番外編.夜叉がきたりて、

前後の話に繋がりはない番外編なので、読んでも読まなくてもOK
・モブ♂視点で話が進みます。
・かなり外道な殺伐とした銀さん
・血生臭い描写、後味はあまり良くない
・夢主はあまり出てこないから夢要素は薄め
・攘夷時代捏造
以上を許せる方、殺伐とした外道な銀さん大好物だよコノヤロー!という方はスクロールして下さい。




五平という男は昔から何をやってもぱっとしない、目立たないやつだった。
名のある武家の三男坊で、剣の腕前はそれなりにあるのだが、三兄弟の中では一番出来が悪い。
家は長男である兄が継ぐし、二男の兄は頭がよく、江戸の大学へ進学すると家を出ていってしまった。
残された五平は特にやりたいことも夢もなくのんべんだらりと過ごす毎日を送っていた。親も兄も、そして村人たちも五平に特に期待もしていなかったので、五平が悪さをしようが女遊びに明け暮れようが何も言ってこなかった。

五平は三十を前に、流行りに乗って攘夷戦争に参加した。
剣の腕前にはそこそこ自信があるし、名を挙げれば親や村人も認めてくれるかもしれないと思っていたのだが。想像を絶する地獄に早々と根を上げたくなった。
しかも、自分より一回りは年下の青年たちが統率を取っているのだ。なんで年下の餓鬼につかなきゃなんねぇんだと不満めくが、回りの奴らは彼らを支持し、ついていった。特に白夜叉と異名を付けられた青年の存在は、違う部隊に所属していた五平も知るほど名を轟かせていた。白夜叉を武神のような存在として崇める者も少なくなかった。

ーー白夜叉っつたって、所詮は餓鬼じゃねぇか!

自分にはないカリスマ性を持った年下の青年たちに五平は嫉妬のような感情を抱くようになった。
しかし、命は惜しいので直ぐに除隊し田舎へ逃げ帰る。
なにも功績もあげずに逃げ帰ると、親や村人たちから呆れられると思い、道中わざと掌に大怪我をして、これでは刀が握れないと理由をつけたが、それでも特に何も言われることはなかった。

ーー所詮、俺はいてもいなくてもいい存在なんだ。

そんな田舎に嫌気がさして、五平は江戸に上京し、詐欺紛いの仕事を生業としながら特に代わり映えのない日々を過ごしていた。

「お登勢さん、ほんとうに助かったよ。ありがてぇ」

今日も五平は頼りない笑みを浮かべ、へこへこと頭を下げる。
お登勢と呼ばれた女は煙草の煙を吐き出すと同時にため息を溢す。

「あんたも馬鹿だねぇ。もう此に懲りて変な連中とつるむのはやめなよ」
「わかってるよ。俺だってもう懲り懲りだ。借金片して田舎に帰って母ちゃんに親孝行でもするさ」

五平は金の入った茶封筒を懐に仕舞い、お登勢に深々と頭を下げた。

ーー全く、ちょろいババアだ。
頭を垂れた下で、ほくそ笑む。
田舎の母親が病気をしてしまったが、やくざものに借金をこさえてしまい帰れないと泣きながら話せば、お登勢はすんなりと金を工面してくれた。
噂には聞いていたが、此れ程までお人好しとはと内心呆れる。

かぶき町に拠点を移してからはや数ヵ月。五平はやくざものとつるむことが多くなった。ならず者が集まるかぶき町では五平のような連中は沢山いる。かぶき町で生き残る為には、やくざに取り入ることが一番だと、辰樹組というやくざの幹部のひとりに媚を売っていた。
かぶき町の一画や、その周辺に島を持つやくざにとって、かぶき町四天王のひとりであり、かぶき町いったいを支配する溝鼠組の組長と昔馴染みというお登勢は邪魔な存在であると知った五平は先ずお登勢に詐欺を働こうと思ったのだ。


スナックお登勢を出ると背後から五平さんと呼ばれた。振り返ると、容姿は平々凡々だが柔らかな雰囲気が男受けしそうな女が手を振っていた。松本診療所で働く千草という娘だったか。松本診療所には数回、世話になっていた。
五平はへらへらと笑って「やぁ、千草さん」と手を挙げる。
その横には銀髪の男がひとり。
坂田銀時、お登勢の番犬……。
五平は内心焦った。お登勢の番犬は滅法強いときく。

