八.伽羅きゃらの座敷 前*

冬の気配が見え始めた秋の暮れの頃。松本から休暇を渡された千草は特に宛もなく、江戸の町をうろついていた。小洒落たカフェで少し早目のランチを取った後、小間物屋だとか呉服屋に寄ってみたが、元々物欲があまりない千草は特に買うものもなく、早々と店を出る。
何もすることがない。暇だわ。
でも、早く帰っちゃうと先生に追い返されちゃうし。
何処へ行こうか、悩みながら歩いていると電柱の影に隠れながら鼻をほじる銀時を見つけた。
何をしているんだろう。
思いながら千草は銀時に声をかけた。

「銀さん、今日は」

銀時はだらりとした視線を向ける。

「よう」
「怪我はもう大丈夫なんですか?」

先日のあの大怪我の時からもう半月が経つ。松本には一ヶ月は安静にと言われていたが、銀時はケロリとした表情で「平気。もう傷も塞がっちまった」と言った。

「ところで、何をされてるんですか?電柱に隠れて……怪しいったらありゃしないですよ」
「最近の千草ちゃん俺に対して辛辣だよね。まー、いいけど……。不倫調査の依頼だよ、依頼」

指の先についた鼻くそを弾くと、通りすがりの男の肩に引っ付いた。

「ま、丁度良かった。千草ちゃん、今、暇?」
「ええ。良玄先生からお暇を出されちゃって。でも、なーんにもすることがなくて暇なんです」

千草が苦笑しながら答えると、銀時はニヤリと口端を持ち上げた。この顔は絶対に良からぬことを考えている。千草は悟った。
面倒事に巻き込まれる前に逃げよう、と足を動かそうとした刹那。

「そうか。なら、良かった」

銀時の手が伸びてきて、肩を掴まれる。

「ちょっと俺に付き合ってよ」
「へ?」
「依頼人の嫁さんが、不倫相手と、あの店に入っちまってよ。どーしようかなぁとの思ってたんだよね。野郎ひとりじゃ入り難ぇとこだし。ってなわけで、今日一日、俺と千草ちゃんは恋人同士な」
「こ、恋人!?って、ちょっ……銀さん!?」

千草の返事も待たず、銀時は千草を引きずって目の前にあるカフェへと足を進めた。

「いらっしゃいませー。二名様ですか?」
「あ、今やってるこのカップル限定のやつ二つお願いしまーす」
「かしこまりましたぁ!カップル限定、食べ放題ですね!こちらへ、どうぞー」

なるほど。そういう理由か。
可愛らしい給侍服を着た若い店員と銀時のやり取りを傍らで眺めながら、千草は口元を緩めた。
カップル限定のケーキ食べ放題に甘党の銀時なら飛び付かないはずがない。

ーー何もすることがなかったし、いいか。

通された席に座るや否や、出されたお冷やを一口飲んだ銀時は早々「ケーキ取ってくる」と嬉々とした顔で席を立ち、ケーキが並ぶ机へと向かった。娘たちの群がりのなかに、銀髪の頭がぽこんと浮かぶ。

「なに、このおっさん!」
「マジで邪魔なんですけどぉ!」

なんて声が聞こえてきて、千草は思わず吹き出してしまった。

「野郎ひとりでこんな場所に来れるわけねぇからよぉ。千草ちゃんがいてくれてよかったぜ」

と、皿一杯にケーキを盛って戻ってきた銀時がにこにこと笑いながら言った。

「千草ちゃん、ケーキ食わねぇの?」
「いや、私はお腹いっぱいで……」

もさもさとケーキを頬張る銀時を見ているだけで満腹中枢が満たされてしまう。
それに先程、昼御飯を食べたばかりなので然程、お腹は空いていない。
千草は紅茶だけを頼んで、それをちまちまと飲んでいた。物凄い勢いでケーキを平らげる銀時に呆れる。万事屋はそんなに飢えているのか。

「そう言えば、神楽ちゃんと新八くんは?一緒じゃないんですね、珍しい」
「新八はお通ちゃんのライブでいねぇし、神楽は友達と遊びに行くっつて朝から出掛けてんだよ。だから、こーして、俺が働いてんの!」
「ふふ。万事屋のお父さんですもんね。頑張って稼いで、二人に美味しいもん食べさせてあげて下さいな」
「働くもの食うべからず。うちはそんなに甘くねぇの」

