番外編:戦場のメリークリスマス



クリスマスとはイエス・キリスト誕生の日であり、フランシスコ・ザビエルと共に日本へ伝来されたという。
クリスマスを祝う習慣が日本文化となっていったのが明治後期頃らしい。
しかし、これは現実世界の歴史である。コッチの世界では、ザビエルによって伝来されたところまでは一緒だが、天人にもクリスマスという文化があったらしく、ものの数年もしない内に日本各地で既にクリスマスを祝う文化が広まったのだ。

攘夷活動を行っている輩たちもクリスマスは特別だった。
世界中に信者が居る神様の誕生日なら祝っても罰は当たらない。寧ろ、キリシタンでも無い自分たちが祝ってやってるのだから我らに勝利をプレゼントしても良いんじゃないのと思っているようだった。

これはそんな彼らの細やかなる日常の話である。
ここから先は白夜叉と恐れられ、だが仲間たちから慕われ、そして恋をすることにとことん不器用な男の視点で物語を進めることにしよう。




「はいはーい。では、天人どもを全員ぶちのめす事が出来ますようにと願って、我らがイエス様に乾杯〜」

荻原が乾杯の音頭を取って杯を掲げた。イエス様万歳〜、イエス様最高〜!という声が多方面からあがって、みな一斉に酒をあおる。

「都合の良い時だけ、キリシタンになるとは。些か、罰当たりな気がするぞ!」

桂は解せない様子で酒を一口飲んだ。

「別にいいんじゃね?信じるも信じないも勝手だし。あれだ。星占いで運勢の良い日と目茶苦茶悪い日だけ信じるみたいな?」
「なんだ、銀時。おめーいい年こいた男が占いなんて信じてンのか?」
「ちッ、ちげーよっ!俺ァ千草が相性占いだとやるから仕方なくであってっ!つーかオメーだって昔は今日の運勢悪いよ〜、ど〜しょ〜って泣き叫んでいたくせにっ」

その瞬間、鈍い痛みが脇腹に走る。高杉に蹴られたのだ。仕返しとばかりに俺も高杉の脇腹を蹴った。

「やんのかてめぇ、表ぇ出ろ。」
「止めんかっ!そんな喧嘩ばかりしてたらサンタさんは来ませんよっもうっ!」
「げ。なんだよ、ヅラ。おまえまだサンタなんて信じているのかよ」
「ヅラじゃない桂だ。ふんっ、高杉お前こそ、十になるまでサンタさんを信じてたくせに……」
「そーいや、そーだったな。毎年サンタにお願いしてたもんな、晋ちゃん」
「よぉし、てめぇらぶった斬られてぇんだな」
「やめてよ、晋ちゃん。せっかくのホワイトクリスマスが真っ赤なクリスマスになっちまうよ。クリスマスじゃなくて苦しみますになっちまうよ」
「いいか、貴様ら。サンタさんはいるんだぞっ!ほら、今もそこから入ってーー」
「めッ、メリークリスマス!」

桂が廊下に面する襖を指差した時だ。襖が勢いよく開き、パァンッとクラッカーを鳴らして千草が入ってきた。
その瞬間、俺は口に含んでいた酒を吹き出してしまった。
千草はいつもの着物ではなく、サンタクロースの衣装に身を包んでいたからだ。
胸元が大きく開いたサンタ服に、膝上丈のミニスカートの下に太ももまである白い靴下をはいていた。

「私からみなさんへクリスマスプレゼントですっ!一番、 野村千草歌いますっ!……まっ、真っ赤なおっはなの〜トニャカイさんはぁ〜」

呆気にとられる野郎たちをよそに千草は赤鼻のトナカイを歌い出した。しかも振り付きで。
恥ずかしいのか緊張しているのか。千草は出だしで噛んでしまって、それからは調子の外れた上擦った声で歌う。
千草が動くと、スカートの裾がひらひらと揺れ、柔らかな太ももが晒される。
その度に野郎たちから歓声があがり、手拍子やら口笛やらがあがる。
腹が立つ。誰だよ、千草にこんな格好させたやつ。
だが、正直なとこサンタのコスプレをして歌を歌う千草はなかなかにかわいくて止めることが出来なかった。

「わしらに癒しの時間をくれた千草ちゃんに拍手〜」
「あ、」
「金時にわしからのクリスマスプレゼントぜよ」

何処からともなく坂本が現れ、歌い終わった千草を小脇に抱えると、俺のほうに向かってぽいと放り投げた。

「うきゃっ!」
「うぉっ!」

反射的に千草を抱き留めた。
全て坂本が仕組んだことだと確信する。千草はズレ落ちたサンタ帽を被り直すと恥ずかしそうに俺を見上げた。

「銀さん、これね坂本さんが用意してくれたの。サンタ服。に、似合う?」
「えっ、と……まぁ……そ、その……」

似合う。かわいい。はちゃめちゃに。そりや、もう今すぐにでも断崖絶壁に立って遠い海の向こうまで聞こえるぐらいに叫けんでやりたいぐらいに。
かわいいって言うたらええやん!
惚れてまうって言うたらええやん!
それを言わな男として廃るで!
頭の中で、眼鏡をかけたおっさんが海に浮かんで叫んでいる。誰だてめぇ。

「銀さん?」

返事がないただの屍の俺を不思議に思ったのか、千草が距離を詰めてきた。
なにか香水でもつけているのか、普段の彼女からは匂わない甘い香りが鼻先を掠める。
胸の谷間だってみえる。

