番外編:白夜叉、怖がる



12年前に書いたお話です。
12年前に書いたものなので、夢主と銀時の性格が今とちょっと違います。
加筆修正はしましたが、12年前の文章のままの部分が多いので悪しからず。




「銀さんの恐いモノって何?」

あんこが沢山のったおはぎを幸せそうに頬張る銀さんに尋ねる。銀さんは少しだけ考えて得意げな顔をして答えた。

「俺に恐いモノなんてねぇ」
「え〜本当に?将来糖尿病で死んじゃうこととか恐くないの?」
「ちょっ!俺の未来予想図を考えないでくれないっ!?糖尿病で死ぬって嫌なんだけどっ!」
「だってそんなに甘い物ばっかり食べてると血糖値があがって将来的にインスリンを投与しながらの生活になっちゃって」
「やめてくんない?そんな医学的に言うのやめてくんない?怖ぇよ、お前。いつからそんな子になったのよ。俺ァそんなこに育てた覚えはねーよ。因みにこの話が書かれたの十二年前らしいけど、今の俺って十二年前よりヘタレ度増してね?十二年前って、もっときゃー銀さんかっこいい!スパダリ!って言われてなかった?」

訳のわからないことをぼやきながら残り少なくなったおはぎを口の中に放り込み、それでも尚もごもごもがもが口を動かしてなにかを言っている。
残り少なくなったおはぎを食べ終わったあと、指についたあんこを舐めた銀さんはふいに真剣な顔をして言った。

「そうさなぁ。強いて言うなら、俺ぁ千草を失うことが恐いな」

銀さんの手が伸びてきて私の髪を撫でる。

「千草がいなくなったら、戦どころじゃねぇかも」

餡子のついた唇を緩めて銀さんは柔らかく笑った。本当にこの人はどうしてこうもキザな台詞をズバズバと言えるのだろうか。恥ずかしいじゃない。そう思うもそのキザな台詞に胸がきゅんとする私も私。少女漫画のヒロインになった気分でいるのだから、全く恥ずかしいものである。だから、悔しいから言ってやった。

「私も銀さんを失いたくないの。銀さんがいなくなったら私は死んじゃうかもしれないよ。だから、離れないで。ずっとそばにいて?」
「お、おう」

銀さんの頬に微かな赤みがさした。お互い無言のまま、ゆっくりと顔を近づける。

「銀時、これから広間に集まる……あ、」

鼻先がちょうど触れ合う距離まで近づいた時、桂さんが勢いよく襖を開けて入ってきた。

「やや。取り込み中だったか!これはすまぬ。俺のことは気にせずちょめちょめでもにゃんにゃんでもしててくれ!して、終わったら二人とも広間に集まるのだぞ!」

桂さんはニヤニヤ笑いながら言うと、踵を返して出ていった。
私は見られた恥ずかしさで銀さんの胸板を押し退ける。
銀さんは刀を持って素早く立ち上がると桂さんを追い駆けて出ていってしまった。

「カァ〜ヅラァくぅん〜?ちょぉ〜っと待てやコラァ。その顔、てめぇぜったいにアイツに言いふらすつもりだろ」
「カァ〜ヅラァじゃない、桂だ。安心しろ。高杉には言わぬよ。俺もそんな白状な男ではない。銀時と千草殿はにゃんにゃんで遅くなるようだと皆に伝えておこう」
「余計質悪ィわ!」

廊下からそんなやり取りが聞こえてきて、私のときめきに溢れていた心は一気に醒めた。銀さんの周りのひとたちってなんでこうもデリカシーがないのだろう。同じ穴のムジナというやつか。
一人残された私は赤くなった頬をぺちぺち叩いて熱が引くのを待った。

大広間へ行くと十数名の人達が円になって座っていた。
作成会議か何かかと思い慌てて謝って部屋から出ようとすると坂本さんに腕を掴まれた。

「どこに行きゆうか。ここにおりや。千草ちゃんがいなきゃつまらんろう」
「これから何かするんですか?」
「そりゃこぉんな暑い日にやることはあれしかないぜよ」

坂本さんはにこにこ笑って、距離を詰めてきた。いつの間にか両肩を掴まれていて、まるで逃がさないとでもいう状況だった。

「その手離せや」

私の顔の真横から黒い鞘付きの刀が伸びて来たかと思うと、鈍い音を立てて坂本さんの顎に命中した。

「いきなりなんじゃ、金時!わしの顎が割れたらどげんしゆう!」
「いーじゃねぇか。これから桂浜の声のでかいケツ顎と呼んでやんよ」
「もうただの悪口じゃろ、それ!」
「わぁっ!二人とも、やめて下さい!」

