其の三



夏祭りは里の外れの神社で開催されている。私たちが泊まっている宿から少し歩くことになるけど、銀さんがいるから気にならない。
弾む足は下駄をからころ鳴らし、簪の飾りはしゃらしゃらと揺れる。

「屋台で沢山食べたいね。私、お祭りの焼きそばとかたこ焼きとか大好きなんだ。お祭りってだけで美味しく感じちゃうよね」

お祭りってだけじゃない。好きなひとと食べるものはなんだって美味しい。恥ずかしいから銀さんには言わないけど。
首を僅かに傾けて、隣を歩く銀さんを仰ぎ見る。いつものように締まりのない顔して、小指で鼻をほじる姿だって素敵に見えてしまうのだから、デート効果って恐ろしい。

「銀さんはなに食べたい?」
「そーさなァ。リンゴ飴と綿あめ、かき氷、鯛焼き、回転焼き食いてぇ」
「ふふっ。甘いものばっか。あ、でも私もチョコバナナ食べたいなぁ」
「……バナナ食いてぇの?」
「だって美味しいじゃない。私の世界でね、いろんなチョコバナナが売ってたんだよ〜。イチゴミルク味とかすっごく美味しかったんだ」
「銀さん特製のミルクがけバナナとかあったら食いたい?」
「銀さん、そんなの作れるの?あったら食べてみたいなぁ」
「因みにデラックスサイズな」
「おっきなバナナなんてあるの?わぁ〜口に入るかなぁ」
「なぁ、千草。それもっかい言ってみ?」
「え?おっきなバナナ?」
「最後のやつ」
「口に入るかなぁ……?」
「んんっ」

銀さんは何故か小刻みに震えて、目を血走らせていた。
何かに耐えるように、両手で握り拳を作って唇を噛み締めている。
どうしたのかな。具合悪いのかな。楽しくないのかな。はしゃぎ過ぎちゃったかな。

「銀さん、大丈夫?」
「おっ!?おぉ……なんでもねーって、いやなんもなくもないはねぇけど……おら、とっとと抜き……じゃねぇ、甘味狩りにいくぞ!」

銀さんの足が速くなる。元々歩幅が違う上に、慣れない下駄を履いている為、銀さんの歩調についていくのがやっとだ。

「銀さん、銀さーん、まって!まって……あっ」

あっという間に人込みに呑まれてしまう。数歩先を歩く銀さんに手を伸ばそうとした時、誰かが私にぶつかって、その弾みで髪から簪が落ちた。それを拾うために慌てて身を屈めたのがいけなかった。幸い簪は無傷で済んだのだが、頭をあげたときには銀さんの姿が見えなくなっていた。
どうしよう、逸れちゃった。
背伸びをして特徴のある銀髪を見つけ出そうとするも人の波に揉まれ足が縺れる。

「邪魔だよ」
「こんなところにぼんやり立ってんじゃねぇよ」

舌打ちと共に吐かれる言葉。すいません、と頭を下げて人混みから抜け出し、屋台と屋台の間に避難した。
簪は帯の隙間に差し込んだ。
こういうとき、スマホがあったなら直ぐに連絡が取りあえるのに。不便さを感じて下唇を噛んだ。
とりあえず、ここから動かないほうがいい。
銀さんならきっと私を見つけてくれる。そう信じている。
くん、と弱い力で袖を引っ張られた。
銀さんかしら。
振り替えるも誰もいない。再び弱い力で、今度は下へ引っ張られる。視線を落とすと、金魚柄の浴衣を着た小さな女の子が涙を浮かべて立っていた。

「ど、どうしたの?お父さんとお母さんは?」

女の子はふるふると首を振った。

「はぐれちゃったの?」

今度は小さく頷く。
よわった。迷子が、迷子と遭遇してしまった。はぐれた場所から離れないほうがいいけれど、動かないとこの子の親は見つからない。
この世界に迷子センターなるものはあるのかしら。
袖を掴んだままの女の子を見下ろす。
とても可愛らしい子だった。小学校低学年ぐらいだろうか。リボンで結ったちょんまげが愛らしく揺れている。ふくふくとした柔らかそうな頬を赤らめ、涙で潤んだ大きな瞳で大人を見上げる姿は、愛玩動物を連想させる。美少女といってもいい。将来はきっととびきりの美人になるんだろうな。人拐らいにでもあったら大変だ。見捨てることはとてもできず、女の子の手を握った。

