井の中の蛙大海を知らず、されど | ナノ


10

鍵屋であるというその少年の瞳もまた宝石に似ていた。メリーアンがトパーズとペリドットなら、彼の瞳は真っ赤なルビーみたいな深い色味を持っている。きらきらきらきら、光を吸い込んでは跳ね返す。男の子にしては丸くて大きな目で、身体に対してまだまだ眼球の方が大きいようなそんな印象を受けた。
その目がじぃっと私を見つめてくる。ちょっと気圧されながらも、私もなんとか見つめ返した。

「そう私がアイリス。よろしくね、鍵屋。」

にっこり、最も自信の持てる笑顔を浮かべながら。第一印象は大事だと学校の先生も言っていたし。まぁいわゆる、愛想笑いの部類だ。どうも私は意識していないとおどおどした表情になりがちらしく、何年も昔から注意を受けてきた。だからなのかなんなのか、私は愛想笑いが得意なの。
感情の透けないルビーが、ぱちりとまたたく。

「うん、おねーさん、鍵いる?」
「え?えーっと……。」

前後脈略のない質問。私は一瞬ぽかんとしてしまった。せっかくの笑みも、 どっかへ飛んでった。あぁ、なんだか、調子が狂う。
鍵が必要かと聞かれたら、そりゃあ必要だ。だって私の部屋の鍵を取ってくると言って案内屋が連れてきたのが彼なんだから。きっと、この鍵屋が私の鍵を作るなり複製するなりしてくれるのかと思っていた。
しかし、それでも面と向かって鍵が必要かどうかを問われてしまうと言葉に詰まる。私、試されてるのかな。
戸惑う私に、ぴったりのタイミングで助け舟が出た。

「大丈夫だよアイリス。既に鍵は作ってもらってあるよ。」

耳障りのいい声。安心安定の案内屋だった。

「え、あ、ありがとう……えっと、」
「あぁ大分名乗り遅れてしまったね、すまない。既に聞いてるかもしれないが、私は案内屋だ。君の好きなように呼んでくれて構わない。」
「うん、わかった。案内屋ね。」

さすが、案内屋。会話の際の安定感もばっちり。彼は、私の言わんとすることをよく察知してくれる。気を使わせてしまって申し訳ないなぁと思う反面、ひどく心地いい。こうも会話していて落ち着くのはちっちゃい頃おじいちゃんかおばあちゃんと話してる時くらいだったかな。…………ん?

私の用がないとわかったらしい鍵屋は、奪い屋と人形師さんと話を始めていた。

「あれ。奪い屋と人形師もいたんだ。」
「おーう最初からいたぜぇ。人形師はともかく、このオレにオーラなかったって?え?」
「はいはい、奪い屋はオーラあるから安心して。あと、ぼくらだけじゃなくて、メリーアンもいるよ。」
「……?メリーアン、どこ?」

周りを見回しつつ、鍵屋は緩慢に首を傾げる。何故自分よりうんと小さな彼女を見つけられないのか、わかっていないらしい。人形師さんは言ってやりたそうな顔をしていたけど、奪い屋がそれをアイコンタクトで阻止していた。メリーアンはおかしくてたまらないとばかりにきゃらきゃらと笑い声をあげて、大げさな身振り手振りで自身の位置を主張する。

「ここだよ、ここ!」
「……?」

それでも、まだ彼はわからないらしい。ここで、奪い屋がちょいちょいと上を示した。ニタァと笑った顔はいたずらの種明かしをする子どものそれだ。つられて視線を上げ、ようやく鍵屋の疑問符が感嘆符に変わる。

「あ、メリーアン。そんなとこにいたんだー。」
「うん!ずっとここにいたよー!!」
「うーん、気が付かなかったなぁ。」
「鍵屋はチビだから見えねーのかー、そーだなぁ?」
「そうなのかなぁ。あぁでも、奪い屋はおっきいもんね。」

奪い屋とメリーアンのイタズラに、彼はほんの少し目を大きくして見せただけでそう大きな驚きを示すことはなかった。そして発言を聞くに、この子はどうやらかなりマイペースらしい。まだ小さいのに奪い屋の煽りを鮮やかにかわすとは、大物だ。