二人の間に居た私は喧嘩になりそうな雰囲気を感じて慌てて止める。

「喧嘩は駄目です!で、何を始めようとしてたんですか?」
「おお。忘れちょった。怪談話大会じゃ!」「けぇるぞ」

坂本さんが言った途端、今度は銀さんに腕を掴まれた。

「何で?もしかして怖いの?」
「ばばばば、ばばばか言ってンじゃねぇよ。天下の白夜叉だよ、俺。別に怖くねーからっ!千草が怖いんじゃねーかと思っただけだからっ!」
「別に私は怖いの平気だよ。寧ろ怖い話大好き」
「え゛」

そう、私は怖い話が大好きである。大学でも心霊研究会なんていうマニアックなサークルに入ってるし、稲川○二とか大先生と読んで尊敬している。江戸時代に怪談百物語とか本格的でいい。参加したい。
目を輝かせて銀さんを見上げる。

「私は参加していくから、銀さんは先帰っていいよ!」

ばいばい、と手を降ってその場に腰をおろした。

「ば、ばっきゃろー!おめぇひとりこんなムサイ野郎のなかになんて残しておけるかよ!……ったく、聞けばいーんだろ。聞けばよ!俺ァ別に怖くねーけどっ」

銀さんは私の後ろに座ると、私を持ち上げて膝の上に乗せる。

「ぎ、銀さんっ!?」
「いや。あれだよ。あれ。スキンシップだから。別に怖くてじゃねーから」

銀さんて本当は怖いの苦手なんだ。本人は否定しまくっているけれど墓穴を掘っているって気付いているのだろうか。

「おいクソパ。暑苦しいんだよ。怖いのは解るが、そんなのはてめーの部屋でヤレよカス」
「うるせえちび。怖くねーっつてんだろ。ンだよ、てめーモテないからってひがみか?ひがみですか?高杉くん」
「二人ともやめろ。銀時、千草殿が困っているではないか」
「私は別に平気ですので始めましょう?」

怖がる銀さんを突き放す程、鬼ではない。
そのままでもいいや。
実は少女漫画によくある女の子が男の子の膝の上に座るシーンに憧れていたので、ほんの少し嬉しかったりするのだ。
あれから数十分経って、怪談話大会が半ばに差し掛かる。
怖い雰囲気を出そうと明かりは一切ない。今夜は月も雲に隠れて見えないので月明かりも無い。
皆が怖い話を語る時、銀さんが強い力でぎゅうっと抱き締めてくるから息苦しいわ、密着し過ぎて銀さんのふわふわとした髪が首や頬に当たってくすぐったいし、耳元で銀さんの吐息が直に伝わるわで話に殆ど集中出来ない状況だった。それでも、小さく震える銀さんが可愛くて可愛くて。私の胸はドキドキしたり、ほっこりしたり、きゅんとしたり大忙し。
可愛すぎるよ銀さん。
なんて思ってた時、生暖かく柔らかなモノが首筋を舐めた。

「ひゃっ!」

思わず声を出してしまった。途端、一斉に視線がこちらに集まった。

「どうかしたのか?」
「あっ!な何でもないですっ。怖くて思わず叫んでしまいました」

笑い声がちらほら聞こえてくる中、すみませんとへこへこ謝る。
これはきっと銀さんの仕業だ。

「ちょっと」

小声で文句を言うも、銀さんは無言のまま今度はかぷりと首筋に噛み付いて来た。
あんたは吸血鬼か!
吸い付く唇。首筋を這い上がる熱い舌は耳の裏を舐め、耳朶を食んでいく。
蝋燭の灯りさえもない真っ暗な部屋。恐らく誰も何も見えない、はずだ。そうであって欲しい。こんな恥ずかしい行為見られたらたまったもんじゃない。
だけど、大勢がいるなかで厭らしいことをされていると考えるだけで身体中が熱を持ち、ぞわぞわとした感覚が背中を走り抜け、下腹部がじぃんと熱くなる。それにさっきからお尻に硬いものが当たって、気が気でない。それはまるで生き物のように脈を打っている。
それがなんであるか、分からないほど子どもじゃない。悟ったとき、恥ずかしさと恐怖に思わず目を瞑った。同時に銀さんが私なんかで興奮してくれていることに嬉しくなった。
はぁ、と耳に掛かる銀さんの吐息が荒くなっている。まるで飢えた獣が獲物を前にしたときに吐く息に近い。
銀さんは耳朶をねぶる行為を止めずに、腕に力を入れ、更に私を抱き込んで硬い熱をお尻の割れ目に擦り付けてくる。
「う、ぅっ……ふ」
手で口元を押さえながら必死に声を抑えた。

「次は千草さんの番や」

少し高めの関西弁、三太君の声が聞こえて来た途端、銀さんの動きがピタリと止まった。
私はゆっくり振り返って銀さんの顔を見る。
暗闇の中、銀さんの赤い瞳は満足そうに細められる。きっと口元も憎たらしいぐらいの笑みを浮かべているに違いない。

