ツワブキ | ナノ


黄色い花の名 〔 2/3 〕




「────だい…じょうぶ、ですか…? マスター」


「……」


へなりと膝に手をついて目をとじる僕に、鋼鉄がおずおずと声をかけてきた。

レオとアイクが此処を立ち去ってからどれくらい時間が流れたのだろう。
追いかけなきゃ。
分かっているけど、気力さえなくて、地面を睨むだけな僕は震える唇を噛んだ。

僕は、自分のエゴのせいでまた、また誰かを傷付けたのだろうか。
そうだとしたら、僕は………、
瞼の裏にあの碧眼のキモリが浮かぶ。
僕を、全てを、嫌い、恨み、憎む碧眼。

それが今は、どうだ?


「……アイクがさ、
あの碧眼の彼が、前より幸せそうに見えたんだ」

「…私も、見えましたよ」


最初ゲンから話を聞いたときも実際にアイクを見たときも、全てを疑った。

あのアイクが、人間を受け入れかけている。
完全ではないけど、徐々に、徐々に。
それが信じられなくて、だが嬉しさを感じた。

相変わらず僕は嫌われてるみたいだけど、


「それでも僕は、彼を守りたかったんだよ」


これは僕の贖罪。

レオがもし消えてしまったら、悲しむのは多分アイクだ。
多分。多分、悲しむ。

だから失わないように、僕はあのポケギアをレオに渡し、いつでも居場所を特定できるように、話ができるようにした。

アイクの為だけどそれはエゴに過ぎず、もしかしたらそれ事態が動機付けだったのかもしれない。
でも、今の僕が抱いているのは苦しみ、悲しみ、悔しさで、考える余裕はなかった。


もしかしたら、鋼鉄は分かっていたのかもしれないけれどね。


「…追わなきゃ」

「ダイゴ様、」


低い声が聞こえ、鋼鉄を見る。
鋼鉄は眉を寄せて、複雑そうに僕を見ていて罪悪感をまた感じた。しかし、僕は首を振る。

ごめんね。
僕は本当に醜い。


「一昨日の件で分かっただろう、鋼鉄。
レオは誰かに狙われてる」

「そんなの、分かってます」


だけど、ダイゴ様が動く理由はないです。


「………言っただろう。
僕は…、」

「…贖罪、ですか?」


そうだよ。
僕は歪に笑って頷いた。歪だ。本当に。

顔を上げて崖のような山、クロガネゲートを睨んだ。八つ当たりのようなものだ。馬鹿らしい。
でも、あちらの方向にレオとアイクは消えていった。

レオの目的はテンガン山。
ならば追える筈。
そんな僕の目を見た鋼鉄は心底困ったように眉を潜めた。


「………ダイゴ様…、
最近の貴方様は、らしくない」

「…そうかな」

「はい。
徐々に、“ツワブキ ダイゴではなくなってきています”…。

貴方様は“ツワブキ ダイゴ”なんですよ…」


分かってる。力なく僕は頷く。
そんな事は昔から知ってた。
僕は両親の、会社の見せかけジュエリーでしたかない。

ツワブキ ダイゴという名の宝石。
僕はただそこで輝けばいいだけの存在。
ツワブキ ダイゴでいればいいだけ。


「分かっているのならば、あなたは戻らなければならなりませんよ…。
ダイゴ様」


その一言は僕を否定するものと何も違いはなかった。
それを鋼鉄は十分に分かっていてその言葉を僕に投げ付けているのだろう。
僕も理解した。

冷静になれという事だろう。

そっか、冷静にならなきゃ。

冷静にこれからの事を考えよう。


それから自問自答を繰り返した。

僕はどうすれば良いか。
レオを追いたいその理由は?
意味は? 価値は?
追ってどうしたい?
償いたい? 守りたい?
何を? アイクを? レオを? 僕を?
僕は何を見ている?
何を見たい?
何を見せたい?


────とりあえず、謝ろうか。

レオに。
あんな事を言わせてしまった事を。
アイクにも過去を謝ろう。
望むことなら、この命を捧げてしまおうか。

それを決めた。ひとつ持っていた想いがすとんと落ちる。

それから、レオを抱き締めたい。
何故かと聞かれると分からないが、無性に抱き締めたい。
全て打ち明けたら、許されるだろうか。

またひとつ、荷がすとんと落ちる。
かちりとピースが埋まる。

ああ、そっか。
そういう事か。
僕は顔を上げて、空を見上げた。
広くて高空。
全てを抱えて、憮然としたようにこちらを見下ろす空だった。

そんな空の向こうにあるものを、僕はまだ知らない。

─────知りたい。

知ってどうするかなんて、それこそ知らない。
ただ、知りたい。
知って、彼女を知って、
アイクも知って、
受け入れよう。

彼女は僕をある程度知った上で、僕を僕だと見ていた。

なら、僕もそうしよう。
彼女が何だとしても、僕をどう思おうともレオをレオと見よう。
そう、決めた。

僕の中で革命がおき、
化学反応が弾けた。

それは、レオと鋼鉄に否定されて見透かされて気付いて知って反発して醜さを知って理解して受け入れた事。


「─────ありがとう」


全てを繋ぐ、空に告げて僕は微笑み、身を翻した。

素早くボールを手にし、空中に放り投げる。
出したのは十分に羽を休めたエアームド。
美しい、鋼の翼が空から降り注ぐ光にきらりと輝いた。

それを愛しく撫でながら、僕は茫然と立ち尽くす鋼鉄に笑いかけた。


「帰るよ! 鋼鉄!
ホウエンに!」


帰って、お父さんと話そう。
ちゃんと僕を見てもらおう。
無理なら僕は全てを捨てよう。
そんな覚悟で僕は父さんと戦おう。

そうだ僕はいつだって肝心の言葉を口にしていなかった。

怖かったから、本心を半分隠した。

「はい」確かに頷いた鋼鉄は静かに…………────。
そうしながら、震えた声で僕を「マスター」と呼んだ。
鋼鉄がそう呼ぶときは決まっている。
僕を僕として見ていますよ、という意思を伝えたい時だ。

共にいます。
共に歩みます。
共に戦います。
共に捨てます。

鋼鉄はそう笑いながら言って、

僕らはこの地を飛び立った。



────ごめんよ。
ヒョウタ。また約束守れなかったね。

────ありがとう。
ゲン。君は僕にこれを教える為に、こうしたんだね。
君は本当に不器用だ。
そして君は少しレオちゃんに似ている。
今度はそうやってからかってやろうか。




大嫌いな会社について、
一瞬で集まる視線。

僕は笑って「ただいま」と言って見せてやる。












(僕はツワブキ、)

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