夕暮れ追想曲 | ナノ
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ジュウサン

   
  
真っ白なその部屋は、自分を閉じ込める牢獄だと、いつもレイは思っていた。

病院の個室。一人きりの五歳の少女───レイはベッドに身を沈めながら、分厚い本を読んでいた。
辞書のような大きさのそれは“ポケモン図鑑”であり、病院という場にはとても不似合いである。

彼女が好きなゲームのキャラクターについてを読み耽っていると、ふいに部屋をノックされた。

「はぁい」

呼び掛けて、入ってきたのは、七歳の少女と十九歳の青年、
レオとエンだ。
レオはレイを見ると笑顔を溢して歩み寄ってくる。

「レイ!」
「レオ……また来てくれたの?」
「もちろん。ともだち、だから……」
「………うれしい」

微笑むレイの肌は、真っ白だ。弱々しく、細く、やつれているよう。
数日前にはじめてレオと出逢ったレイは、生気がなかったが、今はそんな彼女が微笑んで嬉しがっているのが、レオは嬉しかった。
自分にも、できることはあるんだ、と。

「エンも、…ありがとう」
「付き添いだ、このガキの」
「な……っ、またガキ扱い………!」
「事実だろ」
「ー!」
「騒ぐな。病院だ」
「〜〜!」

むかっとしてエンの腹に殴りかかっても、直線の攻撃はすぐに受け止められる。
鍛練が足りないなと言われ、反論したかったが、自身の師匠とも言える存在に言われては何も返せない。
眼を据わらせていたレオだが、レイの前だと思い直して慌てて黙る。すると、押し殺す笑い声が聞こえた。

「ふふ……っ」
「……」

見ればレイが、おかしそうに笑っている。
細い肩を揺らしくすくすと。

「あなたたち、本物の兄妹みたいね」
「やめてよ! こんなのが兄貴なんて!」
「こんなのって」
「事実だろ!」
「何が?」

「ふふふ……!」

わあわあと噛み付くレオと、涼しい顔をして受け流すエンの様子が余程楽しかったのか、レイは笑みを深める。微笑ましいと思った。家族の会話。それが。

そんなレイを、きょとんとレオが見詰める。
なんだか、よく分からないけど、レイは楽しいらしい。
数日前までは、あんなに悲しそうに、泣きたそうに、それを全部堪えて飲み込んだ顔。
そこに、儚げながらも花が添えられるような、微笑みを浮かべる。

ならば、それでいい気がする。
力の入っていた拳を緩め、レオも表情を緩める。その横顔をエンが見ていた。

ふぅと人知れず息をつくと、同じく頬を緩めた。誰にも気付かれないような程度の、微笑。
“この”エンにしては珍しい、微笑。




「レオーちゃーーーん!
レイーちゃーん!
えーーーんーーーーちゃ、」

「うるせぇな病院で騒ぐな」

「げふっ!」

金髪の髪が眩しい、外人のハーフの───十九歳の青年が部屋をノックもなしに飛び込んでくる。
ドアが閉まる、と同時にエンのキレのある回し蹴りが肩に炸裂して、ハーフの男、ユカリは悶えるように地面に倒れる。
レオのじと眼と、レイのびっくりした瞳を向けられて、エンの冷ややかな眼が突き刺さるも、ユカリは屈せず笑顔だ。

「やぁやぁみなのシュー!
今日も元気で笑ってるー? 」

「ユカリの馬鹿が来やがったせいで笑顔が掻き消されました」

ばっと立ち上がって、何事もなかったような輝く笑顔で元気に手を振ったユカリ、対照的に、蹴りを構えた体制で何事もなかったような静かな無表情で迎えたエン。
異様な空間だとレオもレイも思った。

レイはまだ、高身長でしかも騒がしいのユカリに慣れないのかたじたじで、それを庇うようにレオが声をあげる。

「レイが怖がってる! おまえうるさい!」
「おまえじゃなぁーい! ユカリ! ゆかりんでも可!だぜ! レオちゃーん!」
「うざいー! うるさいー! きもいー!」
「ぐさぁっ」

「お前ら元気だな」
「………」
「……」

レオとユカリがぎゃあぎゃあわぁわぁ叫んでいて、何でこんなにも煩いのかと眼をすがめたエン。
レイが静かだったから、ちらりと視線を寄越せば、少女はとても嬉しそうに笑っていた。

やがて、レオがユカリをべちべち叩きはじめて、
思わずレイが吹き出して、

何故か真っ赤な顔してたレオも、笑顔でいつも楽しそうなユカリも動きを止めて、

レイはくすくすと楽しそうに微笑み、…エンまでもが僅かながらに表情を緩めていて、

ユカリも楽しそうに笑うものだから、


「………〜〜〜…」


むず、と物痒さを感じながら、レオは、笑った。




夏の終わり、夕暮れの元で、この優しい空間が、
日常となり始めたばかりの、とあるジュウサンの話。

  
   

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