「うん、奪い屋おっきいよ!かたぐるまいーでしょ!!」
「いーなぁ。でもボクメリーアンよりは重たいし、肩車はいいや。」
「あららーんざんねーん。オレは鍵屋とメリーアン一緒に肩車できるくらいの腕力はあるんだけど?」
「うーん。でも、肩車されたまま寝ちゃったら落ちちゃいそうで。」
「え!?鍵屋そんなとこでも寝れんの!?マジで!?」
「鍵屋、まじで!?」

しかし、こうして見ると奪い屋とメリーアンはきょうだいみたいだ。きゃっきゃと騒ぎながら鍵屋と戯れる彼らの顔はよく似ている。ふと、郵便屋さんのさっきの言葉が頭をよぎった。
『あの子はどうも奪い屋に懐いているらしい』
……メリーアンは奪い屋にあまり影響されないで欲しい、というのが私の素直な感想だ。言葉遣いとか、動作とか。郵便屋さんの気苦労は絶えないんだろうな。ちょっと同情する。


人形師さんと案内屋の方にふいと目をやったら、ふたりはなにも言わないまま呆れたような笑っているような顔をしながらーーもちろん案内屋はたたずまいからなんとなくで察したことだけどーー彼らの様子を見ていた。
と、私の視線に気付いたのか、人形師さんが目だけをこちらに向けた。口元は楽しげに弧をを描いている。

「これね、いつものこと。」
「え?」
「奪い屋とメリーアンが鍵屋をからかうのはいつものことなんだ。」

なるほど、そう聞いてから見てみると確かに彼らからは「慣れ」のようなものが感じれる。鍵屋は腹を立てていない様子だし、奪い屋とメリーアンもまるっきり悪意に塗れているということでもなさそうだ。
こうして見ていると、なんというか、亀にちょっかいを出す二匹の猫みたいで、かわいい。
一度そう思うとなんだか微笑ましくて。ついつい笑みをこぼしてしまった。きっと私は人形師さんと同じ顔をしているんだろう。案内屋の心境も、私や人形師さんと同じようなものなんだと思う。

「あー楽しかった!奪い屋ー、そろそろおろして?」

ひとしきり遊んで満足したのか、メリーアンが言った。
よくよく考えてみれば奪い屋は郵便屋さんのところからずっと彼女を肩車していて、なおかつ走ったり回ったり踊ったりしてるのに体力は消耗してないんだろうか。私を引っ張って走った時のスピードからしても、鍵屋も肩車できる云々言っていたのもあながちただの大口ではなさそうだ。奪い屋のことを知れば知るほど彼が体力おばけだって思い知らされる。怖い怖い。

「えー?奪い屋クンさぁびしーなぁ、メリーアンもっと肩車してたいー、肩車してたいー。」
「やだ、おろしてよ。トミーのとこに帰るんだもん。」
「メリーアンおろしてあげなよ、奪い屋ー。肩痛くならないの?」
「やぁだー肩なんてまだまだ痛くないーもっと遊んでよー構ってよーメリーアンー。」

当の奪い屋は体を揺すりながら彼女の要求をはねのけていた。鍵屋までもメリーアンに加勢してるのに、彼はへらりへらりそれをかわす。声のトーンまでわざわざ高くしてだだをこねるもんだから、どちらが子どもかわからない。これは、なんというかその。言葉にするのが難しい複雑な思いから、私はさっと目をそらした。

「気持ち悪。」
「まぁ人形師ったら、酷い人!!この純粋真っ当天使ちゃんなオレをまっすぐに見ながら言うなんてっ!!」
「気持ち悪。」

おどける奪い屋に、人形師さんが容赦なく吐き捨てた。私が目をそらしたところをばっさり言い切ったのである。人形師さんの眼差しが郵便屋さんのような氷点下の眼差しではなく、先程と変わらない三日月のような微笑んだ目のままだったからなおのこと怖い。眼光の鋭さは、郵便屋さんのそれと変わらないけれど。どちらにせよ奪い屋に抱く感情は同じなんだろう。
人形師さんのたった一言の感想は、私の感想でもあったけどいささか直球すぎる気もした。あれ、郵便屋さんの時も同じ事を思ったかもしれない?けど、まぁ、いっか。

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