空契 | ナノ
4.信頼できる関係 (2/6)

   


何度世界に訴えても無駄なのも知っている。この普通ではない碧い眼は、変わる事はないし、珍しい、色違いだと騒ぎ立てる人間が消える事は無い。
確かに、この色のキモリなんざ珍しいだろう。────それだけではないか。

人間の思考回路は理解できない。
だが、この人間も騒ぐのだろう。だとしたら、俺は見せ物にされるか売られるか……どりらかの道しか辿れない。
ならばと、俺は密かに手に力を込め、いつでもエナジーボールを放てるように構えた。面倒な事は嫌だ。相手が、自分の主人であろうが、女であろうが容赦をするつもりはなかった。
しかし、そいつは随分と的外れな台詞を口にする。

「かわいー…」

…………、

『…は?』

……かわいい? かわいいって、なんだ。
可愛い。それは自分とは随分程遠い言葉だ。
久々に間の抜けた声が口から滑り落ちる。知らず知らずの内に入っていた肩の力が抜けた。
脱力。今、こいつはかなり馬鹿げた感想をもらした気がする。こいつ、頭は大丈夫だろうか。驚きを通り越して呆れてしまった。普通と違う反応。
呆気に取られていると人間は「に、しても」と違う話題に切り替えてしまった。早すぎる。切り替えが早すぎる。
その人間は、たいして眼の色なんて興味がないといった風で、俺が入っていたらしいモンスターボールに意識が向いていた。
…なんなんだ、この人間は。他に言う台詞は沢山あるだろうが。

「………なぁ、君、」
『…………』

先ほど浮かんだ台詞を、にこにこと気持ち悪い程笑顔なその人間に一気に叩き付けてやりたい。
しかし、果てしなく面倒なのは確かだし、何より言葉は通じないのだからと自分を押さえ込む。突っ込んだら負ける気がした。何かが。

「生まれ…どこさ?」

悶々と考え込んでいると結果的に、あいつの語りかけをスルーする形になってしまった。しかし、そいつは気にする様子もなく、俺に生まれ、つまり、何処から来たかと尋ねてくる。
さぁ、知らない。今まで何処にいたかなんて俺は知らない。だから、とりあえず生まれを言う。

『……、…トウカの森だ』

短く返した素っ気ない言葉が、いつもより低くなった気がした。
生まれ……故郷か。あそこなんて、もうどうでもいい。あの森に未練はなかった。
………というか、どうやってこの言葉をこいつに伝えるか…。俺達ポケモンの言葉は、人間には分からないのだ。それが普通。……面倒くせぇな。まぁ、ほっといていいか。相手は所詮、人間なのだから。
……けど、そいつはまたもや俺の想像と反する言動をする。人間は、顎に手を置き「トウカ……」と呟いたのだ。まるで、俺の言葉を理解したように。

「…トウカの森っつーと…、
ホウエン地方か…?」

……は?

『…言葉が…、』

……いや……流石にそれはないだろ………。
しかし人間は予想を遥かに越えた反応をする。棒高飛びの大会で優勝できるくらい。
混乱しているのだろう俺の言葉に、応えるように、ニヒルな笑みを浮かべて頷いたのだ。
あっさりすぎる肯定。自慢げに輝いている笑顔。意味が分からない……。
ポケモンの言葉が…分かる?そんなの、小説やアニメやドラマ、フィクションでは有りふれた事だが…実在すると、なんというか、嘘くさい。かなり。しかし、成立する会話。

「ホウエン地方…か。
……随分遠いトコから来たなぁ」
『…此処は、何処だ』

「鋼鉄島だってさ」
『…』

「シンオウ地方だよ。
ホウエン地方から…北の」


分かやすく言われ眉間の皺を深くする。
鋼鉄島なんて地名は知らないが、シンオウ地方なら分かる。確か、北の地方だ。ああ、通りで寒い訳だ。
俺の記憶が正しければ今は秋だから、という点を置いておいても、イメージ通り寒い地方なのだろう。

『(……んで、
こんな所に居るんだ、俺は)』

寒いのはタイプ故苦手だ。そんな自分がわざわざこんな地方に来る理由がない。そもそも、ホウエン地方から出た覚えもない。
人間は胡座をかき、頬杖をつきながら俺の様子を見詰めて、ふと首を傾げて問うってきた。「何で俺の鞄に入ってて、ここにいるか分からねぇ?」と。口調が男だなとどうでも良い事を思いながら、一応答える。

『…お前が俺を捕まえたのか』

俺はお前の持っているボールに入っていたのだから。
そうとしか、考えられない。

「んいや、
違う違う」
『…………じゃあなんだ』

「分からねぇ!」
『自信満々で言うな』

……いらぁ。

「んな事言われてもなぁ…」

人間は腕を組んで空を見上げていた。釣られて俺も空を見上げる。夜空。
闇に包まれ、星が瞬いていて、月が俺等を見下ろしている。俺のいた地方と、あまりかわらない空。
「………説明、できないよなぁ…」ぽつりと零す、人間の考えている事は読めない。
無意識なのだろうか。それでも笑っているこいつは、一体なんだ。
顎に手を置いて、独りで深く考え込んでいて、
「それがマジだったら、そいつ殴ってやる」と零したりしていた。なんの事だか分からないが、怒っているらしい。やっぱり、笑みは消えていないのが意味不明。
次は眼を細め、星に、笛のペンダントを翳す。イミテーションだろうか。きらりと輝いた水晶が控えめに埋め込まれた、アクセサリーだ。

それを眺める、そいつの顔から笑みは消えない。それを見て、俺はそれは無表情と何ら変わらないのだろうと思った。
何も感じとれなかったのだ。笑顔なのだが、喜びなんて、快楽なんて、そんな感情はないのだろう。

人間のくせに、変な奴。人間臭くない。
俺達ポケモンとは違って、しがらみだとか、そんなのない筈の人間のくせに。
傲慢なだけの、人間のくせに。何してんだか。

人間のくせに、何を笑顔の裏に抑えこんでいるのか。
そんな事に、あまり興味はなかったが、ただただ鬱陶しい。無性に苛々した。
 

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