映画『キングスマン』のパロディ
沖田がスパイです
キングスマンの凡そのあらすじを知らない方には意味不明かもしれません。
やまなし、おちなし、いみなし



ー某高級紳士服の店ー

仕立てのよいスーツを身につけた美青年が、分厚い紙の束に目を通していた。

「なんですかい、急ぎの任務だってきいてりやぁ……ただの護衛じゃねぇですかぃ。こんなんSPに任せりやぁいいものの」

机の上に足を置いて、煙草を吹かすガラの悪い上司、松平片栗虎を睨む。

「いいか、総悟。官僚様の大事な娘さんだ。何でもアメリカへ一人旅に行くらしくてな。密かに護衛をして欲しいんだとよ」

イギリスに本部を置き、日本でも秘密裏に活動している秘密諜報機関。通称、キングスマンと呼ばれる者たち。
その本分はスパイ活動なのだが、時々こうして要人警護の仕事が舞い込んでくる。沖田は、スパイはスパイ活動をしてこそ成り立つものと思っているので、面倒臭いと言わんばかりに溜め息を溢した。




そんなやり取りをしたのが一ヶ月前。
そして現在、アメリカにて任務遂行中の沖田には、日本大使館に勤める外交官、山路という肩書きが与えられた。
キングスマンの存在は、ごく一部の人間しか知らないし、また知られてはいけない。スパイと悟られては本末転倒である。

「ついて来ないでって言ってるでしょう?」

「ですが、お嬢さん。日本人の、しかも女性の一人旅など危険です。だから、僕が身辺警護を任されまして」

「私、アメリカは小さい頃から何度か来てるから平気よ。それに、私より貴方のほうがあぶないんじゃないかしら」

千草の言葉に沖田の眉が動いた。彼女は沖田の容姿を見た途端、一見すると可憐な美少女だ、とからかってきたのだ。第一印象は最悪である。

この女、今すぐ張った押して犯してやろうか。

胸の内で舌を打つ。人が下に出りゃいい気になりやがってと、毒づく。
喉が渇いたと通りがかった店へと入る 千草の背中に向かって、舌を出してやった。

店内はお世辞にもお洒落とはいえない殺風景な内装で、禿げた中年の店主が一人いるだけである。千草はアイスティーを、沖田はコーラを注文した。

「山路さんって、成人してるの?どう見ても高校生にしか見えないわ」

「……よく言われますが、僕はちゃんと成人してますよ。ほら」

証拠とばかりに免許証を差し出す。勿論、偽装だが素人には見抜けるはずもない。千草は免許証をまじまじと眺めた後、「でも私よりは年下なのね。ちょっと安心した」と呟いた。

やっぱり、この女いけ好かねぇ

年下扱いされるのを何よりも嫌う沖田は、千草がトイレへと立った隙に、嫌がらせとばかりにアイスティーの中へタバスコを水滴垂らしこんだのであった。

「マスター、コーラを人数分」

千草がトイレから戻って、タバスコ入りのアイスティーに口をつけようとした時である。
如何にもガラの悪そうな男達が数名入ってきた。ラッパーの服装に、クチャクチャ音を鳴らしながらチューインガムを噛む。アメリカ映画に出てくるような古典的な不良である。

「ひゅー。日本人の女がいるぜ。珍しいー」

「おじょーちゃん。俺らがアメリカを案内してやるよー」

千草の存在に気付いた男達は、にやにやと下卑た笑みを浮かべて近寄り、品定めするように顔を近づけた。

「やめて下さい。女性相手に。恐がっているじゃないですか」

面倒臭いと思いつつ、任務は任務であるので沖田は 千草を庇うも、今度は沖田自身に飛び火するのであった。
顎を痛いくらいに掴まれる。

「ようよう。可愛いい顔して、いいスーツ着てるじゃあねぇか。兄ちゃん、痛い目見たくなかったら出ていきなぁ。それとも、兄ちゃんが俺らの相手してくれるってか?正直、兄ちゃんの可愛さなら男でもいけそうだぜ」

「……その薄汚い手ェを退けろっつてんでぃ」

吐き出すように呟けば、青筋をたてた男に胸ぐらを掴まれる。
が、自分の倍はあろう男を軽々と投げ飛ばしたのである。

「や、野郎!」

一人の男に銃口を突き付けられる。が、怯む様子もなく流石は銃社会だな、と他人事のように思った。男が引き金を引くより早く、相手の手をひねり、投げ倒す上で銃を奪い取る。ひっと短い悲鳴があがると同時に、男の頭すれすれに弾を数発撃ち込んだ。男が泡を拭いて失神するのを横目に、余裕の表情を浮かべてニヤリと笑った。

「てめぇらにドイツ式の挨拶を教えてやるよ」

踵、爪先を打合せると、ぴかぴかに磨きあげられた靴の爪先から、鋭い刃が飛び出した。
軽い身のこなしで蹴り業を繰り出す。手の甲、頬などに掠り傷を負った男達はものの数秒もしない内に、蒼白となり全員が倒れたのである。
本来ならば、その刃には猛毒が塗ってあるのだが、身辺警護用にと失神程度の毒だ。

時間にして凡そ5分も経っていなかった。それまで、唖然と騒ぎを見ていた店主が「け、警察……!」と受話器を取る。

通報されては不味いので、腕時計から針を発射させて店主の首にぶすりと突き刺した。記憶消去モードと呟けば、目覚めた時にはすっかり忘れているという便利な道具だ。沖田が気に入るスパイ道具のひとつである。この時計があるからこそ、上司の土方に数々の嫌がらせを働けるのだ。

「山路さん、あ……貴方は、いったい……」

店主同様、唖然と見ていた 千草は振るえる声で問いただした。沖田は 千草の方へと歩み寄り、人差し指を彼女の唇へ押し当てる。

「俺の本当の名は、沖田でさぁ。職業は……キングスマン」

お伽噺に出てくる猫のように、にんまりと笑い……左手に隠し持っていた針を 千草の首筋に柔く突き刺し「記憶消去」と囁いた。



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