処に……今時は、かふぇ言うんかえ……お洒落な呉服屋、小間物屋が沢山、沢山溢れててのぉ。

……あちきは子供ん頃にね、田舎で飢饉があって、それで口減らしの為に売られた身でありんすから。あちきが吉原に入って十数年かそこいらで江戸は大層、変わっていて吃驚したんしよ。

あら、話がズレんした。

……あちき、江戸の町を色々と見て回っていたでありんす。

それはね、本当に偶然じゃった。
人混みのなかに、綿毛のようにふわふわとした銀髪の頭がぽっこりと見えんしてね。
直ぐにお侍様……銀時様だって気付きんした。
こんな所で再会出来るなんて思ってもいなかったからねぇ。
あちき思わず「銀時の旦さん」って、声を掛けそうになったでありんす。
けんど、銀時様の少し後ろで歩いているお方を目にした途端、声が出せなくなってねぇ。
足も動かんかった。
流行りの柄の綺麗なべべ着たぁ女が「銀さん、待ってよ」と言いながら、銀時様の後ろを付いてきよんし。

え?顔は可愛かったかって?

そうじゃなあ……正直に言えば普通の顔じゃったわ。こりゃあ、僻みにとらわれてしまいんすが、あちきのほうが美人だってぇ自信はありんしよ。
でもな、汚れなぞ知らないような綺麗な瞳を持ったぁ娘じゃったわ。
其こそ、あちきがとおの昔に捨てた……純粋な目じゃった……。

雑踏のなかでも、好きな人の声は聞き取れるもんでありんしてなぁ。

「なにしてんの。だから、馴れない下駄履くなっつたろ」

呆れながら銀時様が言いんした。

「だって、銀さんが珍しく買ってくれたものだもの……」

拗ねたように唇を尖らせる娘さんの足に赤い鼻緒のじょじょがよく映えていんしてなぁ。

ーーお前の肌は白いから、赤い鼻緒が綺麗に映えそうだよな。

銀時様、あちきに言ってくんなましよ。
行灯の薄明かりのなか、あちきの足の甲に口付けながら……甘い声で、言ってくんなましよ……。

そんな蜜月を思い出しましてなぁ。
身体の奥から、ふつふつと熱いものが込み上げてきんした。

嫉妬じゃあ。

ひどい嫉妬の焔があちきの身体を包みこんだでありんしよ。こんな感覚、初めてじゃったわ。其ほど、銀時様を好いていたでありんすなぁ。
あちきな、二人の前に出ていって、銀時様があちきを買っていたことを洗いざらい吐いてやろうと思いんした。

ふふっ。嫉妬に狂った女の仕返しでありんすえ。

けんど……。
そんな仕返し出来んかったわ。

「ったく、しゃあねぇな。ほら」

なんてぇ、ぶっきらぼうに手を差し出してなぁ。娘さんの手を取る銀時様が、とても、とても愛しげに娘さんを見ていたもんじゃって……。あちきにも見せたことがない柔らかな顔をしていたもんじゃって……。

銀時様は、闇に沈んだような深い目を時々するお方じゃったから。
あんな幸せな顔をみたら、二人の関係にヒビを入れるような真似なんぞ、出来んかったでありんす。
あちきは見て見ぬふりして、帰ってきたというわけじゃあ。

……うん。そうじゃの。本当にひどい男(ひと)でありんすえ。

あんたも、これで分かったじゃろ?
銀時様に惚れても、あんお方の心に入ることなんて無理じゃあ。

あんお方の懐に入れるんは、二人の子供たちと、白い犬。そしてひとりの娘さん。ごく限られた人間ぐらいでありんす。

優しくて、ひどい男。

あんな男、忘れて新しい恋を見つけんなまし。


あんた、可愛らしい顔してるから、直ぐにいい男が見つかるはずじゃあ。
……嗚呼、もうこんな時間じゃ。
ついつい、長話してもうたが。
すまんのぉ。はやく、出たいと思っていた処じゃっども、長くいると愛着が沸くもんやき。
寂しくなるろう。
…ふふ。郭言葉はもういらん。

あちき……私はもう自由がよ

あら。大門まで見送ってくれるんかえ。

嬉しいもんじゃの。
最後にあんたと話が出来て、えい思い出が出来たち。
此処を出たら何をするかって?
そうやの。私の田舎は戦に巻き込まれてなくなっちゅうらしいが。
だから、私には帰る場所なんぞない。日輪様みたいに茶屋でも開こうと思っとるがよ。

江戸の華やかさは、私みたいな田舎もんには合わんろ。だから、何処か遠くの地で開こうかと思っとるがよ。

でもなぁ、そん前にこつこつ貯めていたお金で、宇宙旅行でもしようか……。

ほいたら、此処まででえいが。
あんたも元気にやっつくろ。
日輪様に宜しくなぁ。

……さいなら。






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