井の中の蛙大海を知らず、されど | ナノ


12

そして案内屋の解説は続く。案内屋の手は奪い屋の肩に置かれていた。

「"アオ"は、そのひとが定めた器に現れる。鍵屋の場合はブローチを選んだんだ。奪い屋もほら、見せてやりなさい。」
「ほいほーい。」

軽快な返事と共にじゃらり、重たげな音がなった。奪い屋が胸元を漁ってなにやら取り出している。目を凝らしてよく見てみると、それは鎖で繋がれた薄い金属プレートのネックレスだとわかった。プレートはよく磨かれていて彼がちょっと手を動かすたびにぴかぴか光る。
ほら、と奪い屋がプレートを私に向けて見せてくれたから少しだけ目を細めてしまった。光は強くもないのになぜだろう。

「アイリス、見えるか?ここにちっこい石があるんだけどさぁ。」
「……あ。」

小指の爪ほどもない、小さな小さな青いきらめき。深い深い海の底から切り取られたような粒がプレートの上部にぽつり存在していた。さほど大きくもないのに、その粒はしっかり自己の主張をして私にウィンクして見せる。私がさっき眩しいと感じたのは多分この色だ。

「なんだよそんなガン見してさぁーオレの"アオ"そんな気に入っちゃったワケ?」

"アオ"を食い入るように眺めていた私を奪い屋が茶化す。思わず前のめりになってしまっていたらしい。私はあわてて態勢を立て直した。
奪い屋が「やっだ照れちゃうわー」なんて言ってこっち見ながらにやけてるもんだからさらに頬が熱くなる。あぁもう、さっきの案内屋の言葉のせいだ。奪い屋の"アオ"に、奪い屋の魂に目を奪われるなんて。……別に意図してうまいこと言おうとしてたわけじゃない。

「奪い屋のオレに、まさに目を奪われちゃったのねー、アイリスちゃあん?」
「誰がうまいこと言えって言ったのよもう……」

考えてることがかぶってた。彼はそれをどや顔(奪い屋は常時どや顔だ)で口にするから、なんだかお腹の底がぐずぐずする。私はあえて黙ってたのに。奪い屋への理不尽な苛立ちも飲み込んで、口を真一文字に結ぶ程度にとどめておいた。
私の反応が思っていたほど面白くなったのか、奪い屋はじきネックレスに視線を下ろす。あおい粒を爪で叩いて唇を尖らせた。

「サファイアブルーっつーんだって、オレの"アオ"は。旦那が教えてくれたよ。」

日本人でも、知らない人はいないであろう蒼玉の名前。その名を冠するということは、もしかすると本物のサファイアだったりするんじゃなかろうか。そう思えば確かに宝石っぽいし、石が小さくでも納得がいく。
目をぱちくりしている私の代わりに、鍵屋がひょいと顔を覗かせた。背伸びをして奪い屋の手の中を見つめている。

「なんか人ごとみたいだね、奪い屋。」
「んー、だって、ぶっちゃけ色の名前なんてなんだっていーんだもん。オレの"アオ"はこのあお色。それだけでじゅーぶんだっての。」
「うん、それはそうかもしれないなぁ。」

ほんとに人ごとみたいだ。プレートを放って、頭の後ろで手を組んで言うものだからネックレスは何度か揺れて彼の胸に落ちついた。でもこうしてぶっきらぼうで心底どうでも良さげに語るのは、なんだかいかにも奪い屋らしい気がする。
奪い屋は足をぶらぶらさせながら、案内屋の方に振り返る。彼の顔にはもう、先ほどまでのつまらなさそうな表情はなかった。
そして彼は人差し指で案内屋を指し示す。いちいち効果音の聞こえてきそうな動作だなぁ、とぼんやり思った。

「オレの"アオ"の紹介おーわりっと!トリは旦那の出番!」
「そうだね、最後は私だ。私の器はこのランタンだよ。中をよく見てご覧、あおいろをしているはずだ。」

そう言って案内屋はさりげなく身をかがめてくれる。やはり彼は惚れ惚れするほど紳士的だ、ランタン頭だけど。
彼の好意に甘えて首を伸ばして見てみればなるほど、確かに光はあおくまたたいていた。燃え盛る炎であるはずなのに、夕暮れの東の空にうつる闇夜の色がちらついて見える。なにを燃やしたらこんなにあおくて眩しくなるんだろうかと考えてしまうほどやけに強い光。でも、不思議と不気味だとは思わなかった。
ここで、素朴な疑問が首をもたげる。"アオ"というのはそもそも体を器にすることができるのか、はたまた案内屋の頭は体の一部ではないから器なのか。……喉元まででかかったけど、なんだか聞いてはいけないことを聞くような気がしてやめた。
そのせいで私はなにか言いたそうな顔をしてたんだろう。私の疑問からは逸れているけど、案内屋は補足説明を加えてくれた。