「お姉ちゃんが一緒に探してあげるよ」
「ほんとうですか!?おねーさん、ありがとうございます!」

女の子の顔がパッと輝いた。
私たちは場内を歩き回った。女の子からお姉さんやお父さんの特徴、浴衣の柄を聞き出しそれに該当する人物を歩きながら探す。そんなことをしながら、私は女の子との会話を楽しんだ。

「君はどこから来たの?」
「江戸からです」
「江戸?」

この世界にも江戸はあるのか。どんなところなのだろうか、と私は想像を巡らせる。
時代劇でみるような町並みなのだろうか。
それとも元いたの世界の東京のような大都会なのだろうか。天人は宇宙船に乗ってやってきたらしいので、もしかするとSF映画でよくみる近未来的な町並みかもしれない。

「江戸って遠いの?どんなところ?」
「はい。汽車で来ました。父上と姉上といっしょにしんせきのおじさんのうちに遊びにきているんです。江戸はすっごく大きな建物がたっくさんあるんですよ。この前なんて、ねずみーらんどなんて遊園地が出来たんです!テレビでみました!」

女の子は目を輝かせながら言った。
テレビもあり、夢の国に似た遊園地があるということは、やはり東京のような場所なのだろう。

「おねーさん、江戸に行ったことはありますか?」
「んんー。お姉さんは遠いところに住んでいるから……」

昔江戸と呼ばれた場所には住んでいたけれど。
言ってもきっと伝わらないので、私は軽く頭を振った。

「そうですか。そうだ!お姉さんがいつか江戸に来たら僕案内してさしあげます!父上が剣術の道場をしているので、きっとすぐに分かると思いますよ!」
「そうなんだ。君のお父さん剣術を教えているのね。すごいなぁ」

ん?ぼく?
女の子の一人称が妙に引っ掛かった。でも、今どき僕っ娘なんて珍しくもないし、ジェンダーレスの時代に古くさい考えはなしだ。

「あ、でも江戸は悪いやつらがたくさんいるのでお姉さんみたいな素敵なひとには危ないかも……でもでも、僕、父上のような立派な侍になるのが夢なので、そのときはお姉さんを護ってあげます!」

女の子はふんっと鼻を鳴らし、私と手を繋いでいる反対側の手で拳を作って頭上に持ち上げた。

「すごいねぇ。女の子のお侍さんって。かっこいいねぇ」
「……あの、あのぅ……お姉さん……ぼくは、」
「新ちゃん!」

女の子の言葉を遮るように鋭い声がして、前方からおかっぱの女の子が人混みを掻き分けながら走ってくる。しんという名前なのか。おしんみたいでかわいらしい名前に口元が綻んだ。
しんちゃんはパァと目を輝かせたあと、直ぐに涙を溜めて「姉上ェ!」と声を震わせながら駆け出し、女の子の腕の中に飛び込んだ。

「新ちゃん、どこにいっていたの!?すっごく探したのよ!?」
「すいません、姉上。このお姉さんが助けてくれたんです」
「あら、そうなの。あの、弟がご迷惑をお掛けした」

お姉さんは私に向かって頭を下げた。活発さのある、幼いながらも凛とした雰囲気のある女の子だった。滑らかな白い肌に、大きな黒い瞳。ふさふさの睫毛。お人形みたいな美しい子に、思わずみとれてしまう。
この子も将来はきっとすごい美女になるに違いない。

「いえいえ。こっちも楽しかったのでだい……って弟ォ!?」
「ええ。新ちゃんは私の弟ですが?」

いや顔が似ているからきょうだいだって分かるけど。目を剥いて新ちゃん……もとい新君をみたら、新君は顔を強ばらせ「あ、姉上が……むりやり。ぼくはイヤだって言ったんですけど……姉上が、」とか細い声で言った。つまり、お姉さんの着せかえ人形として遊ばれていたということか。

