井の中の蛙大海を知らず、されど | ナノ


06

メリーアンは興奮気味に両手をぱたぱたと上下させる。口からはよくわからない感嘆詞が常にこぼれていた。どうも私の言葉がよっぽど彼女の胸をうったらしい。

「あ、ありがと!!あのね!!トミーとおそろいなの!!目の色、右と左でちがうの!!ね、トミー!!」
「まぁ、うん。その通りだよ。もちろん、メリーアンと色はちがうけど。」

心なしか声のトーンも高いメリーアン。郵便屋さんは相変わらず冷たい水みたいな声だけど、メリーアンの様子に気圧されているようにも見える。カウンターに手をついて身を乗り出している彼女に落ち着いていいのよ、という間もなく、彼女は懸命に言葉を選んでは口にしていた。

「えっとね、右が青で、左が緑なの。何色っていうんだっけ?ちゃんとお名前あったの、あれれ?なんていうんだっけ?あれ?」

あまりにも感情が昂ぶってしまったのか、メリーアンは泣きそうになっている。もっちりほっぺたをふるふると震わせて涙目だ。もしかしてこれ私のせいかなこれ。メリーアンの表情に気付いた郵便屋さんがわずかに身じろぐ頃に、軽い声が割って入った。

「勿忘草色と若草色じゃなかったっけー?」
「それ!!奪い屋!!それ!!」
「おっ、オレ正解?やったねー!」
「せーかい!奪い屋、せーかいだよ!!」

泣きべそがすぐに笑い声に変わった。やっぱり小さな子どもの気持ちなんてすぐに変わってしまうものなのかもしれない。
彼女の顔を変えた当の奪い屋はふざけた調子で歯を見せて笑っている。ちょっとファインプレー風だけど、奪い屋が郵便屋さんの目の色をしっかり覚えているあたりにここ数分で見た奪い屋らしさを感じた。なんでそんな細かい色の名前覚えてるの。
奪い屋のにやにや笑いはまだ収まらない。奥の緑色がぴかぴか光ったように見えた。

「ね、最近郵便屋の目、ちゃんと見てないんだよね。ちょっとみっせて!」
「え、あ。」

奪い屋の手の中には、深緑の帽子。急いで郵便屋さんの方を振り返ると、何が起きたのかと認識できていない彼がいた。
見開かれた双眸の虹彩は確かに異なっていた。メリーアンと奪い屋の言ったように、勿忘草色と若草色の目だ。左目はメリーアンの右目と同じ色だけど、形はまるで違っている。確かにこれは兄妹ではなさそうだ。
そしてなにより、思っていたよりも優しい目つきをしていたことに驚いた。声に対して顔全体もどこかあどけない感じがする。紺碧の髪もメリーアンに負けないくらいの艶があって、肌の色も日に焼けておらず白い。正直羨ましい限りだ。
ふと郵便屋さんが目だけで私の方を見る。

「きまずいから、あまり見ないでくれるかい。」
「す、すみません。」

言葉と一緒に淡い色の青と緑が泳ぐ。郵便屋さんが私を見てくれたのはほんの短い間だけで、目があったのなんて零コンマ一秒以下だ。私が嫌な顔でもしていたのかもしれない。不安になってしまう私をよそに、奪い屋は音がなるほど強く郵便屋さんの肩を叩いた。

「あ、もしかして照れてるー?うわあ郵便屋照れるよカワイー!!チョーカワイー!!」
「メリーアンもね、かわいいとおもう!トミーかわいい!!」
「……帽子、返してもらうよ。」

それだけ言って、郵便屋さんが奪い屋から帽子をひったくる。郵便屋さんのふたつの瞳は隠された。奪い屋は残念そうに帽子を持っていた手を見つめている。メリーアンも同じ顔をして郵便屋さんを見た。
彼が帽子を没収してかおを見たくなるのもわかる気がした。目も確かにきれいだったし、顔立ちもなかなか素敵だったから。再び郵便屋さんのこの姿を見て、改めてそう思う。郵便屋さんからしたらいい迷惑なんだろうけど。ちょっとだけ、もったいない。

