其の七



拝啓、先生

俺は遂に、やらかしてしまいました。

旦那様のお屋敷に書生としてお世話になる以上、猫を被り続けて居たのですが(勿論、新八や先生も良く知る高杉達の前では素ですが)よりにもよって一番、ばれたらまずいお嬢さんに素を見せてしまったのです。

あの時の俺は、平常ではなかったと思います。
何故でしょう。
平気な顔をして恋文なんかを渡す、お嬢さんに腹が立ったのかもしれません。

お嬢さんは、見た限りでは少なく共、俺に好意を寄せているはずです。

俺もお嬢さんに好意を寄せて居ます。

世間一般で云う、両思いの間柄の俺達なので、何をそう悩む必要があると思いでしょう。

しかし、知っての通り、俺達は令嬢と書生という壁があるのです。身分違いの恋なんて時代錯誤だ。 先生なら、きっとそうおっしゃって居たに違いないですね。
ですが、あのような由緒正しい家に置いて下さって、しかも、この不況のご時世に帝大での勉学を援助して下さっている旦那様に申し訳ない気持ちになります。


お嬢さんには立派な家柄の許婚が居ます。


名前は、なんでしたっけ……嗚呼、土方十四郎と言いました。
一度、お目に掛かった事があるんですが、此れがまた腹の立つ野郎でしてね。

―帝大の書生が居ると聞いて居たが……。まさか、死んだ魚のような目をしたような奴とはな


一番最初に云われた言葉がソレでした。

失礼な奴でしょう?
云われた以上は倍返しにするのが俺の主義です。

―瞳孔開いた坊ちゃんは魚市場にでも行った事あんのかよ。地位で勝てても頭では俺に勝てないからってひがみか?


その場に、お嬢さんは居なく俺と新八しかいませんでしたので俺は言い返しました。 新八が横で


―ひぃっ!銀さん!あんた、何て事云うんだっ!

と青ざめて喚いていましたが、無視しました。


―被害妄想も大概にしろ、もじゃもじゃめが


土方の馬鹿……土方君は余裕たっぷりの顔で、またしても俺の釈に触る、しかも、俺が気にしている事を云いましてね、俺は勘忍袋の緒が切れてしまったのです。


―天然パーマを馬鹿にする奴は、天然パーマに殴られろコノヤロー


鳩尾に鉄拳を喰らわせようとしましたが、運悪くお嬢さんが来たので、それは実行出来ませんでしたが。


いつか、また会ったら一発殴りたいと思います。

お嬢さんの許婚なので、尚更、殺意が湧いてしまうのは此処だけの話ですからね。

思い出しただけでも、ムシャクシャしてきましたので、此処でアイツの話は終わります。

そういえば、内容ががらりと変わりますが、俺と、お嬢さんとの出会いを教えて居ませんでしたね。

あれは、萩から東京にやって来た日でした。
列車を降りると、フォード車に乗って迎えに来て下さった旦那様に

―まさか、お前が帝大に受かるとはな

久しぶりに会って開口一番に云われた言葉が其れでした。

―失礼な。俺はやれば出来る男です。舐めて貰っては困りますねェ。

先生もご存知の通り、旦那様は小さい頃の俺を知っていますし、旦那様御本人も楽天的な性格なので彼の前では少しだけ素を出して居るのです。

―憎まれ口は相変わらずだな。

豪快に笑いながら旦那様は俺の頭を撫でました。子供扱いされているようでむっとしましたが、昔、先生や遊びに来た旦那様によく頭を撫でられていた事を思いだし、どこか懐かしく感じました。

―坂田と歳の近い娘が居てね。是非、仲良くしてやってくれ給え。

真新しい匂いがする車内で旦那様が云いましてね。それで、俺は、どんなお嬢様だろうかと想像を張り巡らしていたのです。候爵家の令嬢なら、日本女性らしく、しとやかで聡明な美人だとか。男なら誰だって思い描くはずです。

しかし、俺の想像に反してお嬢さんの登場場面は強烈なモノでした。

大きな門を通って、お屋敷の玄関まで歩いて居た調度その時、木から人が降って来たのです。
降って来たと言うよりは、飛び降りたという表現が正しいのかもしれませんね。

その人は、はかまにブーツといった恰好の今風の女学生でした。ただ、リボンを付けた頭には木葉が絡まって、手には時期外れの凧を持っていました。

―まぁ、お父様。お帰りなさい。

―お前は、また……木に登って何をして居たのだ?

―凧揚げをしていたら、凧が木の枝に引っ掛かってしまったので取って居たのです。

会話からして此の方が旦那様の娘なのでしょう。俺の思い描いて居た姿とは違って、とても普通の人でした。悪く云えば、ちんくしゃで地味な女性でした。

そんな、お嬢さんは俺に気付いたのか、慌ててて手に持って居た凧を背後に隠しました。きっと客人の前ではしたない姿を見せてしまったと思ったのでしょう。

―お父様、この方は?

―今日から、ウチで働く書生だ。

―初めまして、坂田銀時と申します。


人と挨拶をする時は帽子を取る。そう教えて下さったのは先生でしたね。ですから、俺は先生の教え通に帽子を取りました。旦那様以外の、その場に居た人達(使用人達です)は俺の髪を見てざわつきました。

―異人かしら……あの髪色

そう聞こえて来ましたが、慣れて居た事なので注して気にするつもりはありませんでした。
目の前に居たお嬢さんも驚いた様子でした。
きっと、他の皆と同じ様な感想を抱いているのだろう。俺は勝手に、そう思って居ました。

ですが、お嬢さんは笑いながらこう云ったのです。

―とても綺麗な髪ですね。まるで、外国の小説に登場していそうだわ。

桜の花びらが舞い散る中、お嬢さんの好奇心に満ちた、綺麗な瞳が俺を見つめて居ました。


此れが、恋に落ちた瞬間かもしれません。

此の話は、誰にもしていません。先生が初めてです。書きたい事は沢山あるのですが、残念ながら「どん」が鳴りました。(東京では正午を知らせるのに、皇居内で空包を撃つのです)

今から学校なので今日は此処で終わります。
それでは、また。


追伸

最近、高杉が社会主義だとか反政府だとかに興味を持ち始めましてね。厄介な事件に巻き込まれなければ良いのですが。


追伸の追伸

お嬢さんには、何食わぬ顔で会う事に決めました。普段、通りに接すれば良いのです。



天国の先生へ
という感じで、坂田さんは届く宛てのない手紙を時々書いています


7/12
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