「まぁ人聞きの悪い!新ちゃんが可愛いいのがいけないのよ!」

お姉さんは詫びるどころか腰に手を当てて開き直ったように言った。

「お妙、急に走ったらだめだろ。ああ、新八。よかった」

丁髷を結った男の人が息を切らしてやってくる。きっと、新君……もとい新八君たちのお父さんだ。

「父上ぇ!」

新八君は今度はお父さんの腰に抱き着いて、心底安心したのかぐずぐずと泣き出した。

「父上ったら歩くのが遅いもの。そうしている間に可愛い新ちゃんが攫われたりでもしたら大変よ!」
「はは。お妙は相変わらずの心配性だなぁ。新八だって侍のこだ。そう簡単に拐われたりしねぇよ。なぁ、新八」

お父さんはそう笑って、新八君の頭を撫でた。それから、私を見て全てを察したらしく、お妙ちゃん同様にぺこりと頭を下げた。

「倅が迷惑かけちまったみてぇで。すまんね、お嬢さん」
「いえ、私も人探しをしながらの次いででしたから」
「お姉さんも迷子だったの?」
「お姉さんは迷子を探している迷子かな。新八君のお父さんとお姉さんを探しているうちに迷子のお侍さんが見つかると思ったんだけど……」
「そんな大変なときに悪ぃねぇ。ほら、新八。礼を言いなさい」
「ありがとうございます!お姉さんと一緒に過ごせて楽しかったです!」

新八君は姿勢を只して真っ直ぐお辞儀をした後、満面の笑みで言った。直視できないぐらい眩しい笑顔がとても心地好い。

「お姉さん、ちょっと耳を貸してください」
「なあに?」

新八君に言われ、私は新八君の目線の高さに合わせて腰を屈めた。

「いいこと教えてあげる」

新八君は内緒話をするように、私にあることを教えてくれた。



新八君たちと別れた後、私は銀さんが行きそうな甘いものが売ってる屋台を回った。だけど、銀さんはどこにも見当たらない。
本当、どこに行っちゃったんだろう。慣れない下駄で歩き回って足もそろろ足も界だ。
休むところを探して、屋台の列から抜け出した。少し先の外れに石のベンチがあるのを見つけて、そこに腰かけた。下駄を脱いで足を寛げながら、人の波を注意深く観察する。
父親の肩車にはしゃぐ子供。
浴衣を着て笑い合う女の子たち。
腕を組んで歩く若いカップル。
仲睦まじく手を繋ぎゆったり歩くお爺さんとお婆さん。
さまざまな人たちが通りすぎていく。
だけど、銀さんの姿は見えないままだ。

どこ行っちゃったんだろ。なんで見つからないんだろ。
探してくれているのかな。もしかして、私を置いて帰っちゃったのかな。

もしこのまま銀さんと逸れたままになって二度と会えないままになってしまったらという不安が唐突に過った。

ここに私の家族はいない。知り合いも、銀さんと陣営にいるみんな以外、誰もいない。
あの時、銀さんと出会わなければ。銀さんが手を差しのべてくれなければ。行く宛もない私はどうなっていただろう。
この世界にきて初めて味わう孤独感は私を余計に不安にさせ、恐怖のどん底に落としていく。
震えを抑えようと、両肩をかき抱いて下を向いた。

砂利を踏みしめる音、足元に落ちる影に、はっとして顔をあげる。だけど、上げたことに後悔した。

「お嬢さん、ひとり?暇なら俺達と遊ぼうぜ?」

如何にもヤンキーといった柄の悪い男が二人。顔を赤らめて私を囲んでいた。微かにお酒の匂いがする。
この世界のヤンキーも襟足が長いんだなぁ。ドンキにいそう。頭の中で思いながら、「いえ、ひとを待っていますので」と丁重にお断りした。無視をしてもよかったが、この手のタイプは無視したら逆上しそうだ。ここで事を荒げたらとっても面倒くさい。

「うそつけよ。だってさっきから連れの気配がしねぇし、浮かない顔してたじゃねぇか。なに?彼氏と喧嘩別れでもした?」
「せっかくの祭りにひとりは寂しいだろ?どう?俺たちと遊ばね?」