万事屋のお父さんと呼ばれたことを否定しないあたり、自覚はあるのだろう。千草はころころと笑った。
紅茶を飲み終えた頃、依頼人の妻ーかなりの美人だーと、その不倫相手ー強面顔で、やくざだと銀時が言っていたーが席を立つのに気付いて、千草は慌てて銀時に声をかけた。

「銀さん、二人がお店出ますよ!」
「げ。早ぇな。俺、まだ食ってねぇんだけど」
「三皿分のケーキを食べたら十分です!それに、お仕事をちゃーんとこなして下さいっ!」

物足りなさげに、唇を尖らせ渋る銀時の腕を引っ張って無理矢理立たせる。
カフェを出た二人は、どうやら今度は映画館に行くようで、千草と銀時も同じ作品の、同じ上映回で映画をみることになった。先程のカフェでの代金は珍しく銀時が支払ってくれたので、チケット代は流石に申し訳ないとチケット代を払うと申し出たが「いーって。いーって。どーせ、依頼人が全て払ってくれんだし」と、また交わされてしまった。

ーーこれじゃ、まるっきり銀さんとデートしてるみたい。

この世界へ来てから、映画を観るのは初めてで、実のところ千草は嬉しかったのだが。
映画は、とある人気作家が新作を書くのに息詰まって、休暇がてら家族を連れて田舎の別荘へいくが、そこで悪魔にとりつかれ、斧を振り回して家族を追いかけ回すという内容だった。
何だか似たような映画を、あちらの世界で観たことがあるような気がする。人気作家。別荘。悪魔。斧。追いかけ回される妻と子。殆んど一緒だ。俳優は違うし、制作はQブリック星という惑星らしいが。

ーーなんだ、Qブリック星って。もう完全にあの監督の名前じゃないの。

千草はジュースを飲みながら、ぼんやりと思った。

ーー此処で、双子の女の子が出てくるんだよね。

不気味な双子の少女たちが大画面に映し出された時だった。ふいに、手を掴まれた。思わず声が出そうになったが慌てて呑み込んだ。骨ばった武骨な手。銀時の手だ。汗ばんで、微かに振るえていた。
怖い場面になると、銀時の手に力が入る。

ーー銀さんってば、怖いのが苦手なのかなぁ。

意外だった。普段、飄々としていて掴み所のない銀時が、典型的なパターンが詰められたホラー映画に怖がるなんて。
ふふ。振るえちゃって。何だか、可愛いなぁ。
こんな展開が読めそうな場面で怖がるの?
なんかエロイムエッサイム!とか言っちゃってるし。はー、可笑しい!
千草は込み上げてくる笑いを抑えるのに必死で、後半は殆んど映画に集中出来なかった。


上映終了後の銀時の顔は青ざめ、上映開始前と比べると、見事にげっそりとしていた。

「勘弁してくれよ、マジでなんだよ、詐欺じゃねぇか。ポスターみたら家族が仲良く旅行にいく話じゃなかったのかよ」
「旅行に行ったじゃありませんか」
「地獄への家族旅行だろ!?ポスターでホラーなんて分かるわけねぇよ」

因みに、ポスターは夫婦と子供が仲良く手を繋いで、別荘へいく場面を切り取ったものである。隅に小さく『これはホラー映画です。決してひとりではみないで下さい』と注意書が書かれていた。
千草は気付いていたのだが、銀時がまさか怖いのが苦手とは思わず、敢えて言わなかったのだ。

「銀さん、怖かったんですか?」
「はぁぁ?怖くねーし?ただちょっとおっさんの顔にちびっ……吃驚しただけだっての!千草ちゃんが怖いかなぁーとか思って手ェ握ってただけですー!」
「はいはい」
「ほ、本当だからな!俺ぁ、悪魔とか幽霊とか非科学的なもん信じてねぇから。怖くなんてねぇよ!あ、ちょっと待って。厠行きたい。ここの厠暗いからさ、千草ちゃん、ついてきてよ」
「……」
「うそうそうそ!だから、そんな蔑んだ目で見ないで!ちょ、一瞬で戻ってくるから、二人を見逃すなよ!いいな!」
「はいはい。早く戻ってきて下さいね。あの厠、逢う魔が時になると異界に通じるって噂があるんですよ」
「ねぇ、やめて。千草ちゃんさ、そんな子だったけ。あ、おっさんが入ってた!あのおっさんが異界に行ったら心配だし、俺、ちょっと見てくるわ!」