「あららん、もったいないもったいない。」
「なにがもったいないって?」
「へへーんなんでもございませんことよオクサマ。」

奪い屋がまさに私の代弁をしてくれたわけだけど、郵便屋さんはあくまで厳しい声。不用意に思ったこと口にしなくて良かった。机を詰め先で叩いて音を立てながら、郵便屋さんはたんたんとした口調で言う。

「あんまりばかな軽口ばっかり叩いているようなら僕はそれなりの対処をさせてもらうけれど。」
「だから怖いってば郵便屋!もっと穏やかに穏やかに!!」
「ドアを蹴破って入ってきたような輩にそんなことは言われたくないね。」

郵便屋さんが指先で示した先にはかろうじて壁からぶらさがっている程度のドア。傾き軋み、ちょっとでも動かしたら蝶番は完全に壊れてしまうだろう。なんとも哀れなその姿は、『ドアをあんなにされたら誰だって……』というのをよく思い出させてくれた。これは奪い屋の分が悪い、そう思っていたところ、小さなもみじが郵便屋さんの袖口を引いた。

「でも、トミーそんなにお顔隠さなくていいとおもうの。トミーのお顔、メリーアンは好きだよ。」

メリーアンの帽子に郵便屋さんの手のひらが沈む。持ち主に対して大きめだったそれはよほど余裕があるらしい。手が上下するたびにぼふぼふと空気が漏れた。手つきは乱暴なようでいてよく見れば案外慣れたもので。ねこみみ帽子から見えた彼女の口元も、きれいな上向きの弧を描いていた。言葉にしなくとも伝わる絆。そんなものを郵便屋さんとメリーアンからひしひしと感じた。

「ねぇ?アイリスはどう思うわけ?」
「!?な、なにがですか……!?」
「郵便屋の顔のハナシ!聞いてなかったとは言わせないぜぇ?」

ここで話をふられるとは思っていなかった。私はちょっと面食らう。これは紛れもない嫌がらせだ。笑みに歪んだ目の奥が意地悪く光ってるんだもの。
もちろん、私もなにも考えてなかったわけじゃないんだけど口にするのははばかられる。でも奪い屋は吐けよと言わんばかりの顔をしている。仕方ない。ため息を飲み込んで言いたいことを頭の中でまとめた。

「顔は奪い屋が言った通りだと思いますし、あと、あなたの目。きれいな色だと思いますよ。」
「…………そう。ありがとう。」

感謝の言葉を述べられるとは思っていなかった。大分間があってぶっきらぼうな物言いではあったけども。その間が意味するものは見えないしぶっきらぼうなのはもうきっと性分なんだろう。それはもう、なんとなくわかっていた。
郵便屋さんはつばを深めにおろしてうつむく。郵便屋さんの顔はとうとう鼻先もよく見えなくなった。さらに不思議そうに見上げてくるメリーアンの帽子もずりさげる。突然の行為に慌てるメリーアンをよそに、彼自身はぼそぼそ早口で口走った。

「僕のことは郵便屋と呼んでくれても構わないけど、メリーアンは郵便屋と呼んでも反応しないから覚えておいて。」
「わかりました。」
「あと僕はトミーとは呼ばないでね。メリーアンは同じ郵便屋だから許してるけど、君はだめだから。」
「はい、郵便屋さん。」

それでいい。黙ったまま郵便屋さんは頷いた。
ふいと、とっとっ、と音がしたかと思えば肩の真横に奪い屋のにやけ顔があった。いつの間に。そう思ったのは二度目だろう。それにしても、距離が近い。

「お名前はどーしても大事なのよねぇ。だからオレたちは職業呼びなのさ。アイリスも早いとこ、お仕事決めろよ!」
「うん、知ってる、わかってるって!」

帽子と格闘するメリーアンの隣からじぃっと、私と奪い屋の顔が見比べられるのがわかった。そしてその挙句郵便屋さんは心底飽きれたようにぼやく。

「その距離の保ち方。ほんとろくでもないよね。」
「んー?なんか言ったかな郵便屋くーん?」
「ろくでもないってどういう意味?」
「んー、なんでもないよ、メリーアン。」

わざとらしくまばたく奪い屋と、ようやく目を見せたメリーアン。郵便屋さんの中の優先順位は目にも明らかだった。彼は奪い屋を鮮やかにスルーして、メリーアンに語りかける。君は知らなくてもいいんだよ、と言う郵便屋さんは確かに笑っていた。

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