「皆器に選んだものが金属だけれども、そうである必要は全くない。ただ常にそばにおいておきたい人が多いから、金属の方が都合がいいんだ。せっかく見つけた自分の色はなくしたくないだろう?」

ランタンの中の燐光はひらひら踊っている。深く、まばゆい光だ。ずぅっと見つめていると吸い込まれてしまいそう。
青い炎なんて、今までガスコンロでしか見たことがなかったけど彼のあおさはそんなものとは比べ物にならないくらいに美しい。そして美しい分だけ浮世離れしている。だからこそ私は彼の光に強く心惹かれるのかもしれなかった。
鬼火。
ふとそんな単語が頭をよぎる。鬼火は人を引き寄せ惑わせる霊魂のことだ。まさか彼は私を取って食おうとしているんじゃないか、もしかすると彼は黄泉の国から来たんじゃなかろうか。……なぁんて、いくなんでも馬鹿げてるかな。私は自らの戯言を一蹴した。
私の考え事なんて露知らず、案内屋は言葉を続ける。彼の手は今や自身の胸に置かれていた。

「私の"アオ"はロイヤルブルーと言うんだ。」
「ロイヤルブルー……」

ロイヤルブルー。ぼやけた知識の中でその七文字が引っかかった。聞いたことがある気がする色の名前。確か、どこかの国の王家が好んで使っていた色だったかな。ロイヤルと言うからには高尚なあおに違いない。事実、案内屋のオーラはどことなく貴族っぽいし。

「……君の世界で色を表す際の文字の羅列はなんだっか……そうだ、十六進法か。十六進法でいうなら1C5093だ。あとは、RGB値でいうなら28、80、147。それと……」

私が思考の海を漂っている間も案内屋の説明はつらつらつら、続いていく。私の知らない言葉が早口で連なっていく。あぁ、案内屋は一体なんの話をしてるんだろうか。慌てて話を遮る。

「あ、や、も、もういいです。」
「おや、もういいのかい?」
「ちゃんとわかりましたから。」

そうかい、と案内屋は口をつぐんだ。なんだか話したりなさそうな様子である。少し子どもっぽいなぁなんて思ってしまったけど、それだけ自身の"アオ"に誇りを持ってるのかもしれない。あまり自分に自信がない私としてはちょっぴり彼が羨ましくなる。私も"アオ"を手に入れれば、少しは自分を誇れるようになるのかな。

「ほらーやっぱ案内屋みたいに詳しくったって話したって価値なんざねーんだよ、この色オタよぉ。」
「色っ……」

奪い屋、突然の爆弾発言。しかも奪い屋は満面の笑み。驚きのあまり背筋に寒気のようなものが走った。

「そ、そんなことないよ!別に私は興味がないわけじゃなくって、ただなんて言ってるかよくわかんなくて……」
「わかってないんじゃあ、なんの意味もないんだぜぇ?」

なけなしの私のフォローすら奪い屋はけたけたとかしましく笑い飛ばす。案内屋自身もなぜか、特に気にした様子もなく肩を揺すっている。取り乱しそうになった私とはまるで対照的だ。

「君の言う通りだ奪い屋。私は、私の色が分かっていただけたならよかったんだ。ただ私も"イノナカ"の住民に漏れず、無駄話が大好きなのさ。アイリス、なにか質問はあるかい?」

……私が過敏すぎたのかな。もやもやした心境を抱えたまま私は眉根を寄せる。

「質問は、ないんですけども。」
「そうかそれじゃあ早速君の器を――
「いやあの鍵屋が今にも寝そうで……」
「おやおや!」

案内屋の笑みをたっぷり含んだ声がお腹の底まで響く。突っ立ったまま器用に船を漕ぐ鍵屋を、奪い屋はすぐさま抱え上げた。

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