「ほら、おめーの番だぞ?」

耳元でびっくりするぐらいの低く甘い声で囁かれて、ぞくりと身を震わせてしまう。そうしたら無性に腹が立ってどうにかこの憎たらしい男をぎゃふんと言わせてやろう思った。

「ゴホンゴホン。えーと。じゃあ話ますね」

声が裏返るのを咳ばらいでごまかして、私は話を始めた。
そりゃ、もう取って置きの怖い話を。

「以上で私の話は終わりです……。あ、これを聞いた後に何か奇怪な事が起きても私は一切責任を負いませんので悪しからず」

最後にくすりと笑ってやる。勿論、その笑いは後ろに居る銀さんに向けてだけれど。

「あ、あはははは!こ、こいで全員話終えたかの。いやぁ〜まっこと有意義な時間じゃった。明日も早いしお開きにするろう」

坂本さんの声は裏返っている。

「う、うむ。そうだな。俺は明日、用事があるしな……!」

行灯に明かりを点けながら冷静さを保つ桂さんの声も少し奮え気味である。
これ、かなり効果的面じゃない!
銀さんは顔を蒼白にして一点を見つめたまま微動だにしない状態だし。
銀さんの目の前で手を叩いた途端、銀さんの身体が大きく跳ねた。

「銀さん、終わったよ?」
「あっ?お、おう」

目をあちらこちらに泳がせた銀さんは私を膝から下ろすと私の腕を掴んで引っ張り上げながら立ち上がる。

「寝るか」
「うん」

込み上げる笑いを必死に堪える。銀さんの部屋の前まで来ても手を離してくれず、そのまま襖を開けて一緒に彼の部屋に入ってしまった。

「ねぇ。何で私まで入るの?私の部屋隣なんですが?」
「千草」

ぎゅっと力を強くして汗ばんだ手で握り締めてくる。
頬を赤らめて、発する言葉に迷っているのかあ〜とかう〜とか唸りながら銀さんは頭を掻いた。

「一緒に、寝て欲しいの?」

図星だったのか、目を見開いて更に顔を赤くする銀さん。冗談のつもりで言ったのに本当のようで私も連なって頬を赤く染める。
でも、銀さんの汗ばんだ大きな手が私の手を握って離さないので、笑いを堪えながら彼を見上げた。

「……いいよ」
「え?マジで?」
「さっきの事謝ってくれるなら」
「あ、ああ。悪かった。ちょっと悪戯しすぎた」
「ちょっと処じゃないじゃん!私、すっごく大変だったんだからね!」
「大変って何が?」
「声を抑えるのが!」
「へぇ……千草、感じてたんだ」

その言葉にハッとして銀さんを見ると、にやにや意地の悪い笑みを浮かべていた。
手を引っ張られて、銀さんの腕が背中に回されて逃げられないようにがっちり拘束されて。

「抱きしめた時の身体の柔らかさとか、目の前にある千草の首が白くて甘い匂いがしたから、思わず食べたくなっちまってよぉ」

ぺろりと再び首筋を舐められた。

「ひぁっ」
「なんかなぁ、そんな声聞いたら他の野郎が寄り付かねーよに俺のモンだって証を付けたくなっちまったんだよね。そしたらよぉ、おめぇ思いの外いい反応みせてくるしよ。危うく勃っちまうとこだったぜ」
「んんっ……こ、こんの馬鹿チンがぁあ!」
「うぉっ!?」

銀さんを思いっきり突き飛ばしてやった。
銀さんはその場に尻餅をついて目をパチクリさせて私を見上げる。

「もう、一緒になんか寝て上げない!せいぜい金縛りにあってラップ音聞いて、本物の幽霊見ればいーんだっ!」
「やめてくんない!?そんな現実にありもしねーこと言うの止めてくんない!?」

踵を返し部屋を出ようとした時、くん、と着物の袖を掴まれた。
何よ。なんか用かよ馬鹿チン。
目つきで振り返ると銀さんがまるで捨てられた仔犬のような瞳で見上げていた。

「……行くなよ。ふざけ過ぎた悪かったて」
「へ、変な事したら毎日、怖い話聞かせるからね。とりあえず、布団取ってくるから離して?」

俺も行くと銀さんは立ち上がった。
そんなに一人になるのが怖いのかと笑っていると後頭部を小突かれた。
銀さんに布団を持って貰って、また銀さんの部屋に行く。
布団を敷く時に1センチぐらい離すと銀さんが「何、この距離。俺、心の一粒に傷が付いたんですけどー」
拗ねたのでぴったりくっつけてやった。
その夜、本当に銀さんは何もして来なかった。
ただ、布団からお互いに手を出してその手を繋いで寝ただけ。
銀さんの意外な一面を知ることが出来たので嬉しかった。
ああ。本当に可愛いよ。可愛くて大好きだよ。







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