厠へ飛んでいく銀時を見送った後、千草は堪えきれずに声を上げて笑った。



宵の刻。二人が向かった場所は町外れにある一軒の料亭のような建物であった。木造建築はかなりの築年数を思わせるが、檜木で出来ているのか、ボロさは感じさせず、敷居の高い老舗のような雰囲気がある。いくらなんでも、こんな高そうな場所……と入るのを躊躇っていると、銀時に肩を抱かれた。

「ひぇっ!?」

驚いて声をあげると、銀時はお伽噺に出てくるような猫のように、にんまりと笑う。

「恋人らしくっつたろ?」

先程まで、怯えていた銀時が急に雰囲気が変わるものだから、千草は不覚にもどきりとしてしまった。銀時に促されるように、立派な門構えを潜る。
出迎えたのは、蛇のような顔をした初老の男だった。

「いらっしゃい。おや、銀時はん。お久しぶりやささかい。くたばってしまったかと思ってましたわ。今日はまた、可愛らしいお嬢さんをお連れで。やりますわなぁ」

西の訛りがある男は長煙管を吹かせながら言った。

「おー……。なぁ、おっさん。さっき人妻の色気が眩しい女と、厳ついおっさんがきたろ?」

男は答えない。だが、銀時は気にせずに話を続けた。

「ま、いっか。空いている座敷でいいわ。あと、酒を頼まぁ」

銀時がひらりと手を振ると、男は紫煙を吐き出して、ゆっくりと頷いた。




「昔な、あのおっさんに用心棒として雇われていたことがあんだよ。で、たまぁにサービスして貰ってんだ」

銀時は言った。あの親父が無言だったということは、あの二人はこの店にとって、大切な上客であると。
さて、千草と銀時が通された座敷は薄い紅を基調とした内装であった。隅には屏風がひとつ。屏風の先は薄暗い。座敷には伽羅の匂いが立ち込めている。

ーーなんか、料亭って感じでもないし、なんだろう。

壁に寄りかかりながら酒を煽る銀時に視線を向ける。
行灯の仄かな灯りに照らされ、お猪口に口をつける姿が妙に色っぽい。

さっきまで、あんなにガタガタ震えていた癖に。急に色っぽくなって……。

腰のあたりがむず痒くなるのを感じて、落ち着かない。千草は立ち上がって、部屋の障子窓を開けた。冷たい空気が顔に掛かる。流石に、もう夜は冷える時期だ。ほぅ、と息を吐いて、夜の空を見上げる。薄い闇に浮かぶ月は、金色の輝きを煌々と放つ。窓の外を一瞥する。河岸に生えた紅葉の木が、直ぐ近くまで枝を伸ばし、望月に紅葉が映える。ゆらゆらと揺れる水面には月が落ちていた。

「綺麗」

千草は溜め息を溢した。
丁度、千草が顔を出している障子窓が河岸に面している為か、江戸の街明かりもあまり入ってはこない。河のせせらぎや、何処か遠くでサイレンの音が聞こえる以外は、静寂に包まれていた。

ーーたまには、こんな休暇も悪くないかもしれない。

窓枠に寄りかかりながら、千草は思った。
銀時の仕事に付き合わされたが、正直、楽しかったのだ。

いゃぁん。もう、入れてぇ。欲しいのぉ!

