十一.鈴蘭狂い

「だーかーらー。浮気調査をしてただけだっつてんだろうが。つうか、おたくらの捕り物の手伝いをしてやったてぇのに、なんで俺がこんな扱い受けなきゃなんねぇの?いー加減に帰してくんね?」

机の上に足をのせ、耳の穴に指を突っ込んだ銀時はうんざりとしながら言った。
気を失った千草を診療所に送り届けた後、即行で真選組のハゲ(原田だが、銀時はハゲとしか認識していない)に身柄を拘束されて、屯所に放り込まれた。
窮屈な取調室に監禁されての二日目の昼下がり。
銀時は小指に絡み付いた耳垢を飛ばし、盛大なため息を溢した。
いい加減、疲れた。帰りたい。カツ丼にももう飽きた。

「旦那、カツ丼頼みましょうか?」
「ああ?うるせぇよ。もう飽きたっつーの。甘いもん食わせろや」

部屋の隅でせっせと記録を取っていた若い隊士が言った。彼に悪気はなく、むしろ気遣いのつもりだったのだが、すこぶる機嫌が悪い銀時へは火に油を注ぐようなもの。
銀時が舌打ちと共に睨み付ければ隊士は竦み上がり、それ以上なにも言わなかった。

「旦那、あいつは最近入ってきたばかりの新人なのであんまいじめないでやって下さい」

苛立ちを隠しきれない銀時を前にしても動じないのが山崎だ。
鬼の副長直属の観察方なだけに、肝が座っている。

「ジミー君、うちに帰して。俺ぁ何も知らねぇし、何もやってねぇっつてんだからよ。おめぇ、ずっと見てただろ」
「……やっぱり。気付いていたんですね。旦那、すいませんが、あんたを帰すわけにはいきません。その場に居合わせ一般人から事情聴取をするのは義務ってもんですからね。それに副長からまだ帰すなって言われていますからね」
「ジミーのくせに意外と飼い主のいいつけ護るのね。ジミーのくせに……。ところで、あいつのその後はどうよ?つうか、まじで帰してくんね?いい加減帰らねぇと、新八と神楽に殺されるんだけど」
「山崎ですってば。……千草さんですか?……千草さんなら、」
「おい、山崎。そいつにそんなこと教えなくていい」

取調室のドアが開き、土方が入ってきた。
頬には血がついている。
山崎から受け取ったタオルで顔を拭い、ぎらついた目を寄越した。

「やっこさん、口を割ったぜ」
薄ら笑いを浮かべながら土方が言った。
「流石に副長の拷問は耐えきれませんでしたか」
「薬を売買に関与している天人や他のやくざもゲロったぜ」

ーー鬼の副長たぁ、よく言ったもんだな。

山崎と土方の会話をつまらなさそうに聞きながら銀時は思った。
土方のぎらついた瞳は獣臭さを感じる。
戦のときに嫌というほど見てきた瞳だ。
人を斬ったときに昂り出す感覚。
みなそれに呑まれて、鬼になるのだ。
否、それよりも狂った目をしている。

ーー警察がなんて目をしてやがんだ。

「拷問なんて前時代的なことをやってんだね、おたくら」

銀時はへらりと笑った。その瞬間、土方の鋭い視線が飛んでくる。

「……お望みなら、てめぇも受けてみるか?たっぷりとおもてなしをしてやらぁ」
「遠慮するわ。俺ぁ、どっちかってぇといたぶられるよりいたぶるほうが好きなんでね」
「そうか。それで、あの夜は野村と一緒にいて、薬に酔った女をいたぶって楽しんでいたってわけか」
「だーかーらー」

めんどくさそうに舌打ちし反論しようとする銀時の胸ぐらを掴み、土方は顔を近付けた。

「てめぇを婦女暴行で取っ捕まえて、ぶた箱送りにしてやってもいいんだぞ」
「なに、土方くん。おたく、千草ちゃんが俺とイチャイチャしていたのがそんなに気にくわねぇの?」

土方の眉が微かに動いた。
お、ビンゴ。やっぱ分かりやすいね。
土方は挑発に乗りやすい性格だ。からかうと予想通りの反応を返してくれるので面白い。

「安心しろよ。なぁにもしてねぇって。おぼこのままだよ、あのこ」

素股はしたが、本番はしなかったので嘘は言っていない。
瞬間、土方の手が銀時の頭をわし掴む。抵抗する間もなく、机に叩きつけられた。
ぐわんと脳みそが一回転したような強い衝撃に、目の前が霞み意識が飛びそうになる。
普通なら意識が飛んでいても可笑しくはない衝撃だが、銀時は尋常ならざる体力がある男だ。
飛びかけた意識を繋ぎ留めることなど、造作もない。

「だまりやがれ」

怒りを孕んだ冷たい声が降ってくる。
くそが。胸の内で毒づいて銀時は半ば無理矢理上体を起こした。
口の中を切ったのか、口内に広がる鉄の味に銀時は顔をしかめ、口許を拭いながら土方を睨み付けた。