「あっ。銀さん血、」
「へ?」

千草がなにかを言っている気がしたが、頭がくらくらとし……そこで意識を失った。



瞼を持ち上げると、小山が二つ、ぼんやりする視界をやや半分遮っていた。頭には柔らかな感触。いつの間に布団へ入ったのか。いつの間に柔らかくいい匂いのする枕に変わったのだろうか。

「あ。気がついた?よかったぁ」

千草が俺の顔を覗き込んで、安堵の表情を浮かべた。
目を覚ましたら千草に膝枕をされているという状況が理解できず、目を白黒させていると、千草が鼻血を流して倒れたのだと教えてくれた。

「坂本さんが休ませとけって隣の部屋に運んでくれたんだよ」
「……」

なんだそれ。あまりのカッコ悪さに死にたくなった。

「そうか。悪かったな」
「あ。まだ起きちゃだめだよ」

身体を起こそうとしたら千草に押し止められた。

「目が覚めても、少し安静にしてなきゃ」
「お、おぉ」

膝枕を堪能できるのは実にありがたいが、状況が状況だけにとてつもなく恥ずかしい。
隣の部屋から野郎たちの騒ぎ声が聞こえる。襖一枚隔てた場所にいると思うと落ち着かない。

「みんな楽しそうだね。坂本さんからサンタさんの服を着てくれって頼まれたときはどうしようって困ったけど、こんな私の出し物にも喜んでくれてよかったなぁ」
「いや、あいつらは別の意味で喜んでいたんじゃねぇかな」

主にこの柔らかい太ももに。野郎たちが邪な眼差しでみていた太ももを枕にできるのは俺の特権だ。少し優越感に浸る。

「私のいた世界でもね、クリスマスはあったんだけど。こうやって大勢で宴会するの初めてだったから楽しいなぁ」
「たまにやぁ羽目はずしてぇ年頃だからよ。クリスマスぐれぇ騒ぎてぇのよ。なぁ、千草。俺ぁ、こーいうのあまり分からねぇから……そのプレゼントとか用意してねぇんだ。すまねぇ」

毎年クリスマスには松陽からプレゼントを貰っていたが、松陽の選ぶものはときめきの欠片もない仮装グッズやら牛の肉の部位をパズルにしたものやらと実に変なものばかりであったので参考にもならない。そして、金もなければ女が喜ぶような贈り物もわからない。
千草はゆるく頭を振って、いいのと笑った。

「プレゼントなんかなくったって銀さんがいるだけでいい。私はそれだけでいいの」

やばい。やばい。やばい。やばい。
なんだこれ。なにこれ。
心臓がどんどこどんどこ煩い。身体中の熱が急上昇していく。

「そ、そうか……そりゃあよかった」

千草は自分でいって恥ずかしくなったのか、両手で赤らんだ顔を隠した。
互いになんて言葉をかけていいのか分からず、沈黙が続く。

「も、もういいだろ。足が痺れちまわぁ」
「うん」

もそもそ身体を起こし、少しだけ乱れていた着流しを整える。そろそろ戻らないと酒がなくなってしまう。そう切り出そうとしたとき、千草が袖を摘まんできた。

「銀さん、あのね……プレゼントがあるの。今だけ、銀さんの好きにしていいよ」
「へ?」

冗談を言っているのかと思った。だが、どこか物欲しげな顔で俺を見つめる姿に冗談じゃないことを悟る。

「冗談じゃないんだな?……なんでもしていいんだな?」

千草が小さく頷く。いいの?銀さん狼だからスケベなことでも頼んじゃうかもよ?いいの?あんなことやこんなこと頼んじゃうかもよ?

「じゃあ、じゃあよ……あの、あれ……すす……き……って言ってくんね?」
「え?酢?お酢?お酢が欲しいの?なんで?」
「違ぇ!す、……って言って」
「ごめんなさい。声が小さくて聞き取れなかった。何て言ったの?」
「だぁかぁらぁ!すから始まって、きで終わるやつを言って欲しいの!アンダースタン?」
「え?それだけでいいの?」

千草は面食らった顔をした。

「なに?もしかしてスケベなこと考えてたの?このスケベ。襖の向こうは狼たちの群れだから、そんな危険犯すわけねぇだろ。銀さん紳士だからね」
「銀さん、好き」

不意に千草が発した言葉に口から心臓が飛びかけた。
心の準備が出来てない状態で言うんじゃないよ。だが、悪くはない。
気を抜けば弛んでしまいそうな唇を右手で慌てて隠した。

「好き」
「お、おう」
「好きよ」
「ん"」
「だぁい好き」

千草は続ける。軽やかな声で、まるで唄うように欲しい言葉を発してくれる。だが、こうも連発されると胸が異常なほどにむず痒い。自分で頼んでおいて、この言葉は毒だと思った。心臓に悪い。幸せ過ぎて死んでもいいと思ってしまう。だが、一度摂取してしまうと何度だって欲しくなる麻薬にも似ている。この先、この小さな幸せを何度も求めてしまうだろう。

「銀さんは……?」

千草が掬い上げるような目で俺をみた。

「おれも、千草のこと……」

すき。なんてこっぱずかしくて言えやしねぇ。
そんなひねくれものは言葉よりも行動だ。
答える変わりに、ほんのり赤く染まった頬を指先で撫でた後、触れるだけのキスをした。





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