「もう、お怪我は大丈夫なんですか?」
「ああ、もう大事ないよ。松本先生の腕がいいからね。処で千草さん。そのあんちゃんは千草さんの彼氏かい?隅におけねぇな」

からかうように言えば、千草の顔が朱に染まる。

「違いますよ。銀さんは只の知り合いです」
「え、そんなきっぱり否定する?酷くね?傷ついたなぁ。銀さん、傷ついたわ。千草ちゃん、責任とってよ」
「ぎゃ、お尻触らないで下さい!」
「はは、若い二人の邪魔をしちゃ悪いから、おじさんはもう失礼するよ。じゃ、松本先生に宜しくね」

苦笑を浮かべ、五平は踵を返す。
お登勢の番犬は強いと聞くが、目の前の男は死んだ目をして女に現を抜かすような若造ではないか。なんてことない野郎だ。

五平は、ふとある事を思い付いた。
かぶき町の町医者、松本良玄は真選組お抱えの医者と噂にきく。真選組はやくざからも疎まれている存在。
松本の妻である富と、助手の千草を人質にとって、松本に真選組に関する情報を吐かせる。
その真選組の情報を辰樹組へ献上すれば、親分に気に入られるのではないか。
腕のいい医者ではあるが、所詮はおいぼれ。
跳ねるように辰樹組の事務所に向かって、幹部の吉次に思い付いた計画を話す。いい考えだと、吉次は直ぐに計画を呑んだのだった。


いよいよ、明日が決行という日の夜半。
五平は吉次の事務所で入念に練った計画の最終確認をしていた。
明日の夜中、診療所に忍び込み眠っている松本夫妻と千草を襲う。
きっと松本は口を割らないであろうはずなので、彼の目の前で千草を犯してやればいいだけのこと。娘のように大切にしている千草が数人の男に輪姦される姿を見たらきっと許しをこうて、口を割るはずだろう。

「五平、てめぇも中々下衆なことを考えるじゃねぇか」
「攘夷には興味ないんだけどね、真選組がいなくなったらいなくなったであんたらやくざものは動き易くなるし、俺だって仕事がし易くなるし万々歳だ」
「ちげぇねぇ。しかし、まぁ女を犯すってのは酷いねぇ。まぁ、松本んところの助手の女ってぇと、おとなしそうな面したやつだろ。そんな女が男に輪わされて泣き叫ぶ姿ってぇのはたまんねぇけどよぉ」

吉次は下卑た笑みを浮かべた。
これで何もかも上手いこと進めば、俺は辰樹の親分に気に入られる!五平は内心で高笑いをする。
突然、夜の静寂を切り裂くような叫び声があがった。
五平と吉次がはっと顔を見合せ、五平が事務所に飾ってある日本刀を取ったがはやいか。
事務所のドアが凄まじい音を立てて破壊される。

「あ、兄貴ぃ!かちこみですっ!」

手下の男が顔を青ざめさせながら入ってきた。刹那、男の身体が軽々と飛び、五平と吉次の頭上を越えて、天井にぶちあたる。あまりの展開に事態が飲み込めずにいると、薄暗い闇の中から、長身の影がぬらりと現れた。

「なんだ、てめぇ!!」
「なんだ、ちみはってか。どーも、通りすがりイケメンですぅ」

間延びした声、凡そやる気のない死んだ魚のような目。四方八方に跳ねた銀髪。お登勢の番犬、坂田銀時がそこにいた。手には木刀を持っている。木刀の先から、血が玉を作って流れ落ちていた。

「てめぇ、お登勢んとこのっ」

懐から短刀を取り出した吉次が銀時に斬りかかるが早いか。吉次が身体は宙を飛び、弧を画いて床へと落ちる。

「てめぇに用はねぇよ」

銀時は吉次の腕を掴みあげた。ぼきりと骨の折れる音、吉次の耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。
銀時は表情を変えず、吉次の腹を蹴りあげ、ぞんざいに扱う。そして、だらりとした視線を五平に向けた。