「けーさつが民間人を暴行するたぁ、こいつぁ大問題だぜ」
「はっ。言ってろ。かの有名な白夜叉殿にとっちゃ、この程度痛くも痒くもねぇだろ。てめぇにやぁ聞きてぇことが山ほどあんだ。その締まりのねぇ面と殺気をしまって、おとなしくしやがれ。てめぇが暴れてくれたお陰で宵櫻屋と猪組の奴等をひっ捕らえることが出来たんだ。悪いようにはしねぇさ」

目の前の椅子にどかりと腰を降ろした土方は煙草に火を点けた。どうやら、これ以上やり合う気はないらしい。
舌打ちし、銀時は頭をがしがし掻いた。

「あーあ、やだねぇ。協力してやったのにこの扱い。ジミー君。とりあえず、パフェ頼まぁ」
「ねぇよ、んなもん!」

煙と共に飛んできた土方の怒鳴り声を手で払い、鼻の穴に小指を突っ込んで盛大なため息を溢した。


夜六つの日暮れ時に漸く解放された。
一日ね拘束され続け、いい加減身体が悲鳴をあげていた。
帰って、風呂に入って、酒を一杯飲んで、それから……そんなことを考えながら、夕暮れ時のかぶき町を歩く。
万事屋の前に、女がひとり立っていた。
夕陽の逆行で顔は見えない。
依頼人だろうか。
銀時が階段を上がると、息を吹き掛け、寒そうに手を擦り合わせていた女が足音に気付き顔をあげた。

「千草ちゃん」
「銀さん、……よかった、帰して貰ったんですね」

千草は安心したように息をつき、それから深々と頭を下げた。

「あの、すいませんでした!私が、なんだか迷惑をかけちゃったみたいで……。良玄先生から聞きました。銀さんが気を失った私を診療所まで送り届けてくれたって」
「あー、まぁね」
迷惑というより、いい思いをしたが。
「映画館に行ったことまでは覚えているんですけど……」
「それ以降のことはなんも覚えてねぇの?」
「はい」
「全く?」
「ま、全くってわけではないんですけど……。あの……あの後……銀さんと、その……お、お茶屋さんにいって……」

千草はもにょもにょと口を動かした。伏せていた目を上げ、それからはっと顔を強ばらせる。

「あっ。銀さん、頬が腫れてる。……もしかして、私のせいで……」

おずおずと伸ばされた白い手。優しく頬に触れた指先は冷たかった。
いったい、どれほど待ったというのか。
記憶がないとはいえ、好きでもない男にセックス紛いのことをされたというのに。
急に千草がいじらしく思えた。

「千草ちゃんの手、冷ぇな」

冷えた手を掴んで、息を吹き掛ける。
千草の肩が揺れ、それまで青白かった頬が夕陽の色に染まった。
かわいいと思うと同時に、その初な反応を見せる女を崩してみたいとも思った。
銀時の身体の奥底から、沸き上がる熱。
あの恥辱にまみれた姿を、蕩けた顔がみたいと、甘い蜜を吸いたいと。 欲望が沸き起こる。

「まぁ、なんだ。立ち話もなんだし、入ってけよ。茶ぁぐらいはご馳走するぜ」

静かに頷く千草の肩を抱き寄せ、銀時はうっそりと笑った。



あの夜のことを全て忘れたわけではない。
銀時と茶屋に入った後、甘い雰囲気に押されて銀時と性的な関係を結びそうになったところまでははっきりと覚えている。
だから、千草は少々居心地が悪かった。
静まり返った薄暗い万事屋を見回して、いつもなら笑顔で出迎えてくれる存在がいないことに気付く。

「新八くんと、神楽ちゃんと定春君は?」
「お妙んとこだとよ。あいつら、俺がまた飲み歩いてると思ってやがる。ったく、ひとが面倒くせぇことに巻き込まれたってぇのに。ガキたちは呑気でいーよな」

銀時は頭を掻きながら言った。
ということは、銀時と二人きりということだ。益々居心地が悪くなって、千草は胸の前で手を握って背中を丸める。なるべく銀時とは視線を合わせないようにした。
そんな千草を背に、銀時は「茶ぁあったかねぇ」ぶつぶつ呟きながら、台所に向かう。
適当に座っといてよと促され、千草はソファに腰を降ろした。

「ほい。あんまいー茶じゃねぇけど」
「ありがとうございます」

茶を差し出した銀時が、どかりと腰を降ろした。何故か隣にだ。
男臭い汗の匂いがむんと漂って、千草はどきどきしていた。思わず身を引いてしまう。

「え?なに?俺、匂う?匂っちゃう?」
「いえ……」
「やだなー。丸二日と風呂に入ってねぇから、匂っちゃう?あ、加齢臭じゃねぇからね、これ。このヤニ臭さと酸っぱさは、あのV字野郎のせいだからね。あと野郎の集団のなかにいたからさ。銀さんもっとフローラルな匂いすっから」