だけど、男たちは引かなかった。

「こう見えても俺ら金持ってんだよね。こいつの商家の息子でよ。こんな田舎臭い祭りより、派手に遊んだほうがおもしろいだろ?」
「江戸で流行ってるクラブってやつがあるんだよ。金は俺らが出すからよぉ」

それ、お前が稼いだお金じゃないだろ。パパのお金でかっこつけてんじゃねぇよ。
なんて言ったら逆上してしまいそうなので、咽喉まで出かかった言葉を必死に呑み込んだ。

「い、いえ。ほんとうにほんとうに結構ですから」
「そう言わずによォ」

ひとりが私の手を掴んできた。途端、背中に悪寒が走る。気持ち悪い。銀さんに腕を握られるのとはわけが違う。

「痛っ。は、離して!」
「怯えてんの?かわい〜」
「女の怯えた顔ってすっげぇそそるよなぁ」

強い力で私を引き上げると、腰に手を顔を近づけてきた。煙草と、酒気を帯びた生臭い匂いに吐き気がする。
どんなに藻掻いても、振り払うことが出来ず、いよいよ怖くなって助けを求める視線を回りに投げたが、真っ先に目があったおじさんは関わりたくないのか、そそくさと逃げていった。

「やぁね。酔っ払いわ」
「勘弁して欲しいわ。折角のお祭りが」
「誰か助けてやれよ。あのこ困ってんぞ」
「嫌だよ、関わったら面倒くさいよ」
「お奉行さん呼んでこようか」

口々に囁いて、みんな見て見ぬふりをしながら散っていく。誰も助けてくれない。一気に絶望が押し寄せる。

銀さん、助けて。どうして、こんなときに限っていないのよ。はやく私を見つけてよ!

「銀さん!!」
「その女から手ェ離しな」

声がして、一陣の閃光が走った。一瞬、何が起こったのか分からなかった。私も。男たちも。
パラパラと落ちる細い糸。それは紫色に染まった髪の毛だった。
私の手を掴んでいた男は唖然とした顔で、だけど何かを悟ったかのように私から手を離し、自分の頭を触る。

「ぎゃああ!なんじゃこりぁぁ!俺の髪がねぇ!」

見ると、男の頭頂部が河童のお皿ほどの大きさでハゲていた。

「ぎゃはは!おめぇなんだその頭!」
「お前こそ自慢の襟足が無くなってるぞ!」
「げぇ!なんじゃこりゃああ!」
「うるせぇ。ジーパン刑事かてめぇらは」

ど、と男たちが吹き飛び、私の視界は藍色に染まった。見慣れた大きな背中。聞き慣れた声。目線を上げるとふわふわ揺れる銀髪。

「銀さん!」
「おう」

銀さんは振り返らず、短く返事をしただけだった。
深い海の底から私を救い上げてくれるような優しい声音に、安堵の波が拡がる。

「な、なんだてめぇ!」
「なにしやがんだ!てめぇ、俺の親父が誰か分かってんのか!?」
「知るかよ。てめぇのオヤジが猿だろうが襟足長かろうが関係ねぇ」

銀さんは唸るような低い声で言って、刀に手を添え、親指で柄を押し上げた。

「ひとの女に汚ぇ手で触ったやつぁ血祭りにあげる。それが俺のルールだ」
「ひっ、」
「わ、悪かったて。あんたの女だって知らなかったんだよっ」

肌を刺すような殺気が私にも伝わってくる。その殺気を直に注がれる男たちは這いつくばるように後退った。

「あんた、刀持ってるってこたぁ、攘夷の輩かなんかだろ?ここで問題起こしたら役人に目ぇつけられるのはあんただぜ?」「そ、そうだ。親父が黙っちゃいねぇ」
「がたがたうるせぇっ!」