隣の座敷から、女の矯声が聞こえ、千草は飛び上がらんばかりに驚いた。
慌てて後方を振り返ると、銀時は至って普通に酒を啜っているのだ。

「此処ってさ、そーいうことをする茶屋なんだよ。だから新八と神楽は連れては来れねぇんだわ」

けろりとした顔で銀時は言った。

「そ、それって……つまり」
「そ。出会い茶屋。つまりはラブホってわけよ」

なるほど。衝立の向こうが薄暗いのはその為か。千草は妙に冷静に納得してしまった。衝立の向こう側に、布団が一組敷いてあって、其処で事をなす。昔、観た時代映画にそんな場面があったような気もする。宇宙人が襲来して千草の世界となんら代わりない文明が発展していようが、やはり江戸なのだ。

「な、なんだか……こーいうの、情緒がありますね」
「……あれ、なんか嬉しそうな顔してね?俺はもっと茹で蛸みてぇに真っ赤になってる千草ちゃんが拝める事を期待していたんだけど」
「……な、なりません!私だっていい歳なんですから。そんなことで一々、動揺なんてしてられませんよ」

千草は唇を尖らせた。動揺していないわけではないが、それを銀時に悟られるのは悔しい。

「……だから、警戒心なさ過ぎっつてんだろ」

銀時の呟きは壁の向こうからする矯声にかき消される。

「え?何か言いましたか?」

千草は首を傾げた。

「……なんでも。さて、千草ちゃんには人芝居打って貰わねぇとな」

太い腕が背後から伸びてきて、抱き締められた。

「ラブホと違って、壁が薄いからさぁ。こっちからあんあん聞こえなきゃ怪しまれるだろ。だから、ちょっくら協力してくれ」
「な、何言ってるんですかっ……ちょっ、銀さっ……あっ!」

襟を引っ張られ、露になった肩口に銀時の生暖かい舌が這う。柔く歯を立てられ、ちぅと音を立てて吸われる。たったそれだけの愛撫だが千草にとっては初めて体験する感覚だった。身体の奥から込み上げてくる熱に痺れ、千草はぶるりと身を震わせた。忽ち、身体の力が抜け、抵抗出来なくなる。

「千草ちゃんさ、流され易いタイプでしょ」
「ち、違っ、あっ」

ぬろ、と耳の裏に舌が這う。耳朶を嵌まれ、耳の穴に舌を差し込まれ掻き回される。淫らな水音が直接、脳内に響き、千草はぶるりと背中を震わせた。たまらず漏れる声。身体が徐々に熱を帯び始める。

「……月明かりに照らされる女の白い項っての、たまんねぇよなぁ」

項に柔く歯を立てられる。ひゃあっ、と小さな悲鳴を上げれば、背後から面白がるように喉を鳴らして笑う声がする。

「へ、変なこと言わないで、下さいっ」
「男は、そーいう生き物なんですー。月明かりの下、女の白い身体を拝むのも悪くねぇけど。夜は冷える。それに、どっかの誰かが俺たちの秘め事を覗き見してるかもしれねぇし。俺は見せつけても構わねぇけど、千草ちゃんが嫌だろ?」

言いながら、銀時は片腕を伸ばし、障子を閉めた。薄暗い部屋の中、行灯の仄かな灯りと、障子を突き抜けて差し込む月光。隣の部屋から聞こえる女の矯声。

「千草」

耳の穴に息を吹き掛けるように、銀時が低く甘さを含んだ声で囁いた。たった其だけのことなのに、千草の背筋は粟立ち、全身の力が抜ける。

「……嫌なら全力で振りほどけよ」

低い声で銀時がぽつりと呟いた。此から為す行為が遊びではないと示すかのような真剣な口調。
肩を抱き締める太い腕は女の細腕でも簡単に振りほどける力であった。しかし、まるで壊れものを扱うような優しい包容に千草は抗うことなど出来なかった。

「……み、耳元で、喋らないでっ……きゃっ」

腰を掴まれ、軽々と胡座をかいた銀時の片膝に乗せられる。其処で、漸く銀時の顔を見ることが出来た。
朱に染まった目許。ぎらりと輝く獣のように紅い瞳が、熱っぽい視線で千草を見詰めていた。
大きな手が千草の頬をするりと撫でる。剣蛸のある硬い掌。しかし、暖かな温もりが心地好い。
千草は思わず、ぎゅっと目を瞑った。
ふ、と息を漏らすような笑い声が聞こえ、目許に柔らかな口付けが落ちる。
熱をもった指先が首筋を撫で、着物の上を滑る。身体の曲線に沿って、ゆっくりと滑り落ちる指先は着物の裾を割って、柔肌に触れ白い太腿と脛を撫でた。