ペラペラ喋りながら、銀時は立ち上がった。

「ちょっくら風呂入ってくっけど、まだ帰んなよ」

そう言って、のそのそとした足取りで風呂場へと向かった。
残された千草は盛大なため息を溢した。
変に意識してしまって、銀時の顔がまともに見れない。

ーーやだ、やだ、やだ。銀さんは銀さんじゃない。何も怖いことなんてないわ。いつも通りの接し方でいいのよ。

時計の音を聞きながら、そんなことを考えていた。

「お、ちゃんといるな。えらい、えらい」

風呂から上がった銀時は甚兵衛姿だった。自分の家なのだから当たり前なのだろうが。
はだけた合わせから逞しい身体が覗いて、思わず視線を反らした。
タオルでがしがし頭を拭きなが、銀時はまたしても隣に腰を降ろす。
嗅ぎ慣れた石鹸と柔軟剤の香りに、緊張が少しばかり和らいだ。
ーー良かった。いつもの銀さんの匂いだ。
安心する匂いに、胸を撫で下ろす。

「銀さん。本当にどこも怪我していませんか?念のために明日、良玄先生に診て貰ってはどうですか?銀さん、いつも無茶ばかりしているから……心配しているんですよ」
「だぁいじょうぶだって。なんなら、今診てみる?千草ちゃんだって医者だろ。お医者さんごっこなら付き合うよ。本当はナース服着けて欲しいけど、千草ちゃんみてぇなおとなしそうな顔した女医にお注射するのも悪かぁねぇな」
「……そんだけ言う元気があれば大丈夫ですね」
「おいおい、なんですか。そのゴミを見るような目付きは。千草ちゃん最近俺に対してドライじゃね?」

相変わらずよく回る口に、千草は益々安心してしまった。いつもの銀時だ。今まで緊張していたのが馬鹿らしくなってしまう。
肩の力を抜いて、警戒心を解いた。
それがいけなかった。
ふいに肩を掴まれた。驚く間もなく、引き寄せられ、硬い筋肉に覆われた胸板が目の前に迫る。

「千草ちゃんさぁ」

腹の底に響くような低い声で名を囁かれ、節くれた太い指が顎を摘まんで、上向きにされる。
赤い瞳と視線がかち合う。熱い眼差しは千草を捉えて離さない。視線をそらすことが出来なかった。

「もしかして茶屋であったこと覚えてる?」
「え、え、えと……あの、ぜ、全部じゃないん、ですけど……銀さんと、私……そのぅ……」
「えっちなことしたかって?」

ストレートな言葉に千草の顔が火照った。

「そうさなぁ」

銀時の指が頬を撫でる。
また、あの目だ。あの日茶屋でみた、色を孕んだ、欲望に満ちた目。
この目を向けられると、どうにも身体が熱くなって動けなくなる。

「こーいうことして楽しんでいたでしょ、俺ら」
「ひゃっ」

着物の裾を割って忍び込んだ熱い手が大腿を撫でた。

「あの後、最後まで出来なかったから。真選組の奴等が来てよ……。だから、あの夜の続きする?」

吐息を吹き掛けるように、耳許で囁く。後頭部に添えられた手が滑り落ち、優しくうなじをなぞった。 その丁寧で優しい愛撫に、千草はたちまち翻弄されていく。
だめだ、流されてはだめ。
頭の片隅で思うも、カラダは快楽を欲しがっている。

「そんな物欲しそうな顔してっと、止められなくなっちまうよ?」

千草が抵抗しないのをいいことに、銀時の手は段々と深いところまで潜り込み、足の付け根をなぞっていく。
くすぐったさと、もどかしい刺激に下腹部が疼き、蕩けてしまいそうだった。
下着が湿り気を帯びていくのを感じて、千草は羞恥に顔を染め、硬く目を瞑った。
銀時の指や、知らないはずの彼のカタチを想像するだけで、溢れ出る蜜。
太い指で触れて欲しい、太い熱で満たして掻き乱して欲しい。
カラダの奥底から渦巻くオンナの欲望に取り込まれてしまいそうだった。
だが、銀時はそれ以上の行為はしなかった。
千草が膝を擦り合わせ、物欲しげな眼差しを向けた途端、動きを止めた。

「はい、終わり。今日は此処まで」
「へぁ?」
「最後まではヤんねーよ。千草ちゃんさ、ハジメテは大事にしねぇと。その場の雰囲気に流されて、俺みたいなろくでもねぇ男に処女奪われるとか、後々後悔するよ?」

銀時は身体を離すと、中途半端な快楽を与えられて蕩けた顔を隠せない千草を見て「物足りねぇって顔してんな」うっそりと笑った。

「でもまぁ、セックスの手解きぐれぇはしてやってもいーぜ。また、気持ちよくなりたかったら、おいで?」

少しだけ乱れていた千草の髪をそれから撫でた。紡がれる言葉とは裏腹に、壊れものを扱うような、どこかぎこちなさのある優しい指で。



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