空契 | ナノ
4.信頼できる関係 (3/6)


「――――よっしゃ!
とりあえず話はまとまったっ」


────それから、数秒後、突然人間は立ち上がりながらそう言った。復活、早くねぇか。
さっきまでの辛気くさい表情は何処へいったのだろうか。そいつはへらへらという笑みのまま、拳を闇空に突き上げている。
何から何まで、意味の分からない言動ばかりで、ついていけない。眼が据わったのを感じた。この感情は呆れ。

『…何がどう纏まったんだ』
「とりあえず旅して、俺ぁ家に帰るってゆー風にまとまった」

そう言う人間の視線は白い鞄。鞄に散らかしたボールとかを詰め込んでいく途中、その内の一つに手を止めた。俺が入っていたボールだ。
どうやら、この人間は「情報とか欲しいから、旅をする」らしい。なんとなくアバウトな旅の目的に、目がさらに据わる。それでいいのかポケモントレーナー。
というか、こいつが旅をするのなら当然、俺も……同行する事になるんだろうな。それってかなり不安だ。こんなアバウトで変人について行っていいのだろうか。
しかし人間は、俺の不安や不信感を「という訳で、」と簡単にぶち壊しやがる。
俺の入っていたボールを、こちらにほうり投げてきたのだ。いらない、とでも言うように。興味なさ気に。ほうり投げる、というか渡してきたというか。…は?
咄嗟にそれを受け止めて、俺はそいつを見据える。

『…何のつもりだ』

俺の睨みを受けても、そいつはへらりと笑って首を傾げて言う。

「何のつもりって何が?」

無自覚なの、それとも分かっていてしているのか。
俺は、お前のポケモンじゃないのか。
理由はどうあれ、こいつのモンスターボールにいたのだから、こいつが主だ。
なのに、

『………。
…俺を……、』

捨てるのか。なんて、変な言葉を口走りかけて、一旦言葉を切る。
捨てる。その言葉は重すぎて、口にするのも嫌になってくる。
しかし、俺とこいつの間にそんな言葉はナンセンスだろう。

『…俺はお前に捕まったんじゃねぇのか』
「違うなぁ。
君の発言から予想するに、君にはトレーナーが居ないんだよな?」
『…、…あ…あぁ』

そう────俺にはこの女以外にトレーナーはいない。
だから……、………………?
だから、だから、何だ…?俺は今、何を思った?…なんだ?

「…?」

期待………した?
何をだ。この人間に期待を抱いた?

「えっと…ボールを渡したのは、野生に帰ってもらう為なんだけど……………」

そんな事はない。まだ自分の中には警戒心がある。
一生消える事はなさそうな、この感情もある。
ならば、何に期待を持った?

「故郷に帰せ、とか?」

違う。それでもない。
そうじゃ、なくて、

「なに!? ホント!
黙ってないでなんか言ってください!!」

うるさい。俺も、知るか。
分かるか。分かってたまるか。こんなもの。

『〜〜………』

期待……だ?
こんなもの、知らない、知らない。知ってたまるか。
というか、何でこいつは…………っっ、

『っお前一回死ね』
「は? ──ぅぎゃあ!?」

俺は怒鳴り声と共に、緑の弾、エナジーボールを容赦なく放った。苛立って仕方ない。腹の中でぐるぐると感情が渦巻き、気持ちが悪かった。
全て吐き出したい衝動。それを抑えずぶつける。何を言われようが気にするものか。理不尽上等。
意味が分からない。なのにとめどなく様々な疑問が浮かぶ。

なんで、こいつは笑ってる。なんで、俺はここにいる。なんで、俺は生きている。なんで、こいつは生きている。なんで、俺はこんなにも苛立っている。なんで、俺は何かに、期待している。
なんで、俺は、何を、何をほしがっている?

「俺の旅について来たいとか?」

その人間の台詞。それに、はっと息を飲んだ。
動きをとめる。それと同時に何か、確信を得る。

「えー……と?
俺の旅に、ついて来たいって?」
『………………』

「無言は肯定と受け取るけど、できれば話してほしいなぁ…。
俺の旅について来るって…………つまり、何だ?
……俺の……仲間?
ん、でも…この場合は…、」


「相棒…パートナーか?」と呟かれた言葉。………反応してしまった。
…ああ、なるほど。確信は深まるばかり。分かってしまった自分を、殴りたい。

ただ、俺は繋がりが欲しかったのだろう。
それが、何故なのかは、この時まだ分からなかった。
この女との繋がりが欲しかったのか、それとも誰でも良かったのか、
それすらもこの時は知りもせず、ただ俺は自分のその感情を信じる事にして、食い下がった。

『俺を連れてけ』

何でついていきたいと思った?知るか。答えは、何処かにあるのだろう。が、今はあまり興味がない。
ただ、俺は本能に任せる。後悔なんざするわけねぇ。

『…もし、だ。
てめぇが失望させるような事したら、
俺は迷わずてめぇを…殺す』

これは紛れもない本心。
こいつに失望したら、殺してしまおう。それでいい。それがいい。そうすれば、自分の中の何かが救われる気がした。

言うならば、それは誓いのようなものだ。俺の誓い。約束。契り。
決して違える事はないだろう。
────おそたく、俺は“その時”が来たら、迷わず殺すだろうと俺は思った。
そして人間は、上等だと臆せず笑う。
その直後、ふっ、と、人間が浮かべる笑みの質が変わった気がした。

先ほどまでの機械のようで、そういう風に作られて笑顔とは違う、柔らかい微笑み。
何が面白いのかは理解できなかったが、その意外な笑顔はやけに脳裏に焼きついてしまった。
それに気付く様子もなく、人間は言う。
名前を付けようか、と。名前。名。ニックネーム。
「人生初の相棒だからな」と笑う人間。ああ、この笑顔はさっきのとは違う。へらりとした笑みで、自然と殺意が沸くような笑みだ。なんだこの差。

そんな人間から、俺が得た名は、「アイク」
碧に草とも書くらしい。最初は、碧という漢字に吐き気を覚えたが、人間は言う。好き、だと。
なんだ、その殺し文句は。呆れた。と同時に心に込み上げるものも、あった。
なんだろうな、これは。知りたいとは思わなかったが、変だとは感じた。この、感情。
人間に抱きしめられて、可愛いと叫ばれ、アイクと名を呼ばれ、殴って、

『(……信じる、か)』

そんな簡単には無理だった。易々と、この人一倍嘘臭いこの人間を、信頼するなど無理だった。
所詮人間。だから、俺が信じるのは、俺だ。

レオという人間は信じない。
ただ、誓いを、自分を信じる。
それだけだった。

…………それだけで、あんな事が起こるとはな。

  

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