ダメな三人

いつまでも愛







右手の中指にイボができたという秀吾の報告を聞いてお前はアホな子やねとせせら笑うより先にあほかお前は!と怒鳴った俺に幼馴染は、四角張った顔に不釣合いなほどつぶらな瞳をぱちぱちさせた。当の本人だけじゃなく新田一の曲者海音寺某君もびっくりしたように俺を見るのでそれだけで今自分がどんな顔をしているのかわかってしまったのだが、中指に白いくたびれたガーゼを巻いた男はただの中学三年生ではない、岡山でその名を知られている強豪横手の四番、門脇秀吾なのだ。聞き手の指に傷を負うなんて何を考えているのだろうと一介の五番バッターである俺だって思わず激昂してしまうのもおかしい話じゃなかった。
「よお瑞垣」とカラオケの帰りに、フットワークの軽さは新田内に留まらないらしい海音寺と田中さんの田んぼの前で遭遇して死にてえとと思いながら世間話に興じているふりをしていたとこへ、ランニング中の見知りすぎた顔見知りが通りかかったもんだからこれ幸いと限りなく不毛な輪に引きずり込みもうとしたのに、「よお俊、」などと言っていつものくせで右手を挙げるお馬鹿な男のせいでその算段は崩れてしまった。っていうかお前ら二人してよおとか言うないくつだ。

「さっき皮膚科行ってきたところじゃ。患部に液体窒素塗られて、ほんま痛かった。年甲斐も無く、叫びそうなった。そんで二週間後にまた来い言われた」
「塗り薬とかは処方されてないんか?」
「お前は黙っとけ海音寺。イボに塗り薬なんかあるわけない。二週間後に切るんじゃろ」
「…俊、お前俺の知らんうちにイボなったことあるんか? なんでそんな詳しいんじゃ」
「どこに? デリケートゾーンに? 爛れた性生活送ってそうじゃもんな」
「死ねてめえら」

門脇秀吾のバッティングにはテスト100点満点製造機の俺が2万回生まれ変わっても足りない価値があり、奴が昔から平気で一戸建て住宅くらいの大きさはある木にするする登ったり潮干狩りのとき素手でアサリを掘ったりなんぞするのを、ただ単にはらはらしながら見ているのにも飽きて奴がどうなってもいいように医学書を読み漁って暇を潰していた時期があったのだと説明したところで当の幼馴染はぽかんと口をあけてへえ、とかなんとかしか言えないだろうからこの場で語りたくも無い。俺の人生2万回オーバーと並列する才能は野球にしかない男なので今更の失望もせず、二週間は大人しくしとけよまじで、とその小さな脳みそに言い聞かせる。へええと海音寺が妙な声を上げた。

「俺は塾帰りやったんじゃが、来てよかった。あたふたする瑞垣君なんて、珍しいもん見れちゃったな」
「海音寺」
「はいはい。なんじゃ」
「俺これから門脇君とベットの上であっつぅくに語り合うことが出来たから帰るわ。お前女の子ちゃうから送らんけどちゃんと正しくお家まで帰れや」
「えっ。ばっ、な、なんの話じゃ俊」
「バナナなんかないわお前は黙っとけ」

有無を言わせぬつもりだったが何故か頬を赤らめた幼馴染のボケボケボケな発言がまずかったのか、海音寺は「あー」だの「んー」だの言ってまごつき、動こうとしない。仕方がないので重ねて言う。

「お前そもそも何しにきてん。いやいいわ、何の用事か知らんけどもうええやろ。帰ってくれる?」
「あれ、言うとらんかったか。うわわ、瑞垣がでしゃばったからタイミング逃した。えっとな、俺、発破かけに着たんじゃ。で、門脇、お前の家探しとって。瑞垣に聞こうと思ってたんじゃが、ちょうどよかった。会いたかった」
「俺に? え、俊やなくてか?」
「新田東とあたるまでにイボも治しておけよ。うちの一年もみんな、バシバシ気合入っとるから」

不機嫌に任せてお前のような凡庸な選手がうちの天才に発破なんて、とよっぽど言ってやろうかと思ったがすんでのところで思いとどまれた。よかった! 天才の自覚もなくアホなまねをするアホのせいでペースが乱されていてもまだ理性が残っていて!
俺のペースを乱すのは大抵昔から一人だけであり、それに抗おうと俺は俺の力をどうにかつけなくてはならない、とむやみに奔走する結果となったのである。あんなアホにいつまでも一方的に揺らされてたまるか――大体の行動原理はそこにある。幼馴染が墓に入るまで誰にも言うつもりはないけれど。俺が墓に入るまで誰にも言うつもりはないけれど。
発破かけに来るだなんてことが奇妙であるということは言われた門脇が戸惑うまでもなく、不可思議を通り越して異常なことである。一体どこで誤ってしまったのだろうか、海音寺は。せっかく帰してやろうと思ったのに。他校のすげえバッター、くらいの認識くらいで留めておかねばならない人間相手に深入りをするなど、曲者の名が泣くだろう。スウィングに魅せられちゃったのか。だからうちの門脇を見るときには5秒以上直視しないようにしなさいねと以前、先輩として優しく丁寧に教えてやったのに。
無防備に近づけばそうと知れぬうちにこちらを狂わせてくる人種がこの世にはいるのである。それに気づいていない海音寺はアホではないが、本当に馬鹿ではないだろうか。気づいていて近づこうというのならもう、おかしい。既におかしいんだから海音寺君、お前もどうぞ、狂わされちまえ。俺はあと数ヶ月の辛抱だけど、お前はどこまでも不毛に想うようになっちまえ。野球なんてものに、その寵児にとらわれてしまうことを、俺はもうそろそろ卒業するのだ、高みの見物をさせてもらう。
本当は門脇なんぞ右手と言わず腕中イボだらけになって液体窒素を塗りつけられてしまえばいいのだ。高校に進学するなんてとんでもない。これ以上健全なる球児たちが惑わされぬように、今のうちに消すのが一番なのである。でもそれを俺が容認できないことも俺はよく知っていて、ああもう、早く大人になりたいものだ。

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