「俺が用があるのはね、あんただよ。五平さん。あんた、ババア騙くらかして金取ってるらしいじゃねぇか。ババアもババアでお人好し過ぎんのがよくねぇと、俺は思うけどさ、一応、あのババアには恩があるからね。返しきれねぇぐれぇの。だから、俺はババアを陥れようとするヤツが許せねぇわけ」

それと、と銀時は呟いて足元に転がっていた刀を拾う。木刀は自分の腰におさめた。

「……松本せんせーの奥さんと助手の女を人質にとって、松本せんせーに真選組のことを吐かせるって計画も、どうかと思うぜ俺ァ」

何故、それを知っていると五平は問いただしたいが恐怖で声が出なかった。
銀時はくつりと笑う。

「でも、その計画はおじゃんだな。なんせ、朝になる頃にやぁ、おっさんはもうこの世にはいねぇから」

色も感情さえもない声だった。
男から放たれる殺気は尋常じゃない。
全身から汗が吹き出すのが解った。冷たい汗がいく筋も背中を伝う。
これは以前あった坂田銀時かと五平は疑いたくなった。
死んだ魚の目はそこにはない。
紅い瞳は綺麗に弧を画いているのに、厭に冷たく感情のない深い闇を宿していた。
鈍色に光る刀を片手に、ゆっくりとした足取りで五平に近づく銀時は、まるで悪鬼のようで……。

血が付着した銀色の髪、生き血を滴らせたかのような紅い瞳。

「まさか、白夜叉....!」

伝説にも近い英雄が、目の前にいる。五平は思わず叫んでいた。

「へぇ、おっさん。俺のこと知ってんだ」

白い夜叉は薄く嗤う。
いい知れぬ恐怖が五平を襲う。
股間がじんわりと湿るのを感じた。四十になる男が圧倒的な殺気に気圧され、失禁をしたなど武士として恥ずべきことなのだろうが、今の五平には関係のないことであった。ただただ目の前の白い男に畏怖を抱き、逃げたい衝動に刈られる。しかし、腰が抜けてしまって立てない。

「ひっ」
「おっさんもさぁ、運が悪かったよね。本当は殺すつもりじゃなかったんだけどね、ババアは愚か、千草にまで手を出すのはダメだわ。しかも、輪姦とか……ゲスなこと考えるねぇ、あんたら。あれはさ、俺のなの。てめぇらみてぇなのに渡すわけにゃいかねぇ」

銀時の紅い瞳か鈍く光る。どこか禍々しさを感じた。狂っている。この男は何処か狂気じみていると五平は生唾を飲み込む。
命乞いをしても許して貰えるような相手ではない。
振るえる手で五平は刀を握り、なんとか腰を奮い立たせ立ち上がる。

「お、なんだぁ。やる気か?圧倒的な力の差を見せつけらても逃げねぇなんて、おっさん、中々根性あるじゃねぇか」
「い、命乞いをしても許してくれねぇだろ?こ、これでも武士の端くれでね」

右手を刀の柄に添え、足を開いて腰を低く落とす。居合いの構えだ。
足の振るえを抑えるのがやっとだったが。

「ふーん、居合いか」

それでも余裕綽々とした銀時の口調に、苛立ちを覚えた。
白夜叉を斬ってしまえばいいのだ。
白夜叉を斬れば、俺の名はやくざは愚か攘夷浪士どもにも知れ渡り一躍有名人だ!みんな俺にかしづくだろうよ!

ひゅ、と空気を切るように銀色が動く。それを視界で捉え、同時に五平は抜刀する。ざくり、と肉を斬る感覚がした。五平の視界に鮮血が渋く。

斬った!あの白夜叉を斬ったぞ!!

五平は嬉々とした笑みを浮かべるが、声が出ない。
変わりに、口の端から血が流れ落ち、腹部に焼き付くような痛みが走った。視線を下方に転じれば腹部から臓物が飛び出していた。

「あ……」

自分が斬られたのだと悟った時、五平の身体は血の海に崩れ落ちる。

「あー、畜生。いてぇ。肩斬ったわ。……ま、いっか。千草ちゃんに手当てしてもらう口実が出来たし」

銀時が肩を押さえながらぼやく。五平は確かに銀時の肩を斬ったのだが、もう呼吸をすることも儘ならない五平には分からなかった。


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