「ふぁ、……く、くすぐったい」

くすぐったさに身を捩る。同時に妙な感覚が身体中を駆け巡った。
千草の反応に気をよくした銀時は執拗に股の付け根を攻める。

「そ、そこ、ばっか……だめっ」

先程から、身体が焼けるように熱い。下腹部がきゅう、と締め付けられじんわりと疼いた。足の間が湿り気を帯びる。
座敷に漂う伽羅の匂いと、濃厚な蜜の匂いに頭がくらくらとして思考が追い付かない。
銀時の指先が千草の唇をなぞる。

「……指、舐めて」

有無を言わさない声だった。おずおずと、舌を出し、銀時の節くれだった指を舐める。酒の味がした。くらりと千草は軽い酩酊感に襲われる。酒を味わうかのように、銀時の指を数度、舐め口内に含む。刹那、銀時がはぁ……と艶めいた息を吐いた。

「それ、やべえっって」
「……ふぁ?……ん、んん!?」

咥内に含んだ銀時の指が、舌を撫で無縁に掻き回される。じわりと涙が滲んだ。

「悪ぃな。千草ちゃんの指フェラがあまりにも気持ちよくてよォ。可愛いお口を犯したくて、たまんなくなっちまった」

透明な糸を引きながら、咥内から指が抜かれる。

「なぁ、キスしていい?」
「……っ、そ、そんなこと、聞かないでくださ……ふっ……んむ……」

応える前に銀時の唇が押し当てられた。啄むような口付けを何度かされる。しどけなく開いた口の隙間から舌がぬるりと侵入してきて、上顎を舐め、歯列をなぞる。舌を絡め、吸う。好き勝手に咥内を弄ばれる。銀時が舌を絡めてくる度に、ぴちゃぴちゃと隠微な水音が静かな座敷に小さく響いた。

「ん、はぁっ……ぎ、ん……さん……ふぁ」

あの夏の日の夜、万事屋でされた以上の激しく濃厚な口付けだった。脳髄は痺れ、口端からは誰のかも分からぬ唾液が零れ落ちる。
銀時の舌に応えるのにやっとだった。
甘美な口付けに全身が蕩ける感覚に襲われ、千草はくったりと銀時に寄り掛かった。

「キスだけで、イッちまった?」

からかうような口調に、最早応える気力はなかった。そんな千草をいいことに、銀時は胸の合わせの中に右手を滑り込ませ、柔らかな膨らみを掌で包み込んだ。
銀さん、だめ、とか細い声で啼いた千草が銀時の手首を掴んで制するも、銀時は然して気にもせず、やわやわと絶妙な力加減で乳房を揉んだ。

「や、だぁ……あっ、はぁっ……」
「嫌なら、全力で振りほどけっつたろ。はー。千草ちゃんのおっぱい、最高に気持ちいいわ。手に吸い付いて、つきたての餅みてぇ」

銀時の掌で弄られ続ける乳房の頂きが固く尖り始める。

「乳首、立ってる。なに、おっぱい揉まれて感じちまった?」
「ち、違っ……ひゃあ、ん!」

銀時の指先が乳首を探り当て、きゅぅ、と摘まんだ。瞬間、千草の肩は大きく痙攣し、蕩けるような啼き声をあげた。
くるくると捏ね回され、更に固く尖る胸の飾り。
股の間から、とろとろとぬめった蜜が零れていく感覚に千草は膝を擦り遇わせた。
触って、欲しい。この節くれだった指で、はやくこのもどかしい感覚をどうにかして欲しい。

「あ、あっ……いや、銀さん、……銀さんっ……」

切なげに喘ぎながら銀時を呼ぶ。
それに気づいたのか、銀時がくつりと喉を鳴らして笑った。

「なに、千草ちゃん。触って欲しそうな顔しちゃって。もしかして、濡れ濡れだったりする?」
「そ、そんなんじゃ、」
「千草ちゃんが前戯して欲しいっつうなら、俺の指、入れてぐちゃぐちゃに掻き回してやってもいいぜ……と言いてぇ、ところだけど。今夜はお預けだな」

もはや腰も立てなくなった千草を膝から降ろし、自分が着ていた丹前を肩の上にかけてやる。傍らに立て掛けてあった木刀を手に取り、よっこらしょと言いながら立ち上がった。

「どーやら不貞な野郎達が俺たちの秘め事を盗み見てマス掻いてやがるみてぇだ」

その声が皮切りに、座敷の襖が何者かによって蹴り倒された。

「よぉ、兄ちゃん。邪魔するぜぇ」

立ち込める煙のなか、ぬらりと入ってきた影。
ゆうに二尺は越える程の大柄な男。その背後には柄の悪い舎弟たちが数名控えていた。





「あーあ。襖、壊しちまいやがって。俺、知ーらね。おたくら、弁償しろよ」

銀時はだらりとした口調で言った。木刀を肩に担ぎ、覇気のない死んだ目を向ける。
巨体の男の前に立つと、筋肉質な銀時でさえ細く、なんとも頼りなく見える。

「兄貴ぃ、こいつ、お登勢んとこの……」
「あのババアの狗か。あんちゃん、いいところで邪魔して悪いけどよぉ。真っ昼間から若のことを付け回して何が目的だ」
「別に。俺ぁただ、デートを楽しんでただけだっての。デート終わりの恋人が夜にするっつったらひとつしかねぇだろ?これから本番だってぇのに邪魔しないでくれる?」

小指を鼻の穴に突っ込んで、鼻をほじる。
完全に舐められている。男の額に青筋が浮かんだ。

「ささ、帰った。帰った。あ、襖の修理代は払っとけよ。俺、金ねぇから」
「ふざけたことを言いやがって。お登勢んとこの番犬だろうが知ったこっちゃねぇ。てめぇを痛め付けた後、目の前でその女が犯されてるのを見せてやるよ。ついでに、てめぇんとこのガキをヤッて、お登勢のババアの店にでも暴れにい」

刹那。それまで下卑た笑みを浮かべていた男が消えた。
否、銀時が木刀で薙いだのだ。
その巨体は壁にぶち当たり、意図も簡単に隣の座敷への侵入を許してしまう。
何時動いたのかさえ、視界で捉えることが出来なかった。
自分より図体のデカイ男を腕一本で薙ぎ飛ばしてしまった。その尋常ならざる腕力に、舎弟達は絶句する。

「俺のもんに手ぇ出してみろ。てめえらの組、丸ごと潰してやる」

感情さえ読み取れない色のない声だった。先程まで、女相手に卑猥な言葉を囁いていた男とは思えない程、冷たい色をしていた。紅い瞳は抜き身の刃のように鋭く、氷のように冷たい。
ゆらゆらと陽炎のように立ち込める殺気に、気圧され、男達は後ずさる。ひ、と誰かが短い悲鳴を漏らした。
勝てない、と誰もが思った。
この白い鬼に、勝てるはずがないと。
そんな中、一人の小男が自分ひとりでも逃げてしまおうと、塊の中からこそこそと抜け出していた。
巨躰で恐れられていた兄貴を木刀一本でぶちのめしてしまうなんて人間業じゃない。やくざだろうがなんだろうが、あんな鬼に、勝てるわけがない。
こんな処で死んでたまるか、と卑怯な小男は思った。

ふと、部屋の隅で怯えたように、不安な顔で小さくなっている千草を見つけた。
男は思った。今、この隙をついてあの女を捉えることができたらと。隣の座敷から外へ出て、障子窓から侵入し、背後から女を羽交い締めにすればいいだけのことだ。自分とあまり体格の差はないが、所詮は女。男の力に敵うはずもない。

親父殿から、すばしっこくてまるで鼠のようだと言われていた俺にしか出来ないことじゃねぇか。
あの女を人質に取りさえすれば、この白髪は抵抗出来なくなる!

小男は下卑た笑みを浮かべながら足音を忍ばせ、隣の座敷へと足を進めた。
刹那。肩口に焼けつくような痛みが走った。悲鳴を上げる前に腹を蹴りあげられ、ドスンと壁に当たる。

「旦那ァ。ひとりで楽しもうなんざ、駄目ですぜぃ。俺も混ぜて下せぇ」

緊張感が微塵も感じられないほど、間延びした声。
黒い服に身を包んだ、男を視界に捉えた瞬間。小男は向かいの障子に血を渋かせ、息絶えた。




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