喚く男たちを一喝し、黙らせた。

「とっとと帰ってくそして寝ろガキが。てめぇらを次見かけたら、その首ごと叩き落としてやらァ」
「ひ、ひぃい!」
「か、かあちゃんん!!!」

銀さんの怒りを含んだ睨みに気圧され、男たちは情けない悲鳴を上げて逃げていった。



「千草、お前な!勝手に居なくるんじゃねぇよ!探してたんだぞ!」

銀さんは振り返るなり、眉をつり上げ、語気を強めて怒鳴った。その剣幕に思わず身を竦めてしまう。

「ごめんなさい」

小さな声で謝った後に、私に責任を擦り付ける理不尽さに気づいて段々と腹が立ってきた。置いていったのは銀さんの方なのに。

「でも、銀さんだって私を置いてった!銀さん歩くの早くて追いつけなくて、私待ってって言った!なのに銀さん待ってくれなかった!」

銀さんは驚いたように目を瞬かせた。

「いや、そりゃ……聞こえ、なかった……から」

ばつが悪そうな顔で、口をまごつかせ言い訳がましく言う姿にまた腹が立って、私の必死の声が聞こえていなかったことに悲しくなって、虚しくなって、涙が溢れ出る。

「な、泣くなよ……小さいガキじゃあるめぇし」

さっきまで威勢のよさを引っ込めて、女の子の涙ひとつも止められないほど狼狽える銀さんが妙に情けなく見えて、怒りも消えてしまいそうだった。
浴衣を握り締める手に自然と力が入る。

「簪が落ちたから拾おうとしたのよ。そしたら銀さんいなくなっていて。う、うっ……ず、ずっと探していたんだからっ」
「簪のひとつやふたつ失くしたって別に死にゃしねぇだろ。また、買えばいいだけだし」
「そういう問題じゃない!銀さんから貰ったものだもん!宝物なの!大事にしたいの!失くしたくないの!」
「え、」
「怖かったんだよっ!銀さんが居なくなって、変なひとたちに絡まれて、誰も助けてくれなくて、すっごく怖かった!」
「かわいいかっこしてるからあんな野郎たちに目を付けられるんだバカヤロー!」
「信じらんない!私が悪いっていうの!?銀さんのばか!バカっていう方がバカだよ、ばか!」
「うるせぇばーか!」
「ばかばかばか!銀さんの大ばかやろーッ!もしかしたらもう二度と会えなくなるんじゃないかって怖かったんだよバカ!」
「んなこと……だっての」

銀さんはなにかを呟いて、私を抱き寄せた。
突然のことに驚いて、抗うように胸板を押し返すもビクリともしない。
銀さんの大きな手が腰と背中に回り、私は腕の中に閉じ込められる。

「悪かった、置いてったりして」

息を吐くような細い声だった。添えられた手に力が入る。

「千草の姿が見えなくて、どんなに探しても見つからなくて。お前が元の世界に帰っちまったんじゃねぇかってすげぇビビった。そしたら、いっちょ前にナンパされてるじゃねぇか。焦ったわ」
「だ、だったら、どぉしてはやく見つけてくれなかったの?銀さん、見つからなくてっ。わたし、ひとりぼっちでっ、こわかったっ……!」
「悪かった、ほんとうに。もうひとりにさせねぇ。言ったろ?お前の、千草のそばにいるって。護ってやるって」
「うん」

胸に拡がる温もりに、自然と口が綻ぶ。私はそっと目を閉じた。
ぴゅーっと誰かが口笛が吹いた。それを皮切りに、ぱらぱらと拍手が起こった。

「にーちゃん、いーぞ!」
「男前だぞにーちゃん!」
「かっこよかったぜ!」

冷やかしの声が飛んでくる。
いつの間にか回りに人だかりが出来ていて、私たちは慌てて離れた。
銀さんは「見せ物じゃねぇぞコラァ!金取るぞ!」と囃し立てていた人たちに向かって吼える。

「千草」

見物客を蹴散らした後、銀さんは後頭部をばりばり掻いて唇を尖らせながら視線をさ迷わせた。そして、咳払いをひとつ、ふたつして私を真っ直ぐ見据える。

「まぁあれだ……せっかくだしよ、祭り楽しもうぜ。屋台飯食うんだろ。ほら」

銀さんは右手を差し出た。

「うん!」

私はその手を取る。すっぽり包み込む骨ばった大きな手。湿った感触。不快さよりも心地好さが強まる。どちらともなく、おずおずと指を絡め合